ハチメンドウ

面倒なこと、楽しいこと。

<創作> 竹本さんの日常茶飯事。~その三~

2009年03月27日 | 創作
 沈滞した職場で、竹本はやっとのこさ仕事を終え、自分のパソコンの電源が落ちる音を聞いていた。ため息をつき、職場につけられた時計を見る。―――午後9時、いつもならすでに家路に着いて、テレビでも見ながらコーラの一つでも開けているところだ。

こんな時間まで残業する破目になったのは、別に竹本の作業が遅かったわけではない。同じ所属の社員が得意先でトラブルを起こしたせいで、その膨大な数の始末書を書かされることになったからだ。なんで俺が、と思って断ろうとしたが、今回は運悪く責任がこちらまで飛び火したのだと自分に言い聞かせ諦めた。

そうして夜遅くまで残業を続け、ようやく始末書を書き終えた竹本は背伸びをすると、冷め切った缶コーヒーの残りをグイッと飲み干し、席を立つ。職場の電気を全て消したことを確認するとドアを閉め、竹本はカギをかけた。

鍵を管理室に返して駅に向かう途中。竹本は後ろから誰かに呼び止められる声を聞いた。

「竹本さ~ん、今からお帰りですか」

振り向くと、声の主は鳥羽であることが分かった。今回、始末書を書かされることになる原因になった、トラブルの当事者である。今の竹本の精神状態だと、今最も会いたくない人物だったが、竹本には怒ったり拒絶する気力は残されていなかった。

「…突然、たくさんの始末書を書かなきゃいけないことになって、そのせいでこの時間まで残業だよ」

竹本はわずかな抵抗として、あてつけるように今から帰る理由を言った。鳥羽もその意図に気づいたのかハッとし、素早く頭を下げた。

「すんませんっ! 俺のせいで竹本さんにまでご迷惑を……」

竹本は頭を下げている鳥羽を責めるのもなだめるのも面倒くさく、気だるそうな声で頭をあげるよう鳥羽に言った。

「もういい、今後こうゆうことにならないよう、考えて行動しろ。ガキじゃねえんだから、喧嘩もほどほどにしろよ」

竹本はそう言うと駅に向かって歩き始め、鳥羽は申しわけなさそうに頭をかきながら、竹本に後ろから付いていく。

「本当にすんません。でも、喧嘩ってのも捨てたものじゃないですよ。ほら、ドラマとかでも喧嘩で友情が芽生えるってことあるじゃないですか」

「今回はたくさんの始末書が芽生えたがな」

謝った矢先の鳥羽のひょうひょうとした態度に、竹本はため息をつくと、鳥羽のいる方向に振り向き、駅の方向にある商店街を親指で指した。

「フグ……食うか。俺のおごりで」

いきなりの誘いに、鳥羽は竹本の意図が読めなかったが、先輩の誘いを断るほど無粋な態度でいるわけにもいかず、流されるように返事をした。

「はい……じゃあ、遠慮なくゴチになります」


「うっは、俺フグ食べるの初めてなんですよ、うっまいですねコレ!」

 二人は皿に綺麗に盛り付けられたフグの刺身を、一枚一枚箸で取って食べる。最初こそ竹本の意図が読めず不審に思っていた鳥羽だったが、初めてのフグの美味さに、徐々にそのことが気にならなくなっていった。
鳥羽は、竹本より二倍位のスピードでフグの刺身を口に放り込み、今にも一気に掴んで食べそうな勢いだった。
そんな鳥羽を竹本はちらりと見ると、ぼそりと喋りだした。

「フグは食いたし命は惜しい、ってことわざ知ってるか?」

鳥羽は竹本の発した言葉にギクリとして、思わず箸をとめた。

「え……ええ、昔はフグを食べて死ぬ人がたくさんいたので、それを戒めるためにできたことわざですかね」

「そうだな、フグは毒がある。その毒を無視して食べるのは危険だ。だから食べるときは覚悟しなきゃいけない。でも、それでも死ぬことは自己責任ってわけにはいかない。死んだとき墓を掘って、遺体を埋めて、お経を読むのは他の人だ。死んでも人は誰かと関わらなきゃいけない。もし、へまをしたら、その責任を取るのは食べた本人だけじゃないこともある」

