傍流点景

余所見と隙間と偏りだらけの見聞禄です
(・・・今年も放置癖は治らないか?)

『嫌われ松子の一生』('06/日本)

2006-06-14 | 映画【劇場公開】
 すべての愚かしい人々のために、すべてのはぐれ者たちのために。
 くだらない、つまらない、馬鹿馬鹿しくも切ない本質をこれ見よがしにゴテゴテと飾り立て、さあ見世物小屋へいらっしゃい、ガラクタでデタラメだけど素晴らしいでしょ!と魅せるのがつまり、私が愛する“キャンプ”感の乱暴な要約であるけども、現在の日本人映画監督で中島哲也ほどポップかつ、この“キャンプ”な映像センスを持った人はいないと思う。それはJRA等のCMや、いくつかのテレビ作品でも証明されているが、前作『下妻物語』で強く確信したものである。またリズム感も絶妙なので、それゆえに彼の作品は笑い出さずにはいられないパワフルさを持っているのだけども、過剰なまでにゴージャスな絵作りに包まれた作品の根底は実は、非常に正統派だったりもする。
 そして『嫌われ松子の一生』は、恐らくは現時点での中島監督の集大成的作品である。

 非現実的なファンシー画面で踊るメリー・ゴーランドのメロディの如く軽快に辿る、松子@中谷美紀という女の一生。それは実のところ、メリー・ゴーランドというよりは、下降一直線のジェットコースターである。病弱な妹ばかりにかまう父親に愛されたい一身の心は届かず、父の希望する教師の職を得るもあるキッカケで失職。家を出て恋をして“幸せ”を夢見ても、つかむ男は悉くサイテー最悪の野郎どもばかり。いつしか風俗嬢から殺人犯へ、そして服役後に再び運命の恋を誓った相手は極道者、やがてその男ともすれ違ってしまい、引きこもる日々。しかし古い友人の言葉がキッカケで再起しようというそのとき、彼女は通りすがりの子供たちによって呆気なく殺されてしまう---世間の良識ある人々から観れば、それは“ファザコン乙女の哀れな末路”と映るものかもしれない。
 でも、それがどうしたっていうの?
 例によって原作を読んでいない私ではあるが、たぶん原作マンマをやったらVシネマだろう。いや、決してVシネマを低く見ている訳ではないし、腕のいい監督に当たれば傑作の部類に入るとかもしれない。或いは阪本順治監督の『顔』に連なる作品と評されるか。しかしそうした、ある意味で手垢にまみれた感のある「女の一生」が、中島監督の手にかかると花と音と毒にまみれたキャンプなミュージカル風味の映画に仕上がってしまうのである! このインパクトは凄い。もはや、この領域では国内無敵と言えるのではなかろうか。

 ここで、松子の人生について、とか語り始めるのはあまり意味がない気がする。
 ただ私が個人的に思ったのは、本作で描かれている最も重要なテーマというのは冒頭に既に提示されている、ということだ。語り部である川尻笙@瑛太、夢に挫折し虚しい日々をだらだらと送る青年。ヒロインである松子のお骨を持って現れる笙の父・紀夫@香川照之が言い捨てる「(姉の松子は)つまらん一生だった」の言葉。笙にはその言葉がひっかかった。実弟に「つまらん」などと言われてしまう伯母、その一生は本当に「つまらなかった」のか?
 つまり本作が描くのは、彼女に深く関わり愛した人たちの思い出と、肉親たちによって語られる“松子の一生の再構築”だ。(松子は結局、家族には愛されていたという物語でもある。弟・紀夫でさえ、彼女を気遣っていたというのは終盤に分かる)
 この世の中に生きる全ての人間の一生に「つまらない」などと切り捨てられるものはない。松子のことを、共依存体質の愚かしい馬鹿女と嘲笑うことは簡単だろう。あるいは、不幸ばかりの負け続け、悲し過ぎる人生だと憐れむことも。だが本当に彼女を、そんな高みから笑い、憐れむことが出来るのか? 
-----毒々しいまでに華やかな外装の本作が問いかけてくるのは、そういうことだと思う。
(笙の彼女の台詞「大切なのはどれだけ他人に与えられたか、ってこと」とか、松子の最後の恋人となる龍洋一が語る「神の愛」云々というのはあくまで彼らの思い込みであって本作のテーマではないと私は思うが、それをどう受け取るかも人それぞれなですからね…。ラストシーンも松子というより、笙の願望かもしれない。しかし、だからこそ本作には“物語”としての強度があるとも言える)

