・「CERNの大型ハドロン衝突型加速器の第3期運転は予定通り開始され、東京ではヒッグス粒子発見10周年の記者懇談会を開催」2022.07.06: https://archive.md/MU8FP :
『7月5日午後4時47分(中央ヨーロッパ標準時)、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)上に設置された各検出器が世界初13.6TeVでの高エネルギー陽子陽子衝突事象を記録し始め、CERNコントロールセンターで拍手喝さいが沸き起こりました。
ATLAS検出器をはじめ、LHC加速器上に設置された各検出器はすべてのサブシステムの電源を入れ、世界初 13.6TeVでの高エネルギー陽子陽子衝突事象を記録し始め、新しい物理の季節がやってきました。これは、4月のLHCの再稼働以来、ビーム衝突を円滑に開始できるように24時間体制で準備に取り組んできたオペレーターによって達成された偉業です。
3年以上にわたるアップグレードとメンテナンス作業の後、LHCは現在、13.6TeVの記録的なエネルギーで4年近く稼働する予定であり、より高い精度での測定や新物理発見の可能性を実験グループにもたらします。衝突輝度や衝突エネルギーの向上、データ読み出しとイベント選択システム(トリガー)のアップグレード、新しい検出器システム、計算機資源など、これらすべての要素は、多様なLHC物理プログラムをさらに確実に拡張していくことを約束しています。』(2022年から2026年まで稼働予定)
『「ATLAS実験は、この新しいデータを“収穫”する準備ができています。」と、スポークスパーソンのAndreas Hoecker氏は述べています。我々は、この第3期実験で過去に蓄積したデータの3倍以上のデータ量を手にすることが約束されています。性能が向上した測定器を使って、我々は幅広い多様な物理プログラムを進めていきます。』
『東京で記者懇談会「ヒッグス粒子発見からの10年と、これからの10年」を開催
2012年7月4日のヒッグス粒子の発見から10年の節目を記念して、東京大学で記者懇談会を開催しました。懇談会ではヒッグス粒子の発見がもたらした「これまでの10年間にわたる研究成果」の総括と、今年始まったRun3実験から将来的な高輝度化(HL-LHC)実験までを見据えた「これからの10年間で期待される新しい発見」を中心テーマに、ATLAS日本共同代表者の2名が報道関係者にプレゼンテーションを行ないました。
「これまでの10年間にわたる研究成果」を総括した、高エネルギー加速器研究機構の花垣教授は、「物質を構成するクォーク・レプトンの質量がヒッグス機構によって動的に生成される描像を確立したことが主要な成果である。
次は“素粒子の世代構造”にヒッグス機構が関与している可能性や、ヒッグス場そのものの性質を追求したい。」と強調しました。
一方、「これからの10年間で期待される新しい発見」の展望を語った東京大学素粒子物理国際研究センターの石野教授は、「現在までに手に入れたデータは(高輝度)LHCプロジェクト全体のほんの5%でしかない。今後、現有の20倍に相当するデータを獲得し、
ヒッグスポテンシャルの形の決定をはじめ、この宇宙の真空の安定性についての理解や超対称性粒子の発見の可能性など、多様な物理成果を得ていく。」というメッセージを発しました。
記者との質疑応答では、今後の高エネルギーフロンティア物理で得られる科学成果の展望、特にヒッグス粒子を介して標準理論を超える物理世界にどのようにアクセスしていくかの議論をはじめ、
他の素粒子実験プログラムとLHC実験の関係性・相補性、プロジェクト成功に向けた日本の研究機関の寄与の具体的な内容について、やりとりが交わされました。』
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参考資料
・東京大学 素粒子物理国際研究センター:2021年: https://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/download/icepp_graduate21.pdf :
『田中純一:ATLAS実験に参加し、新物理を探索しています。研究テーマは大きく3つです。
まずデータ解析です。標準理論を超えた物理の直接的な手掛かりを求め、2つ目のヒッグス粒子や超対称性粒子の探索など、新しいアイデアで取り組んでいます。』
『澤田 龍:CERNのATLAS実験で、新粒子、特に超対称性理論から予想される暗黒物質候補の発見を目指しています。新粒子探索では、新粒子の寿命が長くなるようなモデルに着目しています。』
『齋藤智之:超対称性粒子や暗黒物質の発見により、素粒子物理学の新たな展開や宇宙創成の謎の解明を目指す。より高いエネルギースケールの物理を探索するため、検出器やトリガーエレクトロニクスのアップグレードに取り組む。』