「え……でも、今はフグを食べても安全ですよ……ね…?」

鳥羽は竹本の顔色を伺いながら、刺身を箸で突っつく。竹本は鳥羽にあきれ果て息を漏らすと、グラスに入れられたウーロン茶を口に運んだ。

「……お前には分からないか。まあ、いいさ、そう思うのなら何も考えず、食べるといいさ。ほら、次はフグ鍋いこうぜ」

竹本にそう言われ、鳥羽は不安になりパタリと箸を机に置くと、腹のあたりをさすった。

「え、どういうことですか、今のリアクション。もしかしてヤバイんですか!?」

「黙って食え」

焦る鳥羽を無視し、竹本は店員にフグ鍋を頼んでいた。

<創作> 竹本さんの日常茶飯事。~その二~

2009年03月20日 | 創作
 毎週金曜日、竹本は松木を誘って居酒屋に飲みに行く。竹本と松木は高校生だった頃からの旧友であった。お互い違う道に進んでからも、このようにそれぞれ都合がつく日に地元の居酒屋で顔を合わせ、近況報告をお互いにしながら語らうのが日課だった。

 二人はその居酒屋で一番気に入っている席に座り、それを見計らったようにやってきた店員に注文をした。

「俺、芋焼酎となんこつ揚げ」

「ウーロン茶…と……串…カツ……と……」

松木を見ないようにしながら、メニューに向かって睨んでいる店員に気づいた竹本は、まだ唸っている松木を横目に、とりあえずこれだけでと言って店員を厨房に行かせた。

「お前、決めてないなら、決めてないでいいから、早くそう言えよ」

いまだメニューを見ながら唸っている松木は、頭をボリボリ掻きながら、メニュー越しにヘヘっと笑った。

 先に頼んだ物が来ると、竹本と松木は例の如くお互いの近況報告を、飲み物片手にしあった。とはいっても、要は雑談である。仕事の愚痴や恋人のこと、最近気になっている女性がいること、別に何か深く考えるわけでもなく、お互いにそれらの話を肴の代わりにしていた。

 話もそこそこに食事していた時、パーカーを来た20代ぐらいの男性が隣の席にいることに二人は気づいた。
どうみても泥酔しており、訳のわからない言葉を吐き捨てては(というよりろれつが回っていなくて聞き取れない)、左手に持った黒ビールに口をつけていた。
最初の内は話に夢中で気がつかなかったが、その男の声があまりにも大きすぎる上に、フラフラとしていて危なっかしく見えたため、二人は話に集中できなくなっていった。
場所を替えようとも思ったが、それだけのために席を立つのも癪であった。
そうして、二人の会話が完全に止まったそのとき、突然酔っ払いはこちらのいた方向に倒れてきた。またそれが勢いのよかったものだから、酔っ払いの持っていた黒ビールグラスごと竹本に頭からかかった。グラスが割れる音がして、松木はぎょっとした。

「冷たっ……」

一瞬、何が起こったのか竹本は気づかなかったが、それほど驚いた様子も見せず、ハンカチをポケットから取り出し、自分の顔を拭き始めた。
そうして拭ったハンカチを竹本は見ると、黒ビールとは違う色の液体まで拭った跡があることに気づいた。それは赤く、その跡の正体が何か、竹本が気づくのには数秒かかった。

「あ、痛っ……」

跡が何か気づいた途端、竹本は頭に痛みがおき、痛みの出所である額あたりをハンカチで押さえつけた。
松木は竹本を見つめながら、起き上がろうとした酔っ払いの襟を後ろから引っ張り、無理やり起こした。

「大丈夫か、竹本。あと、おっさん」

起こされた酔っ払いは今の状況がつかめず、二人の顔を何度も見比べていた。
しばらくそれを繰り返すと、「あぁ」と息を漏らし、ポケットを探り始めた。
そして、二人の座っていた席に力なく五千円札を置くと、トボトボと自分の席に戻ろうとした。

「……は?」

松木は置いた五千円札を掴むとほぼ同時に、自分の席に戻ろうとした酔っ払いの後ろ襟を掴んで引っ張りあげた。

「これはどういうこと?」

松木はできる限り穏やかな声でそう言い、その五千円札を酔っ払いの前で見せた。

「……クリぃニングだい、それでカンベン」

「あぁ!?」

松木は酔っ払いの言葉を聞いた瞬間、拳を振り上げたが……それが振り下ろされることはなかった。
竹本は左手でハンカチを持って、額を押さえつけながら、もう片方の手で松木の肩を押さえつけていた。
松木は竹本のほうを見ると、腕をゆっくりと降ろし、酔っ払いに言った。

