傍流点景

余所見と隙間と偏りだらけの見聞禄です
(・・・今年も放置癖は治らないか?)

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秋の映画覚書~『キンキー・ブーツ』

2006-11-14 | 映画【劇場公開】
 英国中部・ノーザンプトン。紳士靴一筋の歴史ある靴工場。その三代目を父に持つチャーリー@ジョエル・エドガートンには、どうやら靴職人としての才能はなかった。親戚のように見知ってる工場の職人たちも口には出さないが、彼が家業を継げるのか危ぶんでいる。チャーリーはいいヤツだが、凡庸を絵に描いたような青年で、頼りないことこのうえなしだ、と。チャーリーには、毎日が居たたまれない気持ちだ。とにかく逃げ出したかった。オヤジから、家業から、片田舎から。だから、恋人に誘われるままロンドンへ引越そうとするのだけど、その矢先。父親の急逝に直面してしまうのだ。否応なくチャーリーに残されたのは、靴工場だ。しかも、息子の知らないうちに、オヤジの靴屋事業は傾きかかっていたのだ! 彼の肩に工場経営~職人たちの生活の危機が一気にのしかかる。どうしたらいいんだ、一体?!

 ---という訳で、この映画は英国トラディショナル一辺倒だった靴屋の若旦那にして冴えない田舎青年であるチャーリーが、怪我の功名(?)で出会ったロンドンのドラッグ・クイーン“姐御”ローラ@キウェテル・イジョフォーの、胸ならぬ脚を借り(笑)見事金鉱を掘り当て、正しい女将さん候補との縁結びまでしてもらい、無事に四代目襲名に漕ぎつけるまでの顛末記である。
 もしかすると、ご覧になった方の中には「そりゃ随分と偏った見方では…」と抗議の向きもあるかもしれないが、私にはそういう映画だったんだよ! いいじゃん、自分の見方を語ってもさ! という開き直りの弁でもってご容赦願いたい。

 映画の冒頭、Bowieの【Prittiest Star】に乗って、コーンロウ・ヘアのアフリカ系の少女がステップを踏む。そわそわしながらヒールの靴に履き替えて、そのヒールに導かれるように少女はうっとりと、夢中になって踊ってるのだが、その陶酔は破られる。鋭く窓を叩く音。父親が、厳しく苦い表情で睨んでいる。その視線に立ち竦んでしまう少女は---実は少年であった。それが、本作の姐御にしてヒロイン(?)ローラだった。---このオープニングのシークエンス、Bowieファンの私はもうだけでメロメロになる。嗚呼、ローラはPrittiest Starになりたいのね、とそれだけで彼女のキャラクターを理解出来てしまう。
 さて一方では。大きな体をした父親を見上げて、少年は父の話を聞く。父の、人生と靴がいかに強く結びついているのか、その講釈を熱心に聞いている。少年がいかに父親を愛し、尊敬しているかがわかるシーン。少年は、チャーリーだ。
 この2つの対比はまた、本作の根底にあるものが父親と息子の物語~父からの抑圧/呪縛、それを乗り越えるものであることを伝える重要なシーンでもある。ローラもチャーリーも、父親の期待からは外れてしまった出来損ないの一人息子だ。

 だが、出来損ないにだって意地がある。プライドがある。立派な後継ぎには相応しくないやり方と言われても、王道の隙間に新たな道を、独自の道を拓いてやろうじゃないか!! そんなチャーリー若旦那の心意気に、出来損ない度では彼より上手のローラ姐御は、いっちょ一肌脱いで差し上げましょう、と応じるわけですよ。コレがイイ話にならなくて何としよう!
 そりゃあ2人のタッグ・チームは、初めから順調って訳にはいかない。ノーザンプトンの田舎町に降り立つローラの存在は異質過ぎたし、ちょいと野暮天なチャーリーはローラとぶつかり、傷つけてしまうこともある。田舎モンの無神経さやガサツさに傷つけられて、ローラは涙に暮れることもある(だって女の子だもん…)。でも、誠実さと不器用のみが取り得のような若旦那は後悔も早く、不器用ゆえの飾らぬ殺し文句で姐御の心を引き止める。そして、彼女のために用意されたミラノの花道、一世一代のショーのため、姐御見参!---かくして、傾きかけた靴工場は「ドラッグ・クイーン御用達/専門靴」部門で起死回生、めでたしめでたし♪で終わるこの映画、ほぼ実話というのも含めて大拍手である。そりゃヒットするのもわかるわ~、てなもんです。 