『寺師弘二:ATLAS実験に参加し、超対称性粒子や余剰次元の探索など物理解析を主導してきました。2027年に開始されるHLLHCでは、現在のデータ量の数十倍に匹敵するデータを取得し、予想もしてい
ない大発見が起こるかもしれません。その発見を確実にするには、新しいコンピューティングパラダイムが必要です。』
『田中碧人:CERNのLHC-ATLAS実験に参加し、2027年から開始予定の「高輝度LHC」に向けた実験装置開発に携わっています。2021年1月時点で、CERNのLHCでは第3期実験(2022年開始予定)の準備が進んでおり、高輝度LHCはその先の第4期実験となります。高輝度LHCでは、現行LHCの設計値に対して5倍の輝度(ビーム中の粒子同士が衝突する頻度を表す値)を実現、標準理論を超える新物理が予言する新粒子を探索します。・・・LHCでは陽子同士を衝突させ、そこで生成された新粒子の崩壊によって生じるミューオンなどの粒子を検出することで、未知の粒子を探します。』
『新理論の手掛かりを掴め:ス イスのPSI(ポールシェラー研究所)を舞台に行なわれるMEG実験の目的は、標準理論を超える新理論「超対称大統一理論」の検証にある。本センターの研究グループが設計・提案し、趣旨に賛同したイタリア・スイス・アメリカ・ロシアの研究者たちと2008年から取り組む
国際共同実験だ。
目指すのは、電子の仲間「μミュー粒子」がγガンマ線を出しながら電子に崩壊する、「μ → eγ崩壊」事象の観測だ。これは標準理論では起こりえないが、「超対称大統一理論」では数千億~数十兆回に1回程度起こると予言される。事象が観測されてもされなくとも、MEG実験の結果は、その理論の正否を問うことになる。μ粒子の振る舞いが、新理論の方向性を左右する。
2013年夏に第1期実験を終え、観測感度を 期実験を終え、観測感度を1桁高めた第2期実験(MEG II)を、2022年から開始する予定だ。MEG II実験でも先の基本戦略を継承・発展し、日本の研究チームが主要部分を担当するとともに、研究グループ全体を統括する。』
『森 俊 則:スイス・PSI(ポールシェラー研究所)を拠点に国際共同実験MEGを推進しています。宇宙初期に実現していたとされる素粒子と力の大統一(超対称大統一理論)を検証するべく、標準理論では起こりえないμ粒子の崩壊を探索しています。MEG実験は、大統一理論やニュートリノのシーソー理論など、超高エネルギーの物理から期待される崩壊分岐比に到達した唯一の実験として世界的な注目を集めています。』
『新物理を探索する次代の切り札 ILC:ヒッグス粒子の詳細研究を筆頭に、新物理探索の切り札と期待される素粒子物理学の次世代基幹プロジェクト。ILCは「International Linear Collider(国際リニアコライダー)」の略称で、LHCとは異なるタイプの線形加速器の建設を目指す現在進行形の計画だ。
電子と陽電子を衝突させるエネルギーは、線形加速器で世界最大のTeV(テラ電子ボルト)スケールを目指す。単体の素粒子どうしの衝突は高精度の実験を可能とし、CERNのLHCでもとらえきれない事象を明らかにすると期待される。世界中の素粒子物理学者たちが実現を長く夢見てきたプロジェクトで、日本でも約30年にわたって検討・準備が進められてきた。
ILCの有力候補地として、日本の北上山地が挙がる。本学・本センターの研究者が計画検討組織の要職に就き、日本誘致と2030年代後半の稼働を目指して精力的に活動している。日本でILC建設が決まれば、世界の人材と企業が集結する一大グローバル科学都市が日本に誕生することになる 。 』
『森 俊 則:ILCの衝突エネルギーは250 GeVから始め、ヒッグス粒子を大量生産し詳細に調べるヒッグスファクトリーとして、ILCは優れた性能を示します。ILCは拡張性も高く、新粒子・新現象を発見するために効率的にエネルギーを増強させることもできます。こうした性能は広く認められ、JAHEPでILC250の提案がなされ、続いてICFAはILCの早期実現を奨励する声明を発表しました。ILCは、ヒッグス粒子がどのように宇宙の相転移を引き起こし、現在の複雑で豊かな宇宙を作り上げたのか、その謎を解くために必須の加速器です。』
『田 俊平 :ILCの物理および測定器最適化に携わる。ILCの物理的意義を高めるため、電弱対称性の破れの謎に迫るヒッグス自己結合について研究している。また、ILD測定器の物理研究能力を高めるため、最適化にも取り組んでいる。』
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参考資料の2
・素粒子物理学のミライ:素粒子物理学はいま大きな転換点を迎えている。:2019.07: https://archive.md/MRsyW :
『「物理学は激動の時代に入った。これからますます面白くなる」(浅井センター長)
