rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

古代へタイムスリップ

2015-04-23 22:06:55 | 日記
統一地方選挙後半、我が地域の選挙の手伝いを終えた。
二日間、遊説車に乗って、選挙区内津々浦々巡る。
過疎地域のため、ほぼ全世帯の前を通過しするわけだが、おそらく古墳時代以前からの集落がそのまま現在に至ったのではないかと思えるような、細かい土地の起伏そのままのところに家々が立ち並んでいる。
したがって、造成など無縁なのだから、車一台がやっと通れるくらいの道がくねくねと家々の間を縫うようといった塩梅だ。
しかも意外と湖や川べりの低く平らなところではなくて、木々が鬱蒼と生い茂る小高い場所にある。
それでもさすがに舗装された道路なだけが、どうにか現在につなぎとめ、自分が過去の時代にタイムスリップしてはいないことを確認できるのだった。
日本各地には、まだまだこのようなところがあると思うが、メディアなどで採り上げられることも無く、忘れられた日本の一部として存在しつ続けるのだろう。
そう考える傍ら、どうしてそのような形状の土地に人々が住み着き今に至っているのか、風土記などを紐解くとそのなぞの一端が窺えて面白い。
先住民を追いやって侵攻してきた大和朝廷系の攻防と因縁。
倭人と渡来人。
今となっては、歴史ロマンともなることだ。
地元でも普通ならば絶対に行かないようなところまで、こうして巡ってこられた得がたい体験をできた統一地方選挙であった。

コゲラと猫

2015-04-20 21:34:34 | 生き物たち
地方統一選挙後半戦に当たる市議選が、我が地域でも繰り広げられている。
あろうことか、我が家のある地区の立候補者の選挙事務所がすぐ目の前に構えられていて、まるまる一週間落ち着きのない生活を余儀なくされるのだ。
それにともない、私にはとても心配なことができた。
例の番のコゲラが、騒がしさに驚いてどこかへ行ってしまうのではないかということだ。
選挙運動期間初日が終わっての今朝、恐る恐るコゲラの巣を見る。
巣にも周りにもコゲラの姿はなく、やはり静かな場所へ引っ越したのだと諦めながらもう一度視線を巣へ戻すと、ひょこんと頭を巣穴から出しているのが認められた。
ああ、よかった、まだいてくれた。
もしかして、私の気持ちを察してでてきてくれたのか。
とても幸せな気分に浸りながら家の玄関へ歩いていくと、今度はキジトラの猫とばったり目が合い、視線を合わせたまま互いに固まる。
ためしに「にゃー」と鳴いてみたら、キジトラも「にゃー」と返す。
三度ほど鳴き交わし、私が一歩踏み出したとたん、キジトラは矢のごとく畑へと走り去っていった。
久々の猫との会話で、さらに幸福度が増して、今日一日の活力が湧いてきた。
目下のところ第一にコゲラ、そしてさまざまな動物たち、私の生活のスパイスといえるだろう。

カラリスト・ルドン

2015-04-19 22:31:21 | アート

トルコ石色の花瓶の花


赤い木

ルドンの色は、心に沁みる。
ヒーラーの色使いだ。
今、私は色を欲している。
とても、十分に、切実に、心を癒す色を欲している。
そして、諸々の生のしがらみ、雑事を配して、色彩に耽溺したい。
ただひたすらに、色と戯れていたい。
ルドンのような境地に達してみたい。
そうでないと、心が砕け散ってしまいそうだから。
しかし、そうなることはできない、叶わない。
全てを切って捨て去るには、背負っているものがある、越えなくてはならない線がある。
だから、焦らず地道に向かうしかない、この心臓が動いている限りには。


コゲラLOVE

2015-04-17 23:28:11 | 生き物たち

今日のコゲラ 2015/4/17

家にいながらワイルドライフ。
巣穴を見つけた一昨日から、楽しみにさせてもらってます。
今日も仲良くコゲラたちが、交互に巣へとやってきました。
何日かしたならチッチッチと元気な雛の声が聞こえてくるかもしれないと想像
しては、一人にやっと笑ってしまいます。
午後からの強烈な雷を伴った嵐をどうやり過ごしたのか気になるので、明日の朝が待ち遠しくあります。


巣穴からひょこんと 2015/4/15

新緑、萌え萌え

2015-04-16 23:07:22 | 植物たち

カエデの若葉  2015/4/15


カエデとコナラの新緑タッグ

新緑の季節です、一瞬です。
これらは昨日嵐になる前に撮った写真ですが、今日はもうちょっと緑増しでした。
コゲラのペアは、新居に夢中でした。
コゲラが巣穴からひょこっと顔を出す姿はとてもかわいらしく、驚かせないように物影からそうっと見ます。
昨夜の嵐でもまれた枝垂桜は、さすがに限界のようです。
来年までさようならと、はらりはらりと花びらを舞い散らせ、代わりに縁がやや赤みがかった緑の若葉を残し、別れを告げていました。
新緑は季節は、春から夏への端境期ともいえるでしょうか。


来年また会いましょう