縄文人の反乱 日本を大事に

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縄文とは   2010年12月31日     コメントも含めて

2012年04月26日 14時51分08秒 | 色んな情報
縄文とは   2010年12月31日     コメントも含めて
縄文時代の洞窟遺跡・嵩山蛇穴(すせじゃあな)
http://bit.ly/Ie97FA
縄文時代の家~!
http://bit.ly/JbNrp1
縄文のビーナス
http://bit.ly/IauvwE
縄文土器と擦文土器-釧路湿原展望台
http://bit.ly/I2RGW1
土偶(どぐう):縄文時代
http://bit.ly/I6EXQP
最古の土器
http://bit.ly/Kabgz9

縄文人(じょうもんじん)とは
縄文と言っても色んな説が有り完全に解明されているわけではない。
ウィキペディア等いくつかの項目を列挙する。
我々は縄文の血を引いた民族と言われている。
時には世界で一番古い文明を所持したとされる説まで出て来ている。
モシそうなら嬉しい話だ。
悠久の昔よりこの土地の上では色んな事が起きて居た。
米国インディアンとは親戚であるとかDNAなど科学的に解明されている事もある。
色々と研究されている方が多い。
沢山の事が知りたい者。
 
 
 
ウィキペディアより
縄文人(じょうもんじん)とは、日本列島の縄文文化と呼ばれる文化形式を保持していた集団に属する人々のことである。 旧石器時代後の、紀元前145世紀-紀元前10世紀にわたる縄文時代の文化は、概ね現在の日本に分布していた。 そのため、この地域に居住していた縄文土器を作る新石器時代人を縄文人と見ることが出来る[1]。
 
この縄文人は厳密には同質の集団ではなく、時期によって異なるが4-9の文化圏を持っていた諸集団の集合であったと考えられている[2]。 日本列島(旧石器時代のこの海域は後述のように、現在とは相当に異なった海岸線を持っていた)に居住していた後期旧石器時代の人々が、後に縄文文化と総称される文化形式を生み出し、日本における縄文人諸集団が出現したと推測されている。
 
 
縄文時代(じょうもんじだい)は、年代でいうと今から約1万6,500年前(紀元前145世紀)[1]から約3,000年前(紀元前10世紀)、地質年代では更新世末期から完新世にかけて日本列島で発展した時代であり、世界史では中石器時代ないし新石器時代に相当する時代である。旧石器時代と縄文時代の違いは、土器の出現や竪穴住居の普及、貝塚の形式などがあげられる。
 
縄文時代の終わりについては、地域差が大きいものの、定型的な水田耕作を特徴とする弥生文化の登場を契機とするが、その年代については紀元前数世紀から紀元前10世紀頃までで、多くの議論がある。
 
なお、沖縄県では貝塚時代前期に区分される。次の時代は、貝塚時代後期、東北北部から北海道では続縄文時代と呼ばれる。
 
 
他にも色々ある。
参考にして下さい。
 
 
■日本古代史をとりまく謎
http://bit.ly/INpRl8
■縄文顔と弥生顔
http://bit.ly/yLK8O1
■身長・遺伝■
http://bit.ly/IFmugq
■縄文時代の衣服
http://bit.ly/KaaOku
 
環境研ミニ百科 第30号 縄文人は、短命だった?
18世紀のウィーンでも5歳までに約半数が死亡しており、平均寿命を低くする大きな原因でした。日本でも大正時代には、10歳までに約25%が死亡していました。乳幼児の死亡率が大きく低下したのは、太平洋戦争後のことですが、このことが、平均寿命の長くなったことに大きく貢献しました。図2は、1920年代からの日本人男女の平均寿命のグラフです。太平洋戦争中のデータがありませんが、大正時代からずっと平均寿命が伸びてきていることがわかります。現在、日本は、男女とも平均寿命が世界で最も長い国々の一つとなっています。
(小野寺 淳一)
 
 
・モノ太郎の雑学コラム
あなたのルーツは縄文人?弥生人? http://bit.ly/IfeAhz
 
 
日本列島の縄文時代の人々。
 
平均身長は男性約160cm、女性約150cmで、弥生時代に大陸から渡来した人々と較べて低い。
 
中国の柳江人、沖縄の港川人及びアイヌと類似している。
 
その為、約2万~3万年前に当時陸続きの大陸から渡来し、約1万年前の氷河期の終わりとともに海面が上昇したことによって日本列島に閉じ込められた集団だったとも考えられている。
 
 
 
日本の考古学上の時代区分。縄文土器を製作・使用した時代。旧石器時代の後、弥生時代の始まる紀元前三世紀頃まで続く。土器の型式の発達に基づき、草創・早・前・中・後・晩の六期に区分する。
 
