パロディ『石泥集』(短歌・エッセイ・対談集)

百人一首や近現代の名歌を本歌どりしながら、パロディ短歌を披露するのが本来のブログ。最近はエッセイと対談が主になっている。

2018事件簿5 もろもろの事件総まくり

2018-04-16 10:56:02 | パロディ短歌(2018事件簿)
① トランプの動き

 トランプ大統領の政策が分からない、動きが分からない…という評論家が多い。わざと問題を難しいように見せかけて、自分たちのメシのタネにしようとする魂胆が透けて見える。

 彼がパワーポリティクス(力の政治)の信奉者であることは、誰がみてもわかる。トランプはディール(取引)を好む…といわれるが、パワーがあってこその取引であり、その逆ではない。アメリカ・ファーストは公約の通りである。再々、このブログでは告げてきたが、アメリカ・ファーストの裏の意味は、中東は中東で、アジアはアジアでよろしくやってくれ、それぞれの民族は本来の場所で生きてくれ…という政策なのである。

 ただし、中東やアジアを力で支配することはないが、自ずから気の合う国、気の合わない国はあるので、介入はさせてもらうよ…というところがトランプ流で、中東に限ればイスラエルの首都をエルサレムに移転すること、イランとの核合意を破棄する構えであること、アジアでCHINAに厳しくなるのは、アメリカの共和党がしいてきた伝統を引き継いだ形になっている。

 一見、彼は排外主義者に見えるが、難民だって本来住んでいた祖国で生活したいに決まっている。シリアに停戦が訪れ、本格的な平和がやってきて、国家再建の道筋がつけば、黙っていても難民は戻ってくる。祖国が平和になったら、誰が言葉も通じない、文化も違うヨーロッパやアメリカで暮らそうと思うだろうか。難民問題は人道問題ではあるが、文化摩擦を伴っており、今のやり方では簡単に解決しない。



 シリア政府軍が化学兵器(サリンかといわれている)を使用したというので、4月15日にアメリカとイギリス、フランスの連合軍が化学兵器生産の関係地をミサイルで攻撃した。新聞などは「ロシアの反発必死」などと見出しをあげるが、正確に見出しをあげるなら「ロシアは反発のフリ」としなければならない。新聞は馬鹿だねえ。ロシアだってアメリカだって、シリアで本格的に事を構えるつもりはないのである。

 トランプの本音は、シリアのアサド政権とロシアに任せ、ロシアと取引しながら、反政府軍やクルド人の利益を守ってやることだった。しかし、プーチンがアメリカ大統領選挙に、妙なちょっかいを出したことが、アメリカ国内で問題になり、トランプも絡んでいるのではないか…という世論の疑惑を前に、ロシアに強硬策を打ち出さざるを得なくなった。今となっては、プーチンの奴、余計なことしやがって!…と頭にきているのがトランプの偽らざる気持ちではないだろうか。

 アメリカとロシアが取引できる日を、トランプが待ち望んでいるのは間違いない。シリアでの取引が第一歩であろう。

 アジアでは中国に強硬姿勢で臨むだろう。基本的にアジア諸国は、強く出たら引っ込み、弱く出たらでしゃばる…トランプのアジア観はこんなところ。経済的に中国がアメリカを食い物にしているという認識で、報復への第一歩がアルミと鉄鋼への関税であり、知的財産権をないがしろにした制裁として、多くの品目への関税措置であった。

 ここでも、ジャーナリズムは馬鹿である。「貿易戦争になる!」と大騒ぎし、ブロック経済化を引き合いに第三次世界大戦がおきる、とまでプロパガンダをした連中までいた。無責任なマスメディアほど、事件をできるだけ膨らませて伝えようとする。大事件に仕立て上げることができれは、そのニュースは売れるからである。扇情的なお色気で売る新聞と同じように、扇情的な政治情勢で売る新聞があるだけ、と思った方がいい。更にいうなら、お色気は事実(実在する人物)であるが、報じられる政治情勢は事実とは限らず、単なる想像であったり、逆宣伝(プロパガンダ)であったりする。その点から言えば、お色気新聞の方がまだしも信じられるのではないか。

 アメリカと中国の貿易戦争は部分的に終わる。何故なら、中国人は強い者の前では頭を下げ、弱い者の前では威張り倒すのが常態だからである。

② 北朝鮮問題



 トランプは平和条約締結までを視野に入れているだろう。そこまで行けば北朝鮮と韓国は互いを国家として認め合い、アメリカも大使館を北朝鮮におくことができる。国家として認められれば、北も体制を保障されることになり、アメリカの側からいえば、大使館を軸に核の査察はより容易になる。ただし、北朝鮮の経済的な足腰は弱い。誰が手を差し伸べるか…といえば、韓国と日本しかない。

 トランプは人権問題として拉致を取り上げるだろう。しかし、見返りは必要である。TPP復帰に際して、多くの譲歩を求められる。安倍首相と一緒にゴルフをしようが、ディナーをともにしようが、話は別である。北朝鮮と交渉する段になっても、賠償金という金は取られる。しかし、拉致問題が金で解決するなら御の字である。

 筆者はもう何年も前から、圧力一点張りの日本外交が稚拙である、と指摘してきた。金で解決するのは確かに不快である、しかし、まずは人を取り戻すことが第一だ。金にまつわる不快感などは、被害者を帰してもらってから、ゆっくり嫌がらせをしてやればよろしい。こういう意地の悪い解決法も知っておかなくては外交はできない。

③ 女人禁制

 相撲協会がまたやらかした。舞鶴市での巡業で、挨拶をしていた舞鶴市長が土俵上で倒れ、女性の看護士さんが人工呼吸に入っているのに、「女性は土俵から降りるよう」放送した行司がいたという事件である。すぐに八角理事長が「緊急の際の放送としてはまずかった」と謝罪したのはよかったが、どの世界にも頭の固い原理主義者がいて、私はそちらのほうが気になる。頭が固い、とは融通が利かないということで、件(くだん)の行司もその類いであろう。



 一方では、この事件以来、「土俵上の女人禁制は時代遅れ」と主張する原理主義者が現れた。女性が穢れているから土俵に上げないというのは、封建時代の考え方であるから認められない、というのである。現在では、女性をそのように見ている人などどこを探してもいない。まだ、そんな人がいるから、女人禁制を正せ…というなら話は分かるが、もうそんな時代ではない。

 それなら「大相撲は生きた博物館」という視点から、もう少し鷹揚に見てやってもいいのではないか。日本の社会は、元々原理主義からほど遠く、ケースバイケースで判断してきた国であった。ところが、最近はあれかこれか、黒白をつけようとする言論が多い。新聞やテレビ、ネットを見ても黒白主義があふれていて、私は危機感を覚えるのである。原理主義の家元といえば、アメリカ。心までアメリカの植民地になっているのは情けない。

 ケースバイケース主義を復活させよう、と強く主張していたのは塩野七生さんであった。彼女の大作『ローマ人の物語』全15巻は、キリスト教の視点を排除した、新しいローマ帝国史として燦然たる光を放っている。彼女は日本とローマ帝国の文化の類似性も指摘している。長編すぎて気後れする人は、カエサルの登場する3巻だけでも手に取ることをお勧めする。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