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発掘された日本列島2006

2006-07-17 | イベント
東京両国にある江戸東京博物館で、23日まで開催されている「発掘された日本列島2006-新発見考古速報展-」展を旭さん、KINさん、マハ氏、サクラさんと自分5人で行ってきました。
毎年開催されているこの展示会は、全国の最新発掘調査情報が一同に見られるので考古ファンには、たまらない企画展示ともいえます。

今回の目玉は、国内でも超度級の総重量400キログラムもある石人(武人をかたどった石の埴輪(福岡県八女市「鶴見山古墳」から出土))で、その大きさといい圧巻でした。この形態の埴輪は、九州でしか見つかっておらずこのサイズとしては、非常に貴重なものなんだそうです。

また、宮崎県新富町の百足塚(むかでづか)古墳からは、数多くの形象埴輪が出土されました。様々なスタイルの埴輪が出土されているわけですが、ここが特に注目されている理由に、大阪府にある「継体天皇」の陵墓と伝えられる「今越塚古墳」との共通性にあります。様々なスタイルの埴輪郡の出土は、古代の祭りの祭祀形態を表現すものですが、これは主に畿内の大和政権の祭祀形態に見られるものです。
ですが、上にも書いたように九州独自の地域スタイルの埴輪も存在している事実は、他地方では見られないもです。当時の九州の地方首領墳墓が畿内の大和政権の王と、どのような関係で共存をしていたのか注目視される貴重な出土と言えます。

また併設で「遺跡でたどる国際交流」と題したテーマ展示を行っていました。
日本と周辺の国のそれぞれの地域との間で行われてきた交流の姿を、時代ごとに紹介されていました。中でも縄文時代造られたと云われる「抉状耳飾(けつじょうみみかざり)」は、大陸から持ち込まれたものだそうです。当時大陸と交流があったとういう事実は、ちょっと意外でした。以前訪れた北海道のキウス遺跡からも、たくさん耳飾りが出土されているそうです。

縄文期に既に大陸との交流がこんなに盛んだったとは…。恐るべし縄文人^^;
帰りは、お決まりの飲み会。夕方5時に入店して気づいた時は、10時過ぎ…。恐るべしSNK ^^;


石人埴輪(福岡県八女市「鶴見山古墳」)


形象埴輪群(宮崎県新富町 新田原古墳群百足塚古墳)





展示物の数々



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