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『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』 (2015) / 日本

2015-10-05 | 邦画(あ行)


監督: 中村佑子
出演: 内藤礼 、谷口蘭 、湯川ひな 、大山景子 、沼倉信子 、田中恭子
鑑賞劇場: シアターイメージフォーラム

公式サイトはこちら。


「母型」に強くひかれた中村佑子監督が、これまで作品をつくる姿を決して明かさなかった内藤に取材を依頼し、2年にわたって撮影を敢行。その途中で内藤が作品制作中の撮影に違和感を抱くようになったため、監督は内藤本人にカメラを向けることなく彼女の本質に迫ることを決意する。(映画.comより)




内藤氏のことは全く知らないのですが、ポスターに惹かれて行ってみました。
一体どんな作品かと半信半疑の鑑賞だったが素晴らしかった。

芸術家にとって、自分の作業を映画として撮影されている、またはそこに第三者が常に介在している状況というのは、非常に緊張を強いられるに違いない。考えてみれば、自分の作品の制作過程や日常について、第三者が作品にしたいと申し出てくるというのは、芸術家にとっては思いっきり普段とは異なる制作になってしまう可能性がある。初めに、よく内藤氏は映画制作を許可したものだと思った。アーティストのドキュメンタリー映画はよく見かけるが、ほとんどの場合、撮られることに抵抗のないように見えたので、本作のように非常に繊細な性格のアーティストだと許可そのものが降りないようにも思う。

それでも映画の制作中に、内藤氏の中に当初予定していた心情とは異なるものが出てきてしまった以上は、本業である芸術作品の制作に差し障りとなることは必至で、故に本作の方向性が予定していたものとはズレたのは自然の流れである。途中から内藤氏の影がほぼ出てこないまま、映画は進む。

そして彼女の不在を埋めるべく集めた5人の女性たち。年代もバックグラウンドも大きく異なるこの5名、然し乍ら彼女たちが持ち合わせたものが、偶然にように一致したことが幸いした。最初は「自身の現状や将来に対する不安」だけを語っているように見えるかもしれないが、次第にそこから一歩進んで自分だけの不安に留まらなくなっていく。彼女たち5名はそれまでの人生を、時の長短はあれど自身の軸からブレないで生きてきたからこそ、単なる自分語りだけではなく、女性たち全般に対して、ひいては人間として生きていく上での恒常的な心情について語り始めている。本作は彼女たちの生き様が、内藤氏の豊島の作品と絶妙にリンクしていることに気がついた中村監督のアイデアの産物とも思える。人は生まれ、動きをつけ、そして最後には集約されていくこと。この普遍性を見出した者同士が感じることのできる空間に、彼女たちは映画を通して集まってきた。もちろんそこには、内藤氏と中村監督も含まれている。

映画としてはハプニングもあり、予期せぬ収束ではあったかもしれないが、却って彼女たちの抱える不安は、内藤の作品に出会うことによってそこから脱却し、方向性を見出せていっている。静寂のなかにもくっきりと浮かび上がるそれぞれの存在感がいい。一見この映画から離れたように見えた内藤氏はしっかりと寄り添っていることがわかる。果たして内藤は10年後、何と答えるのだろうか。

偶然の産物な展開なのに、きちんと集約されていて、
人物たちを取り巻くこと、思いっきり叫びたくなる四方山のこと全てがすんなりと収まる世界観。
様々なことを語り尽くしたくなってくる。



★★★★ 4/5点











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