「……こんなもん見せる前に、他に見せるもんがあるんじゃない?」

酔っ払いは、もはや松木の言葉が聞こえているのか分からないほどフラフラしており、返事は返ってこない。それを見た松木は、少しだけ腕を上げたが、竹本に肩を掴まれた感触の余韻が残っていたため、それ以上腕が上がることもなかった。

「お客様、どうかなされましたか!」

さすがにその様子に店内にいた人たちも騒ぎ始め、騒ぎを聞きつけた店員が状況を聞きに来た。

「あ~、いや、ちょっと怪我しまして。とりあえずガーゼ持ってきてくれないですか。ほら、お前も、もういいから」

松木は大きく息を吐くと、竹本と店員についていった。

 結局、竹本の怪我はそれほど大したことはなく、血もガーゼを額につけるころにはほとんど止まっていた。病院に行ったら、と店員に言われたが、これ以上大事にすると面倒くさいと言って、松木と共に店を後にした。
怪我の痛みも引き、歩きながら夜風に当たるとわずかな痛みも和らいだ。

「あいつ、結局謝らなかった」

「なんだ、そこを怒ってたのか、お前。別にいいじゃないか、金も貰ったし、許してやれよ」

竹本はそう言ってなだめるが、松木はまだ納得していない様子だった。
しばらく歩くと、竹本は酔い覚ましにとペットボトルのミネラルーウォーターを自販機で買った。その様子を見ながら、松木はゆっくりと言った。

「…許してもらうってのは、誠意に対しての証明だと思う。でもあいつには誠意が感じられなかった…だから許せないんだ」

「誠意の証明か、深いねえ。友のために熱くなってくれる松木君には涙が出るよ。ヨヨヨ……」

そう言いながら手を目にあて、泣くフリをした竹本に松木は「茶化すなよ」と言ってそっぽを向いた。竹本はフッと笑うと、ミネラルウォータに口をつけた。

<参考にしたもの>
自分のせいなのですが、わかりません。教えてください。

誠意の見せ方って大切だと思う。それをどのような形で見せれば相手に伝わるかは状況にもよるだろうけど。

追記:松木の行動に、やや共感を覚えづらいな、と書いているときから思った。相手が酔っ払いだから、ということもあるし、自分のことでもないのに、かなり怒りを露にしている。参考にした質問への遠まわしな答えを創作で提示するに至って、第三者に語らせるのはちょっと遠まわしすぎたかもしれないな~。

<創作> 竹本さんの日常茶飯事。~その一~

2009年03月18日 | 創作
 仕事のお昼休み、竹本はヒイキにしている定食屋で日替わり定食を食べるのが日課だった。
今日もお昼休みに、いつもの定食屋で日替わり定食を食べたかったが、仕事はまだレイアウトができていなかった状態だったため竹本さんは渋った。レイアウトだけでも終わらせたかったが、腹が減っては戦ができぬ。仕方がないので、近くのどんぶり屋で昼食を済ませることにした。
竹本は、周りの社員に聞こえない位の音で舌打ちをすると、自分の席を離れた。

 自分の職場は比較的大きな都市に建っており、無論のこと他の会社もたくさん回りに並んでいたため、その近くにあるどんぶり屋を利用する人も多い。人の多い場所が嫌いだった竹本は、できればそういうところで食事をしたくなかったのだ。
しかも先週、同様の理由でどんぶり屋に足を運んだとき、中高年の男性が店員に向かっていちゃもんをつけていて、店内の空気が非常に悪くなったことがあった。
そのようなこともあり、竹本は会社近くのどんぶり屋に行くのが嫌だったのだ。
もし、混んでいたらやめよう、と心に決め、竹本はやや重い足取りでどんぶり屋に向かうと、いつもと店の雰囲気が違うことに気がついた。店には人の通りがなかったのだ。営業日じゃないのかと思ったが違う。人の通りがないだけで、店の中は電気がついており、店員が数人いることがテラス越しにでも分かった。
昼食の時間帯に、なぜこんなにも人の出入りが少ないのか。「まさか……またかよ」と不審に思ったが、人の少ない方が竹本にとっては好都合だったため、不安が的中しないことを祈りながら店に入った。

 店内は客が一人しかおらず、驚くほど人が少なかった。そしてその一人しかいない客を見て竹本はギクりとした。先週、店員にいちゃもんをつけていた、あの客だったのだ。竹本さんは眉をしかめて、そそくさと店から出ようとしたが、この前と雰囲気が違うことに気づいて立ち止まった。
この前は中高年の男も店員も反発していたが、今回はどちらかというと店員の方が喧嘩腰で、中高年は少し萎縮していた。

