先週の約束通り、今日は多国籍「カタコト人」達が、
『丸長』でつけ麺を喰うために目白に集合した。
スペイン人・ミゲルが日本語学校の終わる、午後1時15分。
真夏のような炎天下だ。
「ごめんなさい、迷いました」
約束の時間を10分ほど過ぎた頃、ミゲルが目白駅に到着。
その後ろにいるのは…
うお!でっけぇ!
190cmはあろうかと思われる大男だが、顔はまだあどけない。
もう一人は、ちょっとやんちゃな顔つきだ。
大男はフランス人のトマ、弱冠21歳。
手首にタトゥーを入れたやんちゃボーイは、イギリス人と聞いていたが
実際はギリシャ人で、名前はアヒレアス、24歳。
二人ともオレの息子といってもおかしくない年齢だ。
とりあえず腹も減ったし、まずは喰いまショ、つけそばを。
タイミング良く、店には行列は無し。
ただし5人連れなので、一緒には座れない。
席の空いた順から座っていく。
注文は全員、ノーマルな「つけそば」。
「たくさん食べる」というアヒレアスは「大盛り」
その他の男連中は「中盛り」で、ニョウボは「普通盛り」
果たして、初めて喰うつけそば、戸惑わないだろうか…
まず最初に座ったのが、ミゲル。
すぐに出てきたつけそばを前にして、
案の定、どう喰っていいか分からない様子だったが
カウンターの両隣の喰うのを見て、見よう見まねで喰い始めた。
次に座ったのが、フランス人のトマ。
やはり同じように戸惑っている。
可哀相なことをした。
狭くて混みあった店とはいえ、まずオレが教えてやらねばならないのだが、
困惑しているトマの隣に座った、心優しき青年が教えてくれていた。
オレの隣にはアヒレアス。
ところがここでちょっとトラブル…というほどではないが
ここ『丸長』は、メニューはつけそばのみなので
大釜で麺をいっぺんに茹でるから、座った途端、品物が出てくる。
この店の回転の速さたる所以だ。
しかし、タイミングが悪く、麺が途切れると待たされることになる。
太麺だから、茹で時間も長い。
アヒレアスのつけそばが出てきた時、ちょうど麺切れになってしまい
オレとニョウボは、茹で上がりを待たされる羽目になった。
アヒレアスに、つけそばの喰い方を教える。
覚束ない箸使いで、一所懸命に喰っている。
時折、麺が上手くつかめず、2本の箸で麺をクルクル巻いたりしている。
で、やっぱり麺を啜る事が出来ないらしい。
それでも懸命に喰っている。
「おいしい?」
オレが聞くと、彼は笑顔で答える。
一所懸命に「つけそば」を喰うアヒレアスと、その奥の鏡に写っているのがトマ
ようやくオレのつけそばが到着。
久しぶりだが、やっぱり旨い。
彼等も旨いと思ってくれただろうか。
喰い終えたら、もちろんスープ割りも楽しむ。
アヒレアスにも、スープを入れてもらった。
ちょっと席が離れたミゲルとトマは、店のお姉さんが
「スープ入れましょうか?」と、声をかけてくれたが
遠慮してしまったようだ。
『丸長』退店後、みんなでコーヒーを飲む。
ミゲルは前回、色々話したので、今日はトマとアヒレアス。
まず、フランス人のトマ。
彼が日本に興味を持ったきっかけは、日本の美術であった。
また、古い寺や神社に大変興味があるらしい。
母国フランスで、日本語をずっと勉強してきたらしく
3人の中でも日本語は一番上手い。
今時の日本人よりも、ずっと綺麗な日本語を使う。
今回は6月一杯で帰国してしまうらしいが、
将来的には日本に住みたいという。
「なにか日本での仕事がありますか?」
日本語が話せれば、日本でのフランス語教師なんかもいいかもしれない。
実際、ニョウボはスペイン人からスペイン語の個人レッスンを受けているから
そう言う仕事は幾らでもありそうだ。
学校で知り合った韓国人のガールフレンドが居るらしく
彼女と一緒に日本で生活がしたいらしい。
「まだ“彼女”ではないけどガンバリマス!」
と、まだ幼さの残る顔で笑う。
もう一人はギリシャ人のアヒレアス。
彼は日本の武道に関心を示す。
「なにかやってるの?」と聞くと、驚くべき言葉が返ってきた。
「忍術」
ににに、にんじゅつぅ~~?
聞いてみると、剣術や手裏剣術を習っているらしい。
左手首に彫ったタトゥーには「忍」の文字。
右手首には「極真会」の文字。
空手も習っているらしい。
「へぇ!じゃ格闘技が好きなんだね」
「格闘技」という言葉が理解できなかったらしいので
メモ帳に漢字で書いてみせると、3人が身を乗り出して
オレの手元を覗き込んでいる。
彼らにとって、漢字が書けると言うことは凄いことらしい。
3人とも平仮名とカタカナは理解できるので
「格闘技」の文字に「かく とう ぎ」とルビをふってやり
漢字の意味を教えてやると、熱心に聞いている。
彼らは3人とも、勉強のために日本に来るくらいだから
みんな一様に好奇心が強く、そして真面目だ。
国籍の違う3人の共通語は英語。
つまり彼らは母国語の他に、二カ国語を話せるわけだ。
トマに至っては、さらにイタリア語も話せるという。
「やっぱり英語が話せなきゃダメだな…」
あとでニョウボと話したのだが、確かに過去に行ったスペインでもフランスでも
英語が話せれば、充分に生活に困らない。
「フランス人はプライドが高いので、絶対に英語は話さない」と聞いたが
ちょっとしたカフェでも、日本人と分かると英語で話してくれるし、
予め「フレンチ?オア、イングリッシュ?」と、聞いてくれる店もあった。
いったい我々が中学・高校と習ってきた英語とは何だったのか。
平日に仕事を抜け出してきたので、早めに切り上げたが
オレは彼らともっと話したかった。
もしかしたら、日本人であるオレよりも
彼らの方が日本を愛し、日本のことを知っているのかも知れないし
近い将来は、彼らの方が日本に詳しくなっているかも知れない。
いろいろと考えさせられもしたが、彼らと話せて良かった。
もっと時間があったら、もっと旨い物を喰わせたいし
もっと色々と話したい、そして何よりも
もっと彼らのことを知りたいという気持ちになった。
「とにかく腹が減ったら電話してよ」
名刺を渡しながら言ったが、早口すぎて分からなかったらしい。
「ハングリー! でんわ」
ゼスチャーを添えて話すと、彼らは可笑しそうに笑っていた。
別れ際に、駅前でみんなで写真を撮った。
一人一人と握手をし、
「今度、また日本に来たら連絡ください。
スキヤキでも喰いに行きましょう」
また会う日まで!
左からミゲル、ニョウボ、トマ、アヒレアス