「たとえば、私たちの身の回りにある“物質”は、宇宙の5 %ほどしか占めていません。残りの約95 %は、私たちがまだその正体を知らない『暗黒物質』と『暗黒エネルギー』です。また、標準理論では重力を説明することもできません。これらを説明可能な、標準理論を包含する上位の新物理が存在するはずです。その証拠を、実験を通じてつかむこと。新物理の探索が、これからの素粒子物理学の大きなテーマです」と浅井センター長は語る。・・・
新物理の候補としては複数のモデルが提唱され、それぞれが未知の新粒子の存在を予言する。いずれの粒子も、これまで見つかった粒子よりも重い。・・・
エネルギーから粒子を生み出すのが加速器だ。粒子を加速させて高いエネルギーで衝突させると、その衝突エネルギーから重い粒子が生成される。新物理の証拠となる新粒子の探索には、高エネルギー加速器が必要になるのだ。
新物理探索に向けては、ヒッグス粒子発見の舞台となったCERN(欧州合同原子核研究機構)が今後も大きな役割を担っていく。ここに、世界最高の衝突エネルギーを誇る円形加速器LHC(大型ハドロン衝突型加速器)があるからだ。LHCは全周約27 km。新粒子探索には高いエネルギーが必要で、そのため加速器も巨大になる。
「ヒッグス粒子発見後も、LHCでの実験は続いています。2015年から2018年末までは、衝突エネルギーを増強させて第2期実験(Run2)を行ないました。2019年現在は、Run2の衝突データの解析とともに、2021年からの第3期実験(Run3)に向けてアップグレード作業が進んでいます」
CERNでは、「その先」を見据えた計画も進行中だ。まず2026年を目標に、LHCはHL-LHC(高輝度LHC)へと生まれ変わる。輝度(ルミノシティ)とは、粒子どうしの衝突の起こりやすさを示す加速器の性能指標だ。これをLHCの当初設計値の5倍に高め、得られる衝突データの総量をRun3までの総量の10倍にまで増大させる。それにより、新粒子探索が進むと期待される。HL-LHCは、2040年ごろまで断続的に運転が予定されている。
さらに、HL-LHCの次を見据えた動きもある。LHCの約4倍、全長100 kmの円形加速器FCC(未来型円形衝突型加速器)だ。衝突エネルギーはLHCの10倍近くを目指す。2040年ごろの運転開始を目標に、国際的な議論が進んでいる。
「FCCの目的は大きく2つあります。ひとつは暗黒物質の正体をつかむこと。もうひとつは、その過程で“超対称性”をとらえることです。暗黒物質は、超対称性粒子のうち、電荷を持たない軽い粒子がその有力候補と考えられています」
“超対称性”とは、標準理論で提唱された17の粒子に、それぞれパートナー粒子の存在を予言する理論だ。いくつかのモデルが提唱され、粒子の予想質量に幅はあるが、新粒子はまだ発見されていない。
「超対称性が理論として正しければ、FCCで必ず超対称性粒子が見つかるはずです。
別の言い方をすれば、FCCで超対称性粒子が見つからなければ、超対称性は理論として誤っていたということ。それはそれで大きな“発見”です。
実験が既存の理論を覆し、新たな理論を考える根拠になる。それは物理学の歴史そのものです。20世紀の物理学の最大の成果である相対性理論や量子力学は、20世紀前半の10年、20年というわずかな期間で確立されました。それと同じように、素粒子物理学はこれから激動の時代を進むことになるでしょう」
HL-LHCとFCCのほかにも、高エネルギー加速器の構想はある。全長20 kmもの線形加速器ILC(国際リニアコライダー)がそれだ。2030年ごろの稼働を目指して国際的な議論が進み、日本が有力候補地となっている。
「ILCの一番の狙いは、ヒッグス粒子の詳細な性質を調べることです。ILCは、素粒子である電子とその反粒子である陽電子を衝突させる線形(リニア)の加速器です。それが、複合粒子の陽子どうしを衝突させる円形加速器との大きな違いです。素粒子どうしを衝突させ、見たい事象をクリアに見る。それによりヒッグスの詳細な性質を明らかにして、新物理の手掛かりをつかむ。ILCは、HL-LHCとFCCの間をつなぐとともに、加速器の特性からも両者を補完する関係にあるのです」
新物理探索に向けて、高エネルギー実験とは別のアプローチの実験も進行中だ。センターの研究者が主導するMEG実験は、標準理論で起こりえない事象の観測を目指す。電荷を持つ単体粒子であるμ粒子は、新物理の理論モデルにおいて、ごく稀に電子とγ線に崩壊すると予測される。2013年に第1期実験を終え、観測感度を高めた第2期実験が2020年に始まる計画だ。
新物理探索の王道は高エネルギー加速器実験だが、研究者たちは総力戦で新物理の開拓に挑んでいる。』
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現代物理学の展望 記事一覧