傍流点景

余所見と隙間と偏りだらけの見聞禄です
(・・・今年も放置癖は治らないか?)

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TIFF鑑賞最終報告~『Shut Up & Sing!』

2006-10-30 | 映画【劇場公開】
 思い返せば去年のTIFFでは『ウォーク・ザ・ライン』だった。それまで殆ど興味のなかったカントリーというジャンルの音楽に少しずつ足を踏み入れていったのは…。そうは言っても、やはり私のメインはロックなので、いまだにカントリー・ファンとは程遠い。しかし、いちおうディクシー・チックスの4枚目となる最新アルバム【Taking the long way】は買っていた。それも不埒な理由で。有体に言えば“例の騒動”があってから興味を持った野次馬だったのだ、私は。
 【Taking the long way】というアルバムは、ロック界では変わり者だが凄腕プロデューサーとして有名なリック・ルービンが手掛けていて、あまりカントリーという感じはしない。ロックに馴れている耳には非常に聴き易い音になっているし、特にアメリカン・ロックが好きな人にはお薦め出来ると思う…程度だった。
 この作品を観る前までは。

 今、私は声を大にして言いたい。特にロック・ファンの皆さま! ディクシー・チックス、すげー良いよ!!(涙) 特にこのドキュメンタリー観たら、惚れると思う。そこまで行かなくても、充ニ分にアピールするものが、熱く反応するモノがあるはずよ、特に女性ににとっては! ホント彼女たちは、カッコイイねえちゃん達なんだよ。米国本国では“セレブ”と言ってもいいメガ・スターにも関わらず、全く気取ったところがない、ごく普通のサバけた“おねえちゃん”。肝が据わってて頭が良くて、キワどいジョークも大好きな、正に陽気なカントリー・ガールズ。でも、彼女たちを本気で怒らせたらタダじゃすまないのだ。

 80年代後半マーティ・マグワイア&エミリー・ロビソンの姉妹を中心に結成された現在のディクシー・チックスは、'98年のデビューから現在まで発表した4枚のアルバム総ての売上が3千万枚以上に上る米国ポップ史上最大の女性バンドである。彼女たちの音楽的ルーツはブルーグラス~カントリーで、ファン・購買層は白人(保守党系)が主流である。そして本人たちも映画の中で言ってる通り「All American Girlなイメージ」「コンサバで優等生っぽい女の子たち(アイドル)」と思われていた。
 ところが'03年3月。ツアー先の英国ロンドンのシェパーズブッシュのライヴから“例の騒動”が始まる。
 米国のイラク攻撃開始をTVニュースで見た彼女たちの表情が陰る。そして、ロンドンでは空前の反戦反米のデモが湧き起っていた。ディクシー・チックスは、名盤といわれる3枚目の【Home】で“Traveling Soldier”という歌を入れている。戦場にいる恋人への辛い思いを綴った少女の唄だ。そして、ライヴでこの曲を演奏する前に、vo.であるナタリー・メインズはこう言ったのだ。
「みんなもわかってるよね。いま私たち、米国大統領が同じテキサス出身なことを恥ずかしく思ってるわ(Just so you know, we're ashamed the President of the United States is from Texas)」
 彼女のこのMCは、当然観客のウケを考えてないわけはないけど、正直な気持ちでもあった。戦争になったら、自分の夫や恋人や息子や親戚や友達が、死ぬかもしれないのだ。そのことに心痛めない人間がいるだろうか。そして、ロンドンの観客たちは、ナタリーの言葉に熱い声援で応えた。
 しかし、それを知った彼女たちの祖国では、正反対のことが起こった。ナタリーは、米国のメディアが騒いでると聞いて最初は「えー、冗談だった、ですまないの?」と笑ってるし、マーティ&エミリーも「あんた、またやっちゃったわね」と言いたげな呆れ顔だった。つまり、彼女たちはその後の世界が一変するなどとは思ってもいなかったのだ。

 その後の経緯については日本でもニュースでいろいろと知らされてはいたけど、本国の保守層(=カントリーのファン層、とそれを利用する共和党/キリスト教右派の政治家とマスメディア)からのバッシングの凄まじさ、「大統領を貶した」ディクシー・チックスを巡る騒動は、限度を超えていった。

 本作はこの“騒動”勃発の'03年から今年 【Taking the long way】が発表されるまでの、彼女たちの姿を捉えている。それは、自分たちでさえ政治的な事とは無縁と思っていたディクシー・チックスの3人の女性が、己に正直だったが故に直面せざるを得なかった闘いの日々の記録である。
 ナタリーの言葉自体は、それほど深く考えて発せられたものではなかったが、かといって決して撤回すべきようなものでもなければ、身の危険を脅かされるようなことでもないはずなのだ。ところがラジオ局からは締め出され、CDは壊され、ライヴ会場には殺害予告が届けられる(>それがダラス、つーのがまた厭だよね…)。ファンからは「黙って唄だけ歌ってりゃいいんだ(Shut up and sing!)」と言われる。実に理不尽な仕打ちと圧力を受けて、けれど彼女たちは安易に泣き寝入りなどしなかった。3人の結束は更に強まり、マネージャーや家族も一丸となって、徹底抗戦に臨んだ。
 これは生半可なことじゃない。勿論、彼女たちは既に全米的にメジャーな存在で、それ自体が一つの力ではあるが、そのぶん失うものも大きくなる。スポンサーは撤退し、アルバムやコンサート・チケットの売上は急落した。けれど彼女たちは、保守派政治家/メディアの圧力に妥協したり、そこに追随する旧来のカントリー・ファンに阿ることより、リスクを冒すことになっても自分たちの信念を貫くことを選んだのだ。

 新作のレコーディングについても 「私たちがやりたいことをやる。今ここで、人から言われるようなことを気にして無難なことをやれば昔通り成功するだろうし、総て元通りになるかもしれない。でも、そんなことをしたら私たちが後悔する。あとで後悔するくらいなら、何を犠牲にしても今やりたいことをやるわよ!」 と、殆ど叫ぶように宣言するナタリーには思わず目頭が熱くなる。
 彼女のキャラクターは、いわゆる“気の強いおてんば娘”で、ライヴでは抜群の笑顔と気の利いたMCで笑わせてくれる。唄でもインタヴューでも常に、ガッツとパワーのハネっ返りの印象で、「なんで謝らなきゃいけないの? 謝る以外なら何したっていいよ、blow-jobしてもいいくらいよ」(>ココはカメラの中の皆も、スクリーンのこっち側の観客も爆笑!)などと言っちゃう人だけど、根の部分はとても繊細なのだろうな、というのが随所にうかがえる。だから、彼女よりは落ち着いた雰囲気のあるマーティ&エミリーの姉妹は、いつも彼女を一番下の妹のように温かくサポートしている。実際、映画を観ていてある意味一番感動するのは、この3人の強固なシスターフッドである。
 だから、終盤近くに語られるマーティの「今でもナタリーはあのことを気にしてるのよ。凄く気にしてる。こんな状況を作ってしまったのは自分のせいじゃないかって…そんなことないのに。……明日にでもツアーもレコーディングもキャンセルするって言い出したらどうしようって思う。でも、もし彼女がやめたら平穏な人生に戻れるって言うなら、私だってやめるわよ!」と、言ってる間に気持ちがこみ上げてしまって泣き出す彼女の姿には思わず貰い泣きよ~~!(ココは女子の心情としても泣き所だと思うわよ!) 

