神谷美恵子さんは,著書『生きがいについて』の書き出しで,生きがいを失った人々は 「あちこちにいる」けれど、見えない存在である、と書いています。
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平穏無事なくらしにめぐまれている者にとっては思い浮かべることさえむつかしいかも知れないが、世のなかには、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる。ああ今日もまた一目を生きて行かなければならないのだという考えに打ちのめされ、起き出す力も出て来ないひとたちである。耐えがたい苦しみや悲しみ、身の切られるような孤独とさびしさ、はてしもない虚無と倦怠。そうしたもののなかで、どうして生きて行かなければならないのだろうか、なんのために、と彼らはいくたびも自問せずにいられない。たとえば治りにくい病気にかかっているひと、最愛の者をうしなったひと、自分のすべてを賭けた仕事や理想に挫折したひと、罪を犯した自分をもてあましているひと、ひとり人生の裏通りを歩いているようなひとなど。
出典:『生きがいについて』p4
神谷さんが言うところの「見えない」には、二重の意味があります。私たちの目に入らないという意味、そして、目には入っても、その人々が「生きがい」を失っている現実が理解されづらい、という意味です。
そして,「生きがい」を失っている人々は、先の一節にあったように「苦しみ」、「悲し み」、「孤独」、「さびしさ」、「虚無」、「倦怠」といった多様な感情にのみ込まれます。これらの感情に個別に対応することも可能ですが、神谷は、苦しみや悲しみを別々のものではなく、一つの大きなものと捉えていました。
引用:「生きがいについて」p11~p12 若松英輔著 NHK出版刊
神谷美恵子は、外国語が堪能でした。しかし、「生きがい」を外国語にしようとしたときに大きな困難を感じるとともに、それが日本語特有の語感をもった言葉であることに気がつきます。
「生きがいということばにはいかにも日本語らしいあいまいさと、それゆえの余韻とふくらみがある」と彼女は述べています。また、「フランス語でいうレーゾン・テートル存在理由とあまりちがわないかも知れないが、生きがいという表現にはもっと具体的、生活的なふくみがあるから、むしろ生存理由raisOロdeくiくre二aisOndue軋steロCeといったほうがよさそうに思える」とも述べています。
「生きがい」という言葉そのものに、あいまいさ、余韻、ふくらみといった性質があり、ときに流動的な、しかし、あるときは力動的といってよい 「動き」があることに彼女は気づくのです。
先の一節で神谷は、「生きがい」は、「存在理由」 ではなく、「生存理由」だと書いていました。「存在する意味」 ではなく「生きる意味」に直結するものであるというのです。
「存在」という言葉には、どこか停止しているような語感があります。一方、「生存」という言葉からは、「動き」を、さらにいえば「躍動」を感じるのではないでしょうか。神谷が考える「生きがい」とは、人間の心身が、つねにうごめき続けている 「理由」 でもある、ということなのでしょう。
引用:「生きがいについて」p16 若松英輔著 NHK出版刊
⇒⇒ NHK 「100分de名著」 ⇒ 生きがいについて
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/76_ikigai/index.html
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┃★┃ 『終わった人』
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「生きる意味」とする,神谷さんの考え方に共感を覚えます。これに関連して,内舘牧子さんのベストセラー『終わった人』講談社文庫 を読んで,自分の「生きがい」を自問自答してみました。(この項,続く)
▼終わった人
内舘牧子著の『終わった人」は,「生きがい」をテーマとした小説である。
人は皆,歳と共に世代交代の波に押し出されるように社会の第一線から身を引き,世間から次第に忘れ去られ,自分の新たな身の置き場を探し求めるようになる。特に組織の中に生きてきたサラリーマンはこの変化が顕著である。
大手銀行の出世コースから子会社に出向,転籍させられ,そのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。生き甲斐を求め,定年後の自分の居場所を探しあぐねた末,数十年慣れ親しんだ戦場に再び身を投ずることになる。そのリスクの大きさが今の自分の身の丈を超えていたにもかかわらず……。
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長い一生の間には、ふと立ちどまっ て, 自分の生きがいは何であろう かと考えてみたり, 自分の存在意 義について思い悩んだりすることが 出てくる-- |
生命の芽生えから人生の終章まで、 人のこころの歩みを、その一歩一歩 をたしかめるように、丁寧に辿ってい く。人生への愛情と洞察にみちた静か なことばの数々。悩み、迷う人々のか けがえのない人生の書。 |
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終わった人 (講談社文庫) | |
「人生にあまりなどない」。会社人としては 終わったとしても,人の一生はそれだけでは ない。 |
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講談社刊 内舘牧子著 |
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