 私が本作を観て一番に思い出したのは『ヘドウィグ&アングリー・インチ』だったりする。ミュージカル風“はぐれ者の生き様”映画である、という以外の共通点はないのだが、受け取る感触はかなり近い。あるいは、『トミー』や『マーラー』を撮っていた頃のケン・ラッセルを21世紀モードにビルドアップしたかのような。ってのは、ちと言い過ぎ?とも思うのだが(^^;;)とにかく、この物語にしてこの映画表現は見事の一言。
 バカバカしくお笑いテイストな演出になるほどに、ハッピーな曲調が画面から溢れるたびに、中味のブラックさや悲哀が際立つという王道ぶりが、随所でハマリまくりなのも流石である。松子の経歴の中でもガチで撮ったらヘヴィになりそうなソープ嬢時代&女囚時代をMV仕立てで一気に語り、印象付けるのもウマ過ぎ!

 演出に負けない豪勢にして多彩、適材適所なキャスティングは目にも楽しいことこの上なし。素材選びあっての腕の見せ所でもあろうから、当然粒揃いの出演陣なのだけど印象的だったのはやはり女優。特に松子の女囚時代からの親友・沢村社長@黒沢あすかのAV姐御が似合い過ぎで惚れそう(笑)。啖呵の威勢のよさ、着物の似合いぶりもさることながら、松子とのシーンはちょっと泣ける(下妻~と同じく、中島監督はシスターフッドの描写が素晴らしい)。またソウルフルな歌姫であるボニー・ピンクが演じる中洲の№1ソープ嬢・綾乃の、キュートに蓮っ葉な口ぶりと流し目がイイ~(歌も勿論素晴らしいです!)。意外に良かったなあ、と思ったのが、松子のかつての教え子にして最後の恋人となった龍洋一@伊勢谷友介のチンピラぶりだね。相変わらず滑舌が悪いのは気になったものの、雰囲気的には激ハマり。ま、オイしい役振ってもらったな~、とも思うが。松子に殺されるヒモの小野寺@武田真治の救い難い安さも笑えたし、スカパラ谷中氏のトルコ店ジャーマネ役は胡散臭~い感じがピッタリで良かったですね(笑)。
 そして、肝心のヒロイン松子@中谷美紀。私は本当にこの人が苦手だったんだけど、素材がダメでも料理の腕次第で映画はオッケーになる訳でね。結果的には彼女で良かったんではないか、と納得は出来た。彼女が演じるということでプラスティック感が強調される=どーしよーもないヨゴレなのに、ヨゴレきらないで済む、それが娯楽映画的には良いことかな、と思ったから。ただし『下妻物語』みたいに「このコじゃないとダメっ!」というハマリ方ではなかったけど…じゃあ誰ならいいの、と言われても困るからなー^^;; ともあれ、彼女の熱演ぶりは私も素直に認めたい。画像に使った川原越しのカットは、ベタとはいえ不覚にも涙が滲んでしまったシーンでもあった。


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4 コメント

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『ヘドウィグ・・』は未見です (真紅)
2006-06-15 11:35:29
shitoさん、こんにちは。

貴記事にTBさせていただきました。よろしくお願いします。

この映画を観て私が思い出したのは『ダンサー・イン・ザ・ダーク』です。監督と女優の確執、ミュージカル仕立て、女の(悲惨な)一生を描いた、というところで。

お暇な折にでも、拙ブログへ是非お立ち寄り下さい。

ではでは。
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『ダンサー~』は未見です;; (shito)
2006-06-15 19:48:41
真紅さん、コメント&TBありがとうございました!