 と、思わずこちらも熱くなってしまったけども、映画はそういった“闘うチックス”だけではなく、音楽を離れた彼女たちの家庭生活や和やかな団欒の様子、この間出産を経験するエミリーも含めて3人の母親ぶりも描かれる。もちろん、ミュージシャンとして、作曲やレコーディングに情熱を傾ける姿も。チックスの曲の良さが、その背景を知ることによって更に胸に染み入るものになる。(ちなみにレコーディングでゲスト参加したRHCPのチャドと、チックスの会話がまた爆笑モノで必見! 英国人マネージャーで、いぐざーっくとりぃ!あぶそりゅ~とりぃ!が口癖(笑)のサイモン・レンショウもいいキャラです)
 こうした普段の彼女たちの生き方~家族のバックアップと彼らへの責任、アーティストとしてのプライド、その全てに裏打ちされた絆なのだ。だからこそ、より彼女たちの信念も闘志も強まっているのだ、ということが伝わってくるのである。
 いろいろなことが詰まった、実に見応えのある映画だと思う。何よりも3人の“素晴らしい女性/母親/アーティスト”への賛歌的作品でもあるが、アメリカ(国/人)の素晴らしいところと恐ろしいところが同時に映し出されている作品でもあった。
 願わくば、日本の映画館でも公開してくれ欲しいけど…どうなのかしらねえ。(ただし、もし公開してくれるなら、字幕は歌詞にも付けるべきだと思う)

 最後になるが、本作の監督であるバーバラ・コップル(共同監督はセシリア・ペック)について、私は知らなかったので調べてみたのだが、驚いた。『ハーラン・カウティUSA』('77)、『アメリカン・ドリーム』('90)の2本の労働者運動/争議を扱ったドキュメンタリーでアカデミー賞を撮った生粋の左翼系監督なのだね。また、3回のウッドストックを巡る『マイ・ジェネレーション』や、ウディ・アレンとニューオーリンズのジャズバンドを撮った『ワイルドマン・ブルース』もこの人の監督作で、なんというか、実に一本筋が通っている方の模様(笑)。信念のために闘わざるを得なかった女性バンドのドキュメンタリーを手掛けるのに、彼女ほどの適任者はいなかったのだろうと思う。

 しかし、TIFFよ。こうした情報も含め、もっと本作は事前にプロモートされて良かったじゃないのかと思いますよ。少なくとも、監督が今迄撮ってきた作品がどんなものか紹介されていれば、もう少し多くの観客を呼べたのでは? 日本では確かにディクシー・チックスはあまり知名度のないバンドだろうし、この映画に関してはティーチインもなく、また上映開始時間も遅かったから、という事情も関係したかもしれない。それでも、ガックリくるほど劇場は空いていた。せっかく≪シネマ・ヴァイブレーション~音楽と映画の共振関係≫と銘打った特集のわずか2本、その1本がこんなにおざなりな状態を見てしまうと、企画側にあまりにやる気がなかったんじゃないかと思われてならず、それが非常に残念だったことを書いておく。(客の少ない会場には、チックス・ファン?の外国人と音楽業界関係者と思しき人たちばかりのようで、いかにも内輪感丸出しだったもの・・・) 

シャラップ&シング!  (公式サイト:英語)

Dixie Chicks公式サイト(US)(日本)

TOO FAR FROM TEXAS-ディクシー・チックス ファンサイト … 日本で唯一のファンサイト。資料・情報・愛情全ての充実ぶりに脱帽です。私は全コンテンツを通読するに半日かかったほど。

Not Ready to Make Nice (PV)
最新アルバム【Taking the long way】からの第1弾シングル曲は「いいコになるつもりはないわよ!」という宣言だった。魔女裁判だか人格矯正だかを思わせるバックのゴシック・ロックなイメージ(苦笑)なのも面白い。

Goodbye Earl (PV)
暴力夫を高校時代の親友と共謀して殺しちゃえ~♪という歌詞&PV。これ、サイコー! 曲のニュアンスとしてはビートルズの“Maxwell's Silver Hammer”系…だと思う(笑)

TIFF鑑賞報告④~『フォーギヴネス』

2006-10-29 | 映画【劇場公開】
 映画ファンとしての個人的な意見ではあるが、私が今回観たTIFFの作品で最も日本公開して欲しいと思ったのが、本作である。是非とも、ある程度の大きさのあるスクリーンと音響設備の良い映画館で、再見したくてたまらない。…なんてことを書くのは、私が超適当に調べた限りでは、現時点で日本での公開情報が見当たらなかったため。
 監督であるウディ・アローニの本業は、NYに住むイスラエル人現代美術家だと鑑賞後に知って合点がいったのだが、非常に色鮮やかで美しい、絵画的なカットの数々に目を奪われる。全体的にはやや舞台劇を思わせる演出ではあるが、画面と音楽(歌曲が多い。サントラが欲しくなった!)との調和も素晴らしく、そのため感情の奥深い部分に訴えかけてくる。シーンの一つ一つが、詩的な豊かさに溢れる映画である。

 テーマは、一言で言うならパレスチナ/イスラエル問題についてであり、必定そのポリティカルな側面が取り上げられやすいであろう作品だ。また非常に哲学的な隠喩に富んだ映画でもあり、その方面に詳しい人なら更に深く本作を味わえるのだろう。
 しかし、こうした要素だけで判断し、敬遠して欲しくはない。なによりも先ず、そのことを伝えておきたい。決して難解な作品ではない、と思ったから。本作のテーマとなる部分で興味を持たれる知識層の方々だけでなく、私のような普通の、映画の背景に対して浅い知識しかない一介の映画ファンでも激しく気持ちを動かされる映画だと感じたから。とにかく私は、この映画が大好きだ。泣かずにはいられないシーンも多かった。(>泣けるから好きと言ってる訳ではない。念の為)


 物語は、イスラエルの精神病院から始まる。冒頭の字幕にて、この精神病院は '48年にイスラエルがパレスチナ人のある村を攻撃、100人余りの住民たちを虐殺して建てられた実在の場所であることが説明される。そして、最初ここに入ってきたのは、ナチス・ドイツのホロコーストから逃れてきた人々だったのだ。ある者はパレスチナ人の亡霊に脅かされ、またある者は亡霊と共棲する場所でもある。
 そして現在。若いユダヤ系米国人の兵士が、正気を失った患者として収容されている。主人公のデヴィッドである。彼の父親は収容所の生き残りであり、しばしイスラエルで戦士として過ごした後、米国に移住した。そこで音楽家として成功を納め、何不自由ない生活を送っていた。息子であるデヴィッドは、リベラルで理想主義的な青年だが、報道されるイスラエル/パレスチナの争いの真実を知りたいという理由で、志願してイスラエル兵となった。そこで、ある事件が起こってしまう。彼の精神が崩壊した理由は、その事件の記憶にあるのだった---

