肝炎Sabavian:風になる日記

《優 し く 吹 く 風 に な る》
やさしく吹く、そよ風のような人になるために・・

C型肝炎でも楽しい生活をしよう

2009年01月30日 | Weblog

こんにちは


 

すごい雨ですね


 

こんな日は家でおこたで  っといきたいところですなぁ


 

まぁ、肝臓にはよくないでしょうけどね


 

さて、発病してからの話を・・・


 

病名が判明してから、まずその田舎の病院で毎日点滴(強力ミノファーゲン)


 

を開始。これがまた時間がかかるのね(点滴だから)


 

で、受付が16:30までなので間に合うように会社を出るのさ


 

点滴が終了するともう会社に戻らず帰宅しちゃう


 

だから結構仕事は集中してやらないと、とてもじゃないけど終わらない


 

一人で何人分・・もこなしていたのだっ 我ながら偉い
                    (最近自画自賛ばっかだ


 

そうやってがんばっていたからこそ、その時間の退出が許されたわけよ~ん


 

帰宅してからはひたすら安静にしていたのです


 

でも田舎の病院だけに、これはセカンドオピニオンが必要と思い、近くの総合病

診てもらったのね。その上で処置をそちらにお願いし、今度は注射で薬投入

始めました。この頃は強力ミノファーゲン注射しか手だてがなかったので、どうせな

ら点滴よか注射のほうがいいかなと思ったし。


 

当時の精神状態は もう不安だらけ


 

そりゃそうでしょ。病気は最新、治療は最古、気分は最低ぇ~


 

しばらくその状態が続いた後、今は亡き父(医師会に勤務してたのね)の知人の紹

ということで、都内の病院を受診。そこですぐに入院と言われ、この病気にな

ってから初めての長期入院になりました。入院してすぐに当時治験薬であったインタ

ーフェロンを投与開始。治験なので何があっても知らないよ、という条件なの

でもお金はかからないってわけ。


 

そうそう、入院直後いろいろ検査をしてね、あるナースが耳もとでこう言うのよ。


 

「年齢の割りに相当悪いみたいねぇ」


 

       て、てめぇナースのくせしてなんてこというんだよぉ~

三日三晩泣きました。  もうそれしかできなかったから・・・

そうはならなかったけど、その時は

      もう俺、死んじゃうんだぁ

そう思ったもん。ちょうど結婚1周年にして発症。その上死んじゃうのだぁ

だから離婚も考えた。当時妻はバリバリの大家のお嬢さんだった(今はパリパリ?

いや、失言)から、問題なくやり直せると思ったしね

何が辛いって、そう(離婚とか死んじゃうとか)思いながらも妻が病院にやってくると

大丈夫だよって笑顔でいることだった。

さて、SABAVIAN。これからどうなる    TO BE CONTINUE・・・・