・三省堂提供「大辞林第二版」より
縄文時代の生活様式
  
この時代の特徴は土器が作られ食生活がバラエティーになったことである。豊かな自然のめぐみや道具の発達によって生活が向上すると、人々は定住するようになる。
川や涌き水のある丘に家を建て、4、5軒の家が寄り集まって村を形成した。
縄文人の家は円形や四角形の直径4~5メートルの穴を掘り数本の柱をたて、カヤなどで屋根をふいた竪穴住居で生活をした。
このころは狩猟、漁労を中心とした採集生活であったが、村が大集落へと変貌する過程においてなんらかの植物栽培の必要性から農業がおこなわれたと考える。縄文遺蹟から出土するものに土偶があり、土偶は農作物の豊穣を祈る為に作られた焼き物である、と考えられる。
本格的な農耕は次の時代の稲作農耕からである。
 
 
コメント
nelcco2010年12月31日
縄文時代の土偶は乳房や体格として女性性を強調するものが多く、意図的に破壊されて豊穣を願う呪術に使われた形跡があります。人は生きるために母なる大地を犠牲とする必要があり、分断されてバラバラになった女神の身体から生命力が生まれるという信仰がありました。大地の犠牲を意識し、感謝したからこそ、食する自然の作物と自分たちとの結びつきを直観出来たのだと思います。ウケ、ウカ、豊受大神、稲荷、ミカ、ミカボシ(明星)、いずれも豊穣の女神、母なる大地を意味します。古来、穀物は自分たちの生命そのものであり、金星信仰に結びついていました。
 
西洋では金星はルシファーであり悪魔崇拝であるとして女性性が忌み嫌われて来ましたが、東洋では母なる大地を崇拝する習慣が残ります。人体を七惑星で解釈すると腹部の生命力、内臓諸機能を金星が支配します。土星や木星などが大脳神経系なら、これまでの西洋文明は下腹部の太陽神経叢がもう一つの脳であることを意図的に無視したものでした。この側面を一時的に無視したのは、古代の霊性よりも、人類がもっと理性を発達させ、人権の理解や自然科学、何よりも近代自我によって善悪を自由に判断する能力を伸ばす必要があったからです。
 
しかし今や人類は立派に大脳神経系を道徳的な意義のために使えるようになりました。道徳的な判断を前提にするなら、もう一度、下腹部の生命感覚によって地球を把握する古代の方法に戻ってよいのだと信じます。
 
大地母信仰は西洋では堕天使ルシファーの道だとされましたが、縄文人のように大自然の犠牲を自覚するなら、新しい知性を覚醒させます。人類は、ネイティブアメリカンによれば「大自然のガーディアン(守護者)」なのだそうです。母なる大地に感謝できる大脳神経系を発達させたのだから、もう古代の価値観に戻ってよいのだと信じます。
 
問題は、現代人は一人だと正義を自覚できるのに、集団になると社会機構としてモラルが薄れることです。下腹部と大自然とのつながりが復活すると社会全体が悪魔の道具になる可能性が高まります。一人ひとりが人間中心の価値観に左右されずに地球のガーディアンとして名実ともに具体的な行動に出来るかどうかです。無責任な自由が叫ばれる現代ですから、どこまで「義務」を自覚できるかに全てが集約する気がします。
 
 
AYU2010年12月31日
横レスで、すいません。
 
>nelccoさん
 
>人体を七惑星で解釈すると
 
平田篤胤がミカボシ(=天津甕星)を金星と解釈したことが
ピンときてなかったのですが、
人体を七惑星で解釈するのはどんな考えがもとになっているんでしょうか?
ミカ、ミカボシを豊穣の女神、母なる大地と結びつける考えは
ミカボシとは縁があるので、とても興味があります。
『日本書紀』のエピソードなどから、天津甕星は男神とみられてますが、
女神・大地母神とうまく結びつくんでしょうか?
ただ、ミカボシ(天津甕星)を「カガセオ」と考えると、
Wikipediaなどによれば「カガ=蛇=ハハ=大地母神」ですから、
たしかに結びつくのですが。
 
 
nelcco2010年12月31日
AYUさま
日本の神々の物語は氏族同士の政治力学が絡まる複雑な領域ですから僕もそんなに詳しくありません。しかも僕はオカルティズムから理解しようとする人間なので内容は一般的ではなく、あまり参考にならないかも知れません。特に「ミカボシ(金星)」と人間については「そもそも一つだった神をどうして人類は複数に分けて把握するようになったか」という長い話をしなければなりません。でもここは志葉楽さんの日記ですので、年明けにしばらくして落ち着いたら個別にメッセージいたしますね。なにせ狂人による無節操な無駄話ですから、ここに書くと、志葉楽さんにご迷惑が掛かってしまいます・・・・
 
 
AYU2011年01月01日
>nelccoさん
ぼくも基本的に民族や歴史に関して、科学的に解明できない部分は
オカルティズムを積極的に利用していこうと考えていますので、
人の意見に関してはピンとくるか、こないかという直感で受け取るのみです。
nelccoさんに関しては、
これまでの志葉楽さんの日記への書き込みを読ませていただいて、
信頼できる印象を持っているので、質問させていただきました。
質問への答えに関しては、思いつきで質問したにすぎないことですので、
いつでもかまいませんし、楽しい作業でなければ、
無視していただいてかまいませんよ。

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