 事件とは何か。デヴィッドはイスラエル兵としてパレスチナ人の少女を誤射し、殺害してしまったのだ。しかも、その美しい母親に、彼は好意を持っていた。彼の目の前で少女の亡骸を抱え絶叫する母親の姿に、彼の心は壊れてしまったのだ。その出来事がデヴィッドを狂気に至らしめ、悪夢をもたらす。彼は時折、亡霊に怯え、パニックを起こす。
 病院にいる患者の1人である老人ヤコブ~自称ムーゼルマン(もぐら)は、毎日病院の庭を掘り起こしては、埋没したパレスチナ人の遺骨や遺品を取り上げる。彼はデヴィッドに関心を示し、悪夢に悩まされる彼に「声(悪夢)に耳を傾けろ」と助言するが、医者には理解されない。しかし医者もまた、デヴィッドの容態が一向に良くならないことに不安を感じているし、古い患者であり時に賢者のように深いムーゼルマンの言葉を、真剣に聞いてはいるのだ。
 しかしある日、デヴィッドの父親がやってきて、息子の一日も早い治癒を促され、悩みつつも政府から渡された新薬を彼に投与することを決意する。その薬は、デヴィッドの狂気の元凶となった記憶を消す作用があった。
 デヴィッドは薬のおかげで回復したかに見えた。NYに戻った彼は、近所に住むパレスチナ系の活動家である美女ライラと情熱的な恋に落ちる。相反する立場であっても、何もかもが違う2人であっても、人間同士が惹かれあい愛し合うことに理由はいらない。

 しかし---記憶の欠落は彼の精神を再び不安定にさせ、そのことはライラにも影響し、次第にズレが起きてしまう。やがて、悲劇と悪夢が甦る。心を切り裂く悲しみと嘆き、怒りと絶望が再び繰り返される。
 何故、こんな惨い悪夢を繰り返さなくてはいけないのか?

 劇中にひどく心に残る台詞が出てくる。「ホロコーストの記憶こそがユダヤ人をユダヤ人たらしめるものなのか? この記憶が無くなったらユダヤ人ではなくなるのか?」 この問いかけは非常に大きな意味を持っているのではないだろうか。被虐の記憶が民族のアイデンティティというのは、どういうことなのか。それは決して免罪符にも特権にもなり得ない記憶ではないのか。彼らだってそのことは痛いほどわかっている。わかっているはずなのに。

 この作品ではユダヤとアラブに焦点が当たっているが(25日のティーチ・インでもその関係の質問ばかり。しかも全員外国人だった)、こうした“相容れない関係となった隣地域との衝突”という構図自体は、あらゆる紛争地域(欧州ならば北愛蘭やバルカン半島、チェチェン等)に当て嵌めて考えることも可能だろう。今は平和な日本とて、また然りである。
 酷い被虐を受けた人間が、その恐怖と憎しみの記憶によって、更に残酷な加虐者となってしまう連鎖。しかし、この世に生きる誰もが、被害者であり加害者にも成り得るのではないだろうか。その可能性を、罪を認めなければいけない。忘却は救いにはならない。

 ムーゼルマンが語る寓話では、病院の地下に救いの道がある。そこはパレスチナ人とユダヤ人の亡霊が出会い、お互いの鎮魂のための合意を取り交わすことが出来るのだと。
(監督によれば、英語では“Forgiveness(赦し)”だが、ヘブライ語の原題にはその意味の他に“地下のトンネル”という意味合いもあるということだった)

 イスラエル本国では、この映画を巡って賛否がキッパリと分かれて大きな論争になったらしい。そして、この映画がレバノンで上映された日には、偶然にもイスラエルのレバノン侵攻が始まってしまった。しかし、レバノンの映画人は、終映後アローニ監督を抱きしめ、賛辞と激励の言葉をかけてくれたという。
 アローニ監督は「政治家は、この問題を解決するのは複雑で難しいというが、本当はとても簡単なことなのだ」と語っていた。人々に痛みや苦しみへの共感があればいいことなのだ、と。
 尤も、民間レベルの人々がそう思っても、武器を持って戦うことが仕事の人間や、利害の絡んだ政治家レベルでは問題が違うってことなんだろうけどね、結局…。
 けれど、そんなふうに諦めずに対話を求めていくこと、それこそが重要だと監督は言っていた。この映画も、観客の方々の感想をたくさん聞いて対話していきたい、と。どんな相手であれ、決して拒絶してはいけないのだ。たとえば「テロリストと話をするつもりなどない」という傲慢な姿勢では、いつまで経っても状況は良くならず、悪化していく一方なのだから-----

『フォーギヴネス』 オフィシャルサイト(英語)

TIFF鑑賞報告③~女性監督作2本

2006-10-28 | 映画【劇場公開】
ミリキタニの猫 (日米)
 私のTIFF鑑賞作ラストとなった本作は、NY在住のリンダ・ハッテンドーフ監督によるドキュメンタリー。
 '01年の1月、NYに住む彼女の近所をねぐらにする日系2世のホームレス画家の老人、ジミー・ツトム・ミリキタニと出会ったことで生まれた作品である。珍しいミリキタニ姓は、漢字で[三力谷]と書くらしい。猫好きだったリンダは、ジミーが絵の題材として多く猫を描いていたので、なんとなく声をかけた。彼は猫の絵をあげるから、かわりに自分の写真を撮ってくれと頼み、そこから彼らの交流が始まった。
 日本の広島にルーツを持ち、サクラメントで生まれたこの老人とその絵を通して彼の来歴を辿っていく映画である。

 ジミーは、10代の頃しばらく広島に戻ってきて教育を受けていた時期があり、その頃から既に芸術への道を志していた。そのために米国へ戻るのだが、そこで彼を待ち受けていたのは日米開戦による日系人差別だった。祖国の広島では原爆投下で一族の殆どを失ってしまう。一方で、ジミーたち日系人はカリフォルニアのツールレイク強制収容所に入れられ、以後米国人によって奴隷のような扱いを受けることになる。収容所では多くの日本人が亡くなった。ジミーを慕ってた少年も、病なのに医者にもかかれず死んでしまう。そして日系人たちは市民権放棄を強制され、ニュージャージーへ移送されたジミーは、以後アメリカ政府を信用せずに生きてきた。
 しかし、己の画才への執着を糧に、80歳を過ぎる高齢となりホームレスとなっても尚、彼が絵を捨てることはなかった。

