門外不出の「ノムラの考え」
出典: 産経新聞 2020年2月19日 17面 清水満-
引き出しの奥にしまった小冊子を久しぶりに取り出した。B5サイズにコピーされたのは「ノムラの考え」。142㌻にも及ぶ。
1999年、野村克也さんが阪神の監督に就任した。まずは監督の考えを選手に徹底させる。ミーティングでは欠かせぬ教科書だった。
「ヤクルト時代はワシの考えをノートに事かせたが、阪神では印刷して配ったんや。、絶対に門外不出と言ったんやが、コピーが出回っているらしいんや。・・・ったく」
ある日、甲子園球場に野村さんを訪ねるとこう言った。ドキッとした。経緯は話せないが、すでに現物を入手していたからである。
11日、野村さんが逝った。故人をしのび読み返した。プロフェッショナルとは何かに始まり野球の本質、練習の目的、作戦面…。投手、野手の技術編、応用編やプロセス重視などいわゆる〝ID(インボート・データ)野球〟が詳細に書かれてあるが、根底にあるのは 〝ノムさん流の人生哲学〟であった。
1例を挙げよう。
『人生編』。年に何度か「どう生きるか」を心に描いたり、考えてもらいたい。仕事をするということは生きると同義語である。仕事をただの金もうけと思う人間はいずれ落ちこぼれる。現象的物質文明に押し流されることなく、強い目的と使命を信念にして生きていこう。
『仕事』。①おごるな②いばるな③あせるな④くさるな⑤なまけるな--の五戒を示し「自立心」を促す。
人間誰しもその人にふさわしい役割、その人でないとできない仕事を一つは必ず持っている。従って自分は誰よりも劣るものではないし、また優れるものではない。それを知ったとき、人は自立する・・・。
ほんの一部を抜粋しただけだが、単なる野球本ではない。野球選手である前に「人としてどうあるべきか」を基礎に物事に対処すれば成就すると説く。要所に歴史上の哲学者、偉人ら先人たちの言葉を引用する。説得力がある。一般の人たちにも十分に読み応えがある『人生の指南書』なのである。
いま球界には野村さんの教え子としてヤクルト・高津、阪神・矢野、中日・与田、楽天・三木、西武・辻、日本ハム・栗山に侍ジャパン・稲葉と7人の監督がいる。みんな「ノムラの考え」で薫陶を受けた。
『失敗は成功する契機となる。失敗する恐ろしさより、いい加減にやって成功することのはうがもっと怖い』。プロローグに書かれた言葉。野村さんの著書は数々あれど、エキスはこの小冊子に凝縮されている気がした。
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失敗を乗り越える執念を持て
出典:『野村の金言』
失敗を乗り越えるには、執念が必要である。いちどの失敗で凹むようでは、失敗を成長に結びつけることはできない。
南海時代のわたしは、二流投手は打てても、一派は打てない時期があった。事実、5、6年目の打率は著しく低下。一
流との対戦は失敗の連続である。そこで、打倒・稲尾和久を掲げ、当時のナンバーワン投手を徹底的に研究した。そのとき
あきらめていたら、打者としての成長はなかっただろう。
執念こそが失敗を成功に変え、不可能を可能にするのだ。