という訳で、ラース・フォン・トリアー監督作は『ドッグヴィル』しか観てない私なので、いつか観てみたいとは思ってます…^^;;

『ヘドウィグ~』は、色んな要素が全て私のツボにハマった愛しの映画なのですよ。機会がありましたら、ご覧になってみてくださいまし~。

記事にも書きましたが、個人的に本作が見事だなーと思う一番の理由は、基本的に松子の内面を語ったりはしない→笙や龍、沢村社長(観客)の視点での“松子物語”であること、ですね。それと、ああいうタイミングでの死も残酷だけどリアルでもあり。。。少しばかりBBMにもカブるかな、なんてコジツケくさくも思ったりしたのでした。
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Unknown (かいろ)
2006-06-28 22:17:45
shitoさん、こんにちは。

以前こちらの記事にTBさせていただきましたかいろと申します。コメントの書き込みができなくて失礼にもTBだけを送ることになってしまいました・・・今さらですがコメントさせてください(数字を半角で入力すればいいということに先ほどやっと気付きました・・・申し訳ありませんでした)。

言い訳はここまでにして、『松子』です。

わたしも黒沢あすかの沢村社長が大好きでした(「ちょ~淫乱!!!」には仰天→爆笑)。そして出てきた人たちみんな好きでした。撮影時には大変な思いをしていたそうですが、画面からはそんなことちらりともわかりませんでしたよね・・・。中谷美紀は今年の日本アカデミー賞の主演女優賞の有力候補だろうなあと思うのですが、どうでしょうか?日本アカデミー賞にどれくらいの価値があるのかはいまいち分かりませんが。

最近この映画を観た姉が教えてくれたのですが、花は死の象徴でもあるそうです。だから最初から花がいっぱいだったでしょ?と言われて、ががーんとなってしまいました。

そして、アパートのところで刑事さんが笙くんに松子のことを語り始める場面で風が吹き抜けていくことにこの前気がついて、松子ってやっぱり風だったのかあ・・・となんともいえない気分になったわたしです。もう一回観たいなあ。

最初から長々ととりとめのないことを書き連ねてしまいました。この辺で失礼いたします。またお邪魔させてくださいませ。
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>かいろさん (shito)
2006-06-29 13:45:08
とても丁寧なコメント、ありがとうございます。

私も元来が不精者で、TB頂いた方にお返しはしてもコメントまで書くことは少ないので、恐縮です…^^;;



やっぱ黒沢あすか@沢村社長イイですよね~。彼女のことはツカシン監督『六月の蛇』での激演が強く印象に残っていたのですが、こんな弾けたお芝居もハマることがなんだか嬉しかったです。

中谷美紀は、記事内でも書いたようにちょい苦手だったんですが、少しだけ見直しましたね…って偉そうですが。特にヴィジュアル的には申し分なかったと思います。

花は死の象徴、というのは気が付きませんでしたが成る程…今作に限らず思い当たるものがいろいろあります。

なんの映画だったか、アメリカ映画なのですがヒロインが父のお墓に造花を供える際、夫に「なんで造花なんて…」と言われると「だってこれなら枯れないから。(死者が)寂しくないでしょ」と返すシーンがありました。安っぽい造花の、不自然なほどに鮮やかな色に込められた思いに、なんだかギュッとなったことを思い出します。(って、コレもとりとめないことを言い出してスミマセン…)



ところで『嫌われ松子の一生』、TBSでドラマ化だそうですね。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060629-00000084-nks-ent

…大河ドラマ風にでもするつもりでしょうか(笑)。
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