 そんなジミー爺さんのキャラ立ちが素晴らしいので、社会派的要素がメインの作品なのに、実に面白い作品になってるんだよね。彼のような被写体と出会えたのは、監督的にもラッキーだったんじゃないかな(笑)と思うほど。勿論、元々の彼女の意図としては、NYに増え続ける高齢ホームレスに対する問題提起として彼をモデルに撮ることを思いついたらしいのだけど、9.11が起こって状況は一変する。有毒な空気にさらされたままストリートで暮らすこの老人を見兼ね、彼女は自宅で面倒をみることになる。そして彼の生い立ちを知ることは、彼女自身があまり知らなかった日系米国人の歴史を知ることでもあった…というわけ。
 ジミーの言葉は、爆笑必至の名フレーズも数多いけど(グランドマスター、って自称するんだもんなあ)戦争に関する発言はやはり重みが違う。彼の中では、9.11の攻撃で噴煙を上げて倒壊していくツインタワーと、原爆を落とされた広島の姿は同じだった(彼の絵にそのことが表れている)。また9.11直後に巻き起こった中東~南アジア系市民に対する差別を、WWⅡ直後の日系人差別と重ね「same old story」と呟くのは、戦後の日本人としてもとっさには思い当たらなかったゆえに、ガンとくるものがある。
 日系人の多い西海岸では違うようだが、それでもやはり多くの米国人は日系移民の歴史を殆ど知らない、とティーチ・インでリンダは語っていた。けれど、日本に住む戦後生まれの日本人にとっても、それは同じなんじゃないかな。だから日本でも、少しでも多くの人の目に届いて欲しい作品でもある。繰り返すようだが、基本的にジミー・ミリキタニ自身が頑固でエキセントリックながらも素敵なお爺ちゃんなので(笑)堅苦しさはまったく無く、74分というタイトさも観易くて、良く出来た映画だと思う。作中、在米のミリキタニ一族との再会や出会いの経緯も少し描かれるけど、必要以上にドラマチックにしなかったのも品が良くて好感でした。
 ちなみにジミーの描く猫は、なんか招き猫系で不思議な可愛いさがある。他の絵も、私はその色使いがとても良いな、と思った(って素人目なのでよくわからんけど、私は好きです)。絵本の挿絵っぽい感じの作風が多いかな。 彼は現在も壮健で、NYに暮らしている。社会保障で住居も得られた。つい先日、シアトルで個展を開いたそうだ。映画と一緒に、彼の個展も日本で見られると嬉しいなあ…と思った。


分かち合う愛 (インドネシア)
 インドネシアの若き女性監督ニア・ディナータの作品である。かの国では全人口の70%程が一夫多妻制を受け入れているそうで、そのことについて3つのエピソードで語る映画である。形式としては『アモーレス・ペロス』が一番近いかもしれない。笑えて、且ついろいろと考えることも出来る良質な女性映画で、見終わった後は実に気持ちが良かった。
 のだけど。私が観た26日は平日昼間という時間帯もあってか観客が少なくて、それが残念だったな…。インドネシアの映画をもっとたくさん観てみたいな、と思える作品でもあった。

 東南アジアの国々では人種が複雑に入り混じった社会が形成され、宗教背景も様々である。インドネシアで一夫多妻が多いのは、ムスリムが多いことも関係しているようだけど(イスラム教では4人までの妻が認められている)ムスリム以外の男性でも、複数の妻を持っている率が高いらしい。こうした家庭が多い背景には、第二・第三の妻となる女性たちの社会的位置も深く関係する。それはつまり貧困ということで、安定した生活との引き換えに、妻となることを余儀なくされるケースもあるそうだ。
 そんな女性たちによる駆引き、あるいはそうした社会での女性のあり方・生き方を、通俗的かつナチュラルに描いた娯楽作品としても、良く出来ていると思う。世界の何処の国でも、1人の男性を巡る女たちの戦い(笑)のドラマは広く楽しまれている。こうしたドラマを見ながら、男性たちは戦々恐々とし、女性たちは共感するのだろう。本作も、インドネシア本国でかなりのヒットを記録したそうだ。

 粗筋はタイトルにリンクしたサイトに詳しい。1つ目の政治家の第一夫人であるサルマの話も、3つ目のレストラン店主の愛人から第二夫人になりかけるミンの話もそれぞれに面白いのだが、この2つはある種ありふれた“本妻vs愛人”形式ではある(それぞれに立場は真逆だが)。
 本作をユニークな作品にしているのは、2つ目の、叔父の世話で学校に通うつもりが第三夫人にされてしまった、シティの話なのだ。なぜなら、彼女が世話になる叔父の、同居する2人の妻のうちの1人・ドゥイと、シティは恋仲となり、駆落ちしてしまうのだから! 彼女たちがその後どのように生活していくのかはわからないけれど、2人(と、ドゥイの娘2人)で新たに幸せな人生を作るために、彼女たちは旅立っていく。つまりここに、レズビアンである女性への肯定的な視点があると思うのだ。彼女たちの存在は、奇異な性向の人々としてではなく、ごく普通に描かれ、不幸なことも起きない。2人が気持ちを通わせていく過程も丁寧に描かれているし、とても良いエピソードだと思った。

 3つの話のヒロインたちの人生を、それぞれある地点で交錯させるのもお決まりとはいえ上手く見せてくれてる。また、どの話でもアチェ州の津波被害のニュースを見るシーンがあるのだが、その反応がほぼ同じなのが興味深かった。みんな、最初はニュースを食い入るように見つめ、現地の人々に同情を寄せる。しかし「あそこに救援という名目で駆けつけるのは、点を稼ぎたい政治家か目立ちたがりの芸能人だけ。皆、カメラがなくなったらさっさと帰ってくる」と、諦め顔で言うのだった…。

TIFF鑑賞報告②~アジア映画4本

2006-10-28 | 映画【劇場公開】
 今年のTIFF、私は昨日の鑑賞で終了でありました。総じて今回の作品選択、ヤマ感で選んだ割には、なかなか豊作の充実した一週間で良かったです。とりあえず、今回は『クブラドール』『松ヶ根乱射事件』『ドッグ・バイト・ドッグ』『レインドッグス』をまとめてアップ! 特に良かった『フォーギヴネス』『ディキシー・チックス~シャラップ&シング!』の2本は、また別記事で挙げていく予定。