「あんたねえ、よくこの店にまた来れたよな。俺とまた喧嘩でもしたいんですか」

店員は声を荒立て、周りの店員はオロオロしながらただそれを見ているだけだった。

「なんや兄ちゃん、まだそんなこと気にしてたんかい。あれはわしがちょっと魔がさして絡んでもうただけやん。もう終わったことや。罪を憎んで人を憎まずの精神で行こうや」

竹本は事態がつかめず今だ静観していた。どうやらこの前の出来事が原因のようだったが、なぜそれがまたここで問題となっているのか分からなかった。

「それに、あれはあんたも悪かったところあると思うで。反発してきよって、今思えば喧嘩やったもん、あれ。だからお互いに歩み寄っていこうや。欠点やら憎しみやら許容していこうやないか」

中高年の男性はさも最もらしいことを言ってなだめるが、店員の方はまだ納得いかず、さらに声を大きく出して責めた。

「あんたが絡んできて長々と文句を言ってきたせいでな、こっちは注文取れなくて他の客の対応できないわ、挙句の果てには空気が悪くなって客が全員逃げていくわ、俺があんたに言い返すころには客は一人しかいなかったじゃなえか。そうだよ、あんただよ。ほとんどあんなもんあんたのせいだよ! 何が『歩み寄って行こう』だ、『欠点やら憎しみやら許容していこう』だ。そんなんで済むんだったら、苦労しないんだよ。歩み寄る前に、欠点やら憎しみ許容する前に、営業妨害した分の金を返してくれた方がよっぽどいいね」

店員はそう言うと、ちょっと皮肉をこめて自分の手のひらを中高年の男性に差し出した。

「な、なんやねん。なんでそんな大きな問題になるねん。あれはわしと兄ちゃんの問題やろ」

下手に出ていた中高年の男性も、今の店員の仕草にむっときて反発した。しかし店員は責めるのをやめない。

「俺とあんたの問題? あんた小さい世界で生きてるんだな。だったら、営業妨害して損をした金は? 俺達の喧嘩で不快になって逃げていった客の気分は?」

そういって店員は竹本さんの立っている方ををちらりと見た。店員の見る方向に他の店員と中高年の男性の目線がいき、その対象である竹本は驚いて一瞬息が止まった。

「俺たちが歩み寄って許容しただけで解決するんだったら、最初からそうしてんだよ! いちゃもんつけるんだったら、そういうの全部覚悟して喧嘩売って来いよ、このハゲ!」

店員は最後にそう吐き捨て、中高年の男性は軽く頭を抑える仕草をすると、顔を真っ赤にしながら店を出て行った。
先ほどまでの淀んだ空気が嘘のように、店内にはただ冷たい空気が流れていた。店員は息を荒げており、その場にいた他の店員たちはしばらく呆然としていた。
数秒たった後、食券販売機の機械音がして店員はハッとした。竹本は食券を店員に見せると、店員も気を取り直し、そそくさと客の対応に戻った。

「あ…ああ、失礼いたしました。カツ丼ですね。少々お待ちください」

客が竹本さん一人だったこともあり、カツ丼はすぐに出てきた。しかし、ふとカツ丼を乗せたおぼんを見ると、カツ丼の他に味噌汁があることに気づいて、竹本はそれを持ってきた店員の方をちらりと見た。

「こんなんで済むとは思えないけど、嫌な気分にさせてしまったサービスです。竹本さん、味噌汁好きでしょ?」

そう言うと店員はニカっと屈託のない笑顔を浮かべ、台所に戻っていった。竹本は驚いたが、去っていく店員に軽くうなずいて見せると味噌汁をすすった。

「いらっしゃいませー」

中高年の男性がいなくなったこともあり、次から次へと客が店に入ってくる。その様子を眺めながら、竹本はちょっと得をした気分になった。

<参考にしたもの>
けんかをしては 何故 いけないのか
喧嘩が駄目な理由。

 前回も似たようなことを言ったけれど、喧嘩というものは自己責任だけで済まないことが多い。なので大抵において、周りに及んだ影響による責任を負わなければならない(それでも済まない状況だってあるだろう)。そのあたりのフォローをうまくできて初めて、「憎しみは浄化され、成長に繋がる」と言うべきだろう。状況によって、それらのあらゆる影響を予測できないのなら(或いは責任をとれないのなら)、喧嘩なんてしないほうがいいに決まっている(助長するのも無論ダメだ)。大抵の物事が自己責任だけで済むと考えている人間は、もう少し視野を広げて考えて欲しい。世界は自分中心に回っているわけではないのだ。