 だが“笑って泣ける!”と評判の本作における私の泣き所(笑)、それは実はローラとチャーリーとの場面ではなかったりする。
 ローラを“姐御”と呼ぶ、その由縁。姐御なオンナとは、どんなうわべは強気でハデハデしくとも、弱い者の痛みと哀しみを、その苦労や惨めさを思いやる情の脆さがあるものではないだろうか。見栄や虚勢を張って生きる人の、その影にある弱さを感じ取り、先回りしてさりげなくフォローする。そんなオンナのことである。そして紛れもなくローラが“姐御”だったのは、靴工場の職人ドンとの腕相撲シーンである。
 ドンという男は、田舎のマッチョなワーキングクラスの価値観で生きる、その象徴だ。“オカマ”を心底嫌悪し、蔑んでいる。(工場の男連中は殆どがこの手合いだ。女たちの方が彼女に対する理解…というか「まあ世の中、こういうコもいるわよね」的態度で接している) 腕っぷしの強さが自慢で、“男の中の男”という自信を持っている。
 ローラはそんなドンのマッチョイズムに傷つけられて、だから彼の言う“男らしさ”=腕相撲勝負に挑むことになる。挑めるだけの根拠もあった。ローラの父は、彼女(彼)をボクサーにしたくて、子供の頃から鍛え上げていたのだから。ローラは、腕っぷしには自信があった。
 ところが、パブで行われたそのドンとのタイマン勝負、その白熱した接戦を制したのは---ドンだった。ローラが勝てるはずだった。しかし、彼女は勝負のクライマックス、その一瞬フッと瞳を揺らす。此処で勝つのはドンでなくてはいけない。そう思ったから。
 だってローラは、この土地に住んでいる訳じゃない。たまたま、助っ人として来ているだけ。ドンは一生、此処で暮らす。それなのに、何年もの間、腕相撲のチャンピオンとして鳴らしていたドンが負けたら。しかもその相手が“オカマ”だと、街中の人間が全員知るような状況で---彼のプライドはズタズタだ。一生笑い者になる--- いい気味! アタシを虐めた報いよ!とローラが思っても、咎める者はいなかった、かもしれない。
 でも、ちょっと待って。そこまで彼を傷つける、追い込む必要がある? 
 ----だからローラは、あっさりと勝ちを譲ったのだ。これぞ姐御の心意気と言わずして、なんと言おうか! もう、あたしゃ泣いたねッ!! ドンの“弱さ”を気遣って勝ちを譲ったローラのオンナっぷりに、涙が止まらなかったよ~~っ!
 そんなローラの気持ちはドンにだって、充分に伝わった。勝負した2人にしか、わからない。本当に強かったのは、どちらなのか。男の中の男、と自負するドンが、わからずにおられようか。だからドンは、ローラの度量の大きさに、懐の深さに完敗したことを、潔く認める。そしてこれまでの自分の器の小ささを痛感し、本物の漢となるのだった(大涙)。

 もうね、この名場面があるだけで、本作への私的評価&愛着がバーーーンッ!と跳ね上がったわよ。こうしたさりげないエピソードにいろんなものを含んでる、この巧さはやっぱり英国モノならではだね~。ジュリアン・ジャロルド監督、名前しかと覚えたぞ!(笑)てなところで、姐御大活躍!な映画を愛する御仁は是非ご賞味あれ♪な英国産逸品映画なのであった。  

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