◆クブラドール(フィリピン)
 ジェフリー・ジェトゥリアン監督作品。フィリピン全土で流行している“フエテン”という違法賭博(:番号当てで賭ける)の仲介をやっているおばさん・アミーが主人公のドキュ・ドラマである。
 このフエテンの蔓延は政治家にまで及び、大統領でさえコレが元で辞任させられた、と最初の字幕で説明される。勿論、警察関係者もやってるので取締りようもなく、現在のところ打つ手ナシという状況らしい。
 舞台となるのはアミーの住むスラム街で、彼女はそこの住人達に賭博を薦め、掛け金を預って胴元まで届けることで仲介料を貰い、それを生活費の足しにしている。家ではいちおう夫が雑貨店を経営してるのだが、この夫は足が悪くてあまり働かない怠け者、結果的に女房であるアミーが生活費を稼がなくてはやっていけないわけ。彼女はもう孫がいるような歳で、そして熱心なカトリック信者。毎日仕事前に祈りを捧げ、「今日もつかまりませんように」とお願いをする(笑)。
 そんな彼女の日々を映していくことが、そのままスラムの人々の、せわしなく貧しいことこのうえない生活を刻々と捉えることになる。その下町活写の鮮やかさが映画を牽引し、最後まで飽きさせない。 込み入って雑然としたスラムの路地や、どの家もお母ちゃんがツヨいところ、警察がダメダメ(…が、微妙に憎めない感じでもある)なのはアジアの空気を色濃く感じさせて、ある意味日本人には既視感ある風景なのかな…と思ったりもする。 
 日常のあらゆる場面を、つい賭けの数字に変換してしまうアミーの姿はユーモラスではあるけど、彼女は軍人だった息子を亡くしていて、人知れず痛みを引きずっている。映画では、その息子の霊が母を心配して、時折現れては彼女の危機を救ったりするのが何か切なく、あたたかい。
 ところで、私は今まで意識したことなかったけれど、フィリピンはスペイン植民地時代の名残が色濃いんですね。と、役者/スタッフの姓名にスペイン系が多いのを見て思ったのだった…。


◆松ヶ根乱射事件 (日本)
 今回のTIFFで観た、唯一の日本映画。山下敦弘監督、新井浩文主演。山下監督の映画は『くりいむレモン』と『リンダ・リンダ・リンダ』しか観たことがないんだけど、この監督は独特のハズシ感が持ち味なのかなあ? 私はそれなりに楽しんで観た。が、タイトルの「事件」に一般的に想像するような物騒さなど何もないので、肩透かしを食らう人はいるかもね。来年早春ロードショー予定とのことなので、感想は軽めに。
 信州は長野のとある町を舞台にした群像劇。ムラ社会の人間関係のユルさと閉鎖性、何かがズレてるのにそれが普通のことになってる人々による、脱力系ブラック・コメディ…かな。所々のエピソードには、故・黒木和雄監督の『祭りの準備』を思い出したりもした。しかし『祭り~』が最終的に片田舎のコミュニティのしがらみから遁走する若者の話なのに対し、本作の主人公・光一@新井は、警官という職務上からか表面的には平静を装いつつ、裏で少しずつ窒息感を募らせ、歯車を狂わせていくのであった(しかし、取り立てて深刻ではない)。
 主演の新井君ファン的には、勿論必見作よ(笑)! 彼の無表情さの影に潜む戸惑いや悲しみ、可笑しさが今作でも冴え渡っている。光一と二卵性双生児という設定のため、性格も顔も全然似てない兄・光@山中崇も面白い役者さんだなあ、と思った。しかし個人的には三浦友和に驚愕。松方弘樹あたりなら地でイケそうな役を、あのトモカズが…!ちゅー感じで、私はしばらく誰なのか、わからなかった程でした。
 しかし何より驚愕、というかズッコケたのは、エンディングがボアダムスだったことよ!(笑 >いやあ、コレがまた、合ってないことはない妙味があるんだけども) …まさかボアの曲がフルでスクリーンから流れる映画が見れる日が来るとはねえ…という訳で、彼らのファンも必見ですね(?)。
 ティーチ・インでは小柄な山下監督と並んだ新井くんの対比にちょっとウケましたわ~。監督は、登場人物を「ちょっと妖怪っぽいイメージで」撮ってたそうだけど、どんな人間でも少しは妖怪めいているもんじゃないかなあ。と私は本作を観ていて思ったのだった。


ドッグ・バイト・ドッグ (香港)
 なんか残念な映画だなあ、というのが第一印象。個人的にも香港黒社会電影鑑賞は久しぶり、大好きなサム・リー観るのも久しぶりで、そこそこ期待はしてたんだけど…脚本が整理されていないので全体的にバランスが悪く、108分という時間の使い方がもったいなく感じた。もっとうまくやれば、『インファナル・アフェア』に続く新世代香港ノワールの佳作になれた、かもしれないのになあ。と私は思いましたが。あと、相変わらず香港映画は歌モノ音楽の使い方がダサいよねえ^^;;
 エディソン・チャンとサムのW主演で、この2人なのにサムが体制側(刑事)って斬新かも~、と思ったんだけど、ラストの展開で納得(苦笑)。エディソンはカンボジアの貧民出身の殺し屋。子供時代をゴミ漁りをして生き延び、その後、地下賭博の“闘犬”となって殺し合いをして生き残ってきた男。サムは、刑事だった父に憧れて自らも刑事となるも、尊敬していた父が実は悪徳まみれだったと知ったことで、彼の人生は少しずつ狂っていく。ある日、弁護士殺人事件の犯人であるエディソンとの交渉中、人質に取られた先輩が無残に殺されたことでサム×エディソンによる、狂気の死闘が始まる---といった話です。“イヌ”は結局“イヌ”のように死んでいくしかない---という話かと思ったら、最後の字幕で「えぇっ?何だソレ?!(眉間に激しくタテジワ)」な気分に…。
 鑑賞後、ソイ・チェン監督とエディソンのティーチインがあったけど、移動の為途中退場。それにしても、流石香港電影というべきか、この日(26日)観た映画では一番の集客率でしたよ。


レインドッグス (マレーシア)
 申し訳ないっ!! 鑑賞直前にウッカリ飲んだビールのせいか、はたまたゆったりとした静かなカメラワークのせいか、眠気と格闘するハメになり…大後悔である;; 
 たぶん、少年(っても高校生だが)の“ひと夏(じゃないと思うが)の経験”モノなんだろうな、と思う。 TIFFの紹介で使われているカットで、なんとなく黒社会もの?とか思ったけど、全然違ったね。マレーシアでも華人社会の話なので、言語は広東語だし、雰囲気は台湾映画に近い感じで、どのへんがマレーシアらしさなのかは、わからなかった。
 ホウ・ユファン監督はまだ若い人なのに、好きな日本映画は成瀬巳喜男、というのが納得の作風ではある。湿度を感じさせつつも爽やかな印象、そして風景の捉え方が美しい映画だった。(ということくらいしか書けなくてスミマセン…)

TIFF鑑賞報告①~『2:37』

2006-10-25 | 映画【劇場公開】
 豪州出身、脚本と監督を手掛けたムラーリ・K.タルリ監督、19歳でのデビュー作品である。本作は既に来年GWに、東京では渋谷アミューズCQNでの公開が決定されている。若く瑞々しく、未成熟であるがゆえの輝き、そして痛みと苦しみに満ちた青春群像劇に魅かれる、という方には是非ともお薦めしたい映画だ。但し、余計な先入観ナシに本作を鑑賞したいという方には、以下の感想文を読むことはお薦めしないので、ご了承あれ。


 映画が始まって間もなく、私はガス・ヴァン・サント監督の『エレファント』を思い出した。
 ティーチ・インで監督もその影響のことを素直に語っていたが、それは当然だろうというほどに、この2作品には多くの共通点がある。アザー・サイド・オブ『エレファント』、と言っても殆ど差し支えがないように思える。両作とも、学校という閉ざされた社会の中で鋭く尖らせてしまったストレス/攻撃性が、暴発してしまった思春期の子供の悲劇が描かれている。違うのは、その攻撃性の向かった先だ。
 そして最も異なるのは、登場する生徒たち其々の痛みや怒り、どうにもコントロール出来ない暗い感情の渦巻きが、手にとるようにわかってしまうことだ。(勿論『エレファント』が見事だったのは、対象への客観性を保っていたことでもあるが)
 どんなに嫌な奴に見えても、彼らには心に押し隠した苦悩があり、それを解決出来ない苛立ちと哀しみと絶望がある。タルリ監督は彼らに誠実に寄り添い、残酷なまでにその感情の揺れと痛みを、強張った表情の裏に蠢くざわめきを、カメラに映しとっていく。時に聞かれる彼らの叫びや悲鳴と涙は、もはや耐えがたいほどの切実さを伴う。しかし、だからこそ今、監督はこの作品を撮らねばならなかった必然を感じる。
 なぜなら彼らのその姿は、まだ生々しい監督自身の過去でもあるからだ。

 登場する主な生徒たちは7人。
 秀才でピアノの上手いマーカス、その美しい妹メロディ。彼らの両親は離婚していて、現在は父親が親権を持っているようだが、その父親は社会的に成功した人物で、マーカスは常に父親からの期待という抑圧を受けて、ひどく不安定な部分がある。ギーク(ガリ勉)だのナード(オタク)だの言われても構わない、とにかく全てにおいて成績優秀であることを自らに課している。妹のメロディは、父も、別れた母さえも兄ばかりに期待して自分は放っておかれている、と感じている。家族の誰にも寄りかかれない。自分の好きなことをやろうとしても、その意欲を削ぎ続ける父親。兄に対する無力感。どこか自分の人生に対して投げやりな印象を与える。
 ショーンは、ゲイであることをカミングアウトして以来、男子生徒からのからかいと軽蔑と敵意にさらされてウンザリしている。あるいは恋心を打ち明けた相手が彼を避けるので、その悲しみと怒りを紛らわすためにマリファナを吸う。授業で同性婚についての講義があって、校風はオープンなようだが、まだ彼の存在は“異常者”である。講義では、頭から同性婚なんて有り得ないと鼻で笑う他の男子生徒たちと、感情的になるショーンとの多勢対無勢。
 サッカー好きなスポーツマンのルークはメロディたちの幼馴染で、女子たちの憧れの的である。ハンサムで、鍛え上げられた肉体が自慢。セクシーなサラと付き合ってて、しょっちゅうベタベタしてる。勉強など彼には役立たずである。将来の夢は英国プレミア・リーグのクラブでプレイすること。しかし、彼にも人知れず思い悩むことがある。
 ルークのステディということで、いつでも自信満々のサラは彼と結婚するのが自分のゴールだと思っている。だからこそ嫉妬深くもなり、女子にモテる彼のことが些細なことでも気になって仕方がない。彼の愛を失うことが、彼女にとって最大の恐怖なのだ。(個人的には、彼女のキャラクターの描かれ方は類型的で、あまり重要性を感じなかったのが残念ではある)
 スティーヴンは英国からの移住者である。生まれつき片足が短く、尿道に障害があって、自分ではコントロールできずにおもらしをしてしまうため、常にそのことで生徒たちのイジメの対象になり、教師にさえ邪険にされる。学校ではいつも着替えを持ち歩き、トイレが彼の避難所だ。彼は家族を愛している。だから家族のために、この試練が終わる日を待っている。スティーヴンはまた、当然ながらサッカー・ファンである。校庭でサッカーする男子生徒たちを見ながらも、頭の中では“マイ・ベスト・イレブン”を思い浮かべ、いつかは自分もその中に入ることを夢想する。
 そしてケリー。恐らくはマーカスに好意を抱いているだろう彼女は、控えめで優しくていつも微笑みを浮かべている。とりたてて特長はないけど良い子---と誰もが言うような女の子。

 穏やかで明るい、ある日の午後。メロディが涙を拭いながら校舎の中で佇んでいる(彼女の涙の理由は後に明かされる)。不意に近くの教室で何かかぶつかる物音とうめき声を聞いて、扉を開けようといするが、鍵がかかっている。彼女は不吉な予感を感じて、懸命に「開けて!」とドアを叩くが、扉は開かない。メロディの声を聞きつけて教師が何事かと駆けつけると、扉の下から血が流れているのを発見し、緊急事態を察する。
 誰かが自殺を図ったのだ。ようやく扉が開いた頃には手遅れだった。いったい誰が? どうして自殺してしまったのか。映画は、そうして始まる。

 タイトルの『2:37』は、その事件発生の時刻である。
 映画は、その事件の一日を登場人物それぞれの視点から振り返り、そこに事件前後に行われた様子の個別インタヴューを交えながら、次第に彼らの心の複雑な襞にわけ入っていく。自殺の動機なら、彼らそれぞれにいくらでも納得出来る苦しみが、理由があった。ところが---死んでしまったのは、意外な人物だった。死ぬ理由など何もないはず、と誰もが思うような。
 だが、特に思春期の自殺者にコレと断定出来る理由があるものだろうか。
 憶測できる何かがあったとしても、必ずしもそれは正しいとは限らないのではないか。 本人にしかわからないことは、いくらでもある。周囲の人間がそれを止められなかったからといって、それはどうしようもない。本人がラインを越えてしまうか留まるかの間には、ほんの少しの差しかないかもしれないのだから。(…という感想は、冷たく聞えるかもしれないし、監督的にはかなり嬉しくない意見だと思うけどね…) そして、予期できぬまま突然に---それは起きてしまうのだ。

 静に余韻を残すエンディングまでの間、何度も胸が詰まり、肌が粟立ち、喉元までこみ上げるものがあった。しかし---この映画は感情に任せて涙を溢れさせるような作品ではなかった。泣くにはあまりにも苦しい。重く気持ちは澱み、嗚呼でも、こういう道もあったのだ、と思い出されてならなかった。振り返らずに通り過ぎる人もいるだろう。つまずいて、迷った人もいるだろう。そのまま戻れなくなった人も。
 時が変わっても、誰もがハマり込む思春期の迷路が無くなることはない。青春は若く輝き、かけがえのない時間も多いけれど、そのぶん落ちる闇も深いのだ。
 聞けば、この物語は、ほぼ監督の自伝的内容だという(スティーヴンは子供の頃の彼、と聞いて納得)。実際に彼の高校時代に友達が自殺してしまい、彼はそのことで友達に怒りを感じ、次に深い悲しみと辛さを味わった。(だから、本作はその自殺してしまった友達に捧げられている)
 また高校卒業後の人生経験の中で、自分自身が自殺を考えたこともあるという。
 登場するキャラクター達は実際に高校時代の同級生にモデルがいて、想像で描いた人物はいない、と語っていた。それはそうだろう。一見スキャンダラスな高校生の問題点ばかりを描いているように見えるが、しかし決して現代特有のものでもなんでもないと思う。表面化しなかっただけのこと、と思い当たることばかりだ。

 そうした己のトラウマとなった記憶を昇華する術として作品を作り上げ、自らの監督第一作目とし、かの『エレファント』の向こうを張るが如く挑戦した大胆さ(それが若さってヤツだね。清々しいわホント)。私は心から感服し、拍手を送ってしまった。
 まして10代という若さがにわかに信じられないほど堂に入った人物の捉え方(キャスティングも申し分ナシ)や場面の捌き方、迷いのない描写力にも唸る。ある意味手堅過ぎる気もするので、もうちょっと勢い!とかあってもいいな、と思うけどね(笑>それは題材故のことかもね)。

 ちなみに、ティーチインでのタルリ監督は笑顔がチャーミングで、えらいお喋り好きでキュートな若人であった。1の質問に100ぐらいの分量で答えるところが、さすが若さというか熱いというか(笑)。ある意味、作品とは正反対の印象で、おばちゃんはちょっと安心したよ~。
 ともあれ、本作はカンヌ他各地映画祭で話題になり、前途洋々たる彼。今後どのような映画を撮っていくのかが気になる監督がまた1人増えたことは確かである。

『2:37』 オフィシャル・サイト(英語) 

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 という訳で先週末から始まったTIFF、私の本番は明日明後日である。ちなみに、本作の前にも1本アジア映画を観たのだけど、その感想文は後日まとめて、ということで。本作は相当な当たり!だったので、この気持ちに乗って書かないとマズい気がしたのでね。
 嗚呼~~そんな作品に、金曜までの間、また会えると嬉しいなあー。
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JCMの新作『Shortbus』が

2006-10-20 | 戯言・四方山話・メモ
 今年のカンヌ映画祭やトロント映画祭で上映されたのを知って、日本でも早く観たいな~と思ってたんだけど、劇場公開は既に決定されてるようでホッとしたわ~^^) 
JCM(ジョン・キャメロン・ミッチェル)監督:『ショートバス』 → 配給/アスミック・エース 
…ところでアスミックさん。「2006年公開予定」との記載がありますが、あと2ヶ月しかないんですけど、今年…。来年初め頃、東京では恐らく『ヘドウィグ&アングリーインチ』の実績がある渋谷シネマライズあたりで公開ですかね?

 映画の粗筋・テーマはCINEMA COMIN' SOONさんに詳しい。主演がアジア人なのもニヤリとさせられるけど、元々舞台劇(ミュージカル)である『ヘドウィグ~』とは趣を変えた、JMCが映画監督して本当にやりたかったことがストレートに反映されてる作品になっている様子なのも嬉しい。『ヘドウィグ~』は、私的にはここ10年どころか人生の中でも大事にしたい愛しい映画の一本だけど、まあそれはそれ。JCMが先に進む道を見ていきたいからね。

 トレイラーを観たら…なんかコレは彼が監督した、これまた我が愛しの鋏姉妹@シザー・シスターズの、米国では放送禁止になったらしいPV【Filthy / Gorgeous】(Director's cut ver.)と、雰囲気かなりカブってる模様でオオッと思ってしまったよ~。 → 無修正版をリンクしてみたので、ご興味のある方はどうぞ。サイコーです! もうジェイク&アナのクイーン!(其々違う意味で)っぷりがたまりません! ついでにJCM本人も出ている…んじゃないかな?と思うんだけど、違うかなー。

★蛇足
 ところでシザー・シスターズといえば、2ndアルバム『Ta-Dah』の出来も震えるほどに素晴らしく(コレはちゃんとレヴューするつもり!)ラッキーにもついこないだの日曜にMTVのイベントに当選してようやく観た初体験ライヴで、すっかりどっぷりと夢見心地。今の私は殆ど毎日彼らの音に漬かっております。
 そして、そんなアタクシの秘かな希望は、そのうちJCMがシザー・シスターズの映画、もしくはジェイク&アナの主演作を1本撮ってくれることだったりするのであった…あながち、望みがない訳じゃなさそうだしね(笑>目指している地点の共通点はバッチリ合ってるもんなー)。


☆ この世のすべてのはみだし者への愛を込めて。JCMのデビューにして代表作、グラム・ロック魂溢れるロックンロール映画の傑作はコチラ!!

★ …などと書いてたら、いつも素晴らしいセレクションの池袋・新文芸座が『ヘドウィグ~』を上映!(於11/1:併映は『イン&アウト』)10/28からの≪GAGA祭り≫の一環ですね。しかも、翌日はフランソワ・オゾンの2本立てだよ…。KILL BILL1・2の連続上映もイイなあ。(新文芸座はオールナイト企画も凄い。ディランと東京裁判は気になるな。今やってる増村保造特集も激しく心動かされるのだけど、ねえ)
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神無月鑑賞希望&TIFF鑑賞予定メモほか

2006-10-11 | 戯言・四方山話・メモ
 神無月、もう中旬突入する訳で。しかも、今月はTIFFもあるのに劇場公開作をそんなに観れるかよ!と思いつつも、月例&希望は希望として、優先順位高い順にメモしときまーす。

ワールドトレードセンター …もう始まってますな。OSの日和見作、と専らの評判なようですが…それはそれ。観なきゃ、やっぱ。

ブラック・ダリア … ネタ的に『ハリウッドランド』と被るゆえか、米本国では酷評の嵐だったようですが、いーんですっ! 予告のデ・パルマ節を感じる絵(主にエリザベス・シュート役の人の場面)に大期待ですから!

明日へのチケット … ケン・ローチ、アッバス・キアロスタミ、エルマンノ・オルミ共同監督作品ってのが、まずスゴイですよ。しかもケン・ローチのパートは、フットボール・ファンが主役ときたら観るしかない!(そんな理由かよ)

サンクチュアリ …瀬々敬久監督作品にして黒沢あすか主演。予告も観たけど、これは『トーキョー×エロティカ』以来、グッときそうな予感!

サンキュー・スモーキング … 愛煙家としては必見でしょう(笑)。主演のアーロン・エッカートは、たぶん『ブラック・ダリア』よりコッチの方が良い気がするし~。

百年恋歌 … 去年のフィルメックス上映作のホウ・シャオシェン監督作品、チャン・チェン×スー・チーのW主演。随分待たされるものなのね(苦笑)。

トリスタンとイゾルデ … イゾルデはケルト/アイルランドの姫様ですからねえ。それより何より、この映画にはレオ・グレゴリーも出演してるらしいから! 

ホステル … いやー三池さんがちょ役で出てるらしいのでね。スプラッタ・ホラー系観ると笑ってしまう私なので観れたら観よう。てなユルい感じで。

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 更に、来る10/21から始まる東京国際映画祭(TIFF)の鑑賞予定は次の通り。今回は有休消化兼ねて平日休んで行きます(笑)! そんなに力入ってるのか?!ちゅー感じですが、なかばヤケクソかも^^;; 今回はね、もう1500円以上払う気ないですから。1800円も有料試写会に払ってられるか!ちゅーコトで【特別招待作品】は除外。でもって、今回コンペのオーチャードホールは、なんで自由席なんでしょうねえ。まあ、取りやすかったらいいんですが。
 そんな訳で、ココでしか観れないかも~?!な作品/アンチ・ハリウッド風のセレクトにしてみた次第です。(って、もし【特別~】に個人的超待望な『ハリウッドランド』が入ってたら何がなんでも頑張ったけど、そんな期待も露と消えましたから、ええ!) 

★コンペティション
『松ヶ根乱射事件』 『ドッグ・バイト・ドッグ』『2:37』『フォーギヴネス』
★アジアの風
『クブラドール』 『レインドッグス』『分かち合う愛』
★日本映画・ある視点
『ミリキタニの猫』
★特集上映
『ディキシー・チックス~シャラップ&シング!』

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 TIFFの後は東京Filmex 、ファンタの替わりなのかなんなのかイマイチ作品選択にポリシーの感じられない東京国際シネシティ フェスティバルもありますね~~。
 そのシネシティ・フェスのクロージング『ディパーテッド』ですが、スコセッシ作としても(しかも、GONYに続き主役はアイルランド系! 舞台はボストン!)香港の『インファナル・アフェア』リメイクということでも勿論大変観たいのではありますが、ビックリするのは米国での異様なまでの評判の良さです! 検索すればわかると思いますが、もーね、評論家筋のキモチ悪いぐらいベタ褒めぶり(※)はどーしたこと?! もしや「ここらでスコセッシとレオにオスカーやるかー」作戦なんすかね? >それは最近のスコセッシ作が好きな者として凄く微妙…。まあ観てみないとわからないけどさ。まあ競争率高そうなんで、来年の劇場公開まで待ってもいいんですけども。
※ どこかで見かけた評では“『ミーン・ストリート』と『グッドフェローズ』に並ぶ傑作。素晴らしすぎてオスカーの選外になるだろう”とまでありまして、両作好きな私もノケ反りました。とりあえず血と暴力は満載の模様ですが。

 フィルメックスの方は、ある意味でTIFFよりヤバいラインナップです。面白そうなのが有り過ぎ!! なかでもきよっしーの『叫』は絶対観たい。『ワイルドサイドを歩け』とかタイトルだけで必見!だし、『オフサイド』『オペラジャワ』にもかなりソソラレてます。もちろんオープニング/クロージング作品や、『エレクション1・2』も観た過ぎるけど、スケジュール的にいろいろと悩ましいですねえ;;(オープニングは既に無理決定だ…)。
 特集上映の岡本喜八監督作品でも『暗黒街の対決』(鶴田浩二と三船敏郎!)『激動の昭和史 沖縄決戦』(今更ですが追悼・丹波哲郎先生)は外したくないし~…発売日まで熟考の猶予期間中に決めたいと思います。
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備忘録(今月上旬までの半年)

2006-10-10 | 戯言・四方山話・メモ
 どうも、おばんです。生きてまーす。約1ヶ月のご無沙汰でした。
 この間に、お先真っ暗な新政権誕生など世間様では色々と不景気な話が満載でしたが、実のところ「日本の将来より私の将来の方がヤバイんだよ!」という感じでして^^;;  労働者として生活者としてエッジなところにありまして、年内になんとかしないと~~!と気ばかり焦って軽く情緒不安定⇔無気力循環状態でありました。
 ま、いつものことなんですが、グタグタ考えても埒があかないので、なるようになるという開き直りで、また行き当たりバッタリな人生が……なんとなーくやってみたほへと数秘占いにズバリと「焦りがちで物事を見切り発車して、後で後悔しがちです(反省は無い)、しっかり長期の展望を心がけて下さい」と書かれ、大爆笑でした。他にも、見掛け倒しとか偉そうとかいつもくだらないことを考えてるとか、いちいち当たってるので、ネタとしてもオススメです(笑)。
 では以下に、本ブログ記事にしてないモノの、ココ半年の備忘録です。お断りするまでもないと思いますが、◎とか○の印は、まるっきりの私的基準であり、印ナシだからといってつまらない訳じゃないです。(ま、ダメなのも印ナシのなかにあるけどね^^;; あと音楽関係は無印です)


★読書★ (5~10月上旬 → 大変面白い/良かった◎)
ふたつのアメリカ史~南部人から見た真実のアメリカ /ジェームス・M・バーダマン
悪者見参~ユーゴスラビアサッカー戦記 /木村元彦
常識を越えて~オカマの道七〇年 /東郷健 ◎
ホラーハウス社会~法を犯した「少年」と「異常者」たち /芹沢一也
コロンバイン・ハイスクール・ダイアリー /ブルックス・ブラウン ◎
オタクinUSA~愛と誤解のAnime輸入史 /パトリック・マシアス(友人よりの借物)
サンドマン 1~5 /ニール・ゲイマン ○
鋼の娘 /近藤ようこ
さかしま /梁石日
文壇 /野坂昭如
楢山節考 /深沢七郎
ベルカ、吠えないのか? /古川日出男 ◎
冷血 /トルーマン・カポーティ


★新譜★ (7~9月)
『One Day It Will Please Us To Remember Even This』 New York Dolls
『The Great Western』 James Dean Bradfield
『Smoothing Music For Stray Cats』 Edger "Jones"Jones
『KiLA & OKI』 KiLA & OKI


★ライヴ★ (5~10月)
5/5   赤犬/DMBQ @新宿ロフト
6/22  面影ラッキーホール/サイプレス上野とロベルト吉野/Date Course Pentagon Royal Garden @渋谷クラブ・クアトロ
7/7   ROVO+アルゼンチン音響派 @東京キネマ倶楽部
9/19 Twin Tale(藤井祐二・中村達也・照井利幸×豊田利晃)@恵比寿リキッドルーム
9/20 Roddy Frame @渋谷Duo Music Exchange
9/23  KiLA with ジーン・バトラー @三鷹市公会堂
9/24 KiLA & OKI @渋谷Duo Music Exchange
10/5  The Pogues @渋谷AX


★映画★ (6~9月 → 大変良かった/面白かった◎、良かった○ )
☆旧作
誰も知らない
チョコレート
父と暮らせば
祭りの準備 ◎ 
赤線地帯 ◎
アメリカン・サイコ ○

☆劇場公開
夜よ、こんにちわ ◎
寝ずの番
ナイロビの蜂
グッドナイト&グッドラック
ジャケット
13歳の夏に僕は生まれた ○
ニューヨーク・ドール ◎
ヨコハマ・メリー ○
インサイド・マン ○
初恋
ハッスル&フロウ ◎
マイアミ・ヴァイス
蟻の兵隊 ◎
紙屋悦子の青春 
46億年の恋 
太陽 
キンキー・ブーツ ◎
LOFT  

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☆10月~
紀子の食卓
セプテンバー・テープ
デヴィルズ・リジェクト ○
太陽の傷
レディ・イン・ザ・ウォーター ◎