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魔法が解けたそのあとで

結婚、出産、育児、介護、お仕事。来た球を打ち返す、毎日のつれづれをつづりました。

電話。

2008-12-24 12:56:41 | ママになれるかな編
今日はクリスマス・イブですね
実は、わたしたち、ふたりで過ごす初めてのクリスマスなんですね。
いかにいろいろあって、あっという間に結婚したかわかりますね
お互いもう欲しいと思うものなんてなくて、ふたりで慎ましく過ごす予定です。
お腹がぽっこり出てきて、胎動も感じられるようになり、来年は赤ちゃんが来る予定。今年がふたりきりの最初で最後のクリスマスになります。

チョコレートを渡してから、一週間たった夜、彼から電話がありました
いろいろ40分くらい、話した。

「だれにでもこうして連絡しているわけではありません」
と言っていた。
人事という立場上、アルバイトとして採用した人に個人的に連絡するのははばかられた、とのこと。
わたしがちょうどアルバイトを辞めたので連絡できたそうだ。
40分くらい話しただろうか。
どこに住んでいるか、学生時代は東京だったこと、親の出身地まで。
けっこう話すのが好きな人なんだなあ、と思った。
わたしはしゃべりすぎたかなあ~と切ったあと思って後悔した

「今度食事に行きましょう」
と誘ってくれた。
日にちを決め、約束した。

本当に嬉しかった
夢みたいだった。

世界はカラーのままだった。
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彼という人

2008-12-14 14:54:58 | ママになれるかな編
わたしは、デパートのアルバイトを辞めた。
今までお客様でしかなかったデパートの内側に身を置いたことで、一層そのデパートが身近に感じられた。廊下を歩いていると、声をかけてくれる顔見知りの社員さんもいて、辞めてからもちょくちょく出かけた。
一般のお客様が知らない、一番上階の事務所にいる彼にはめったに会うことはなかった。

彼が気になりだしてから、わたしは彼の同期や、同じ売り場の社員さんに彼のことを聞いたことがあった

「Kさんってカッコよくないですか?」
と聞いたら、
「そうかな~」
「顔はカッコいいけど・・・あの人変わってるよね
というのが多かった。

わたしだけなの?
「超カッコいい」って見えてるのは・・・。

彼の同期は
「新入社員の歓迎会で、役員にビールを注ぐのに膝をついて注いでいた」
という伝説を・・・。
「どうも東京での大学生時代にホストだったらしい」

ほ、ホストですか~
・・・まあ、カッコいいから・・・(あくまでわたし目線)

謎だ・・・。

人事という部署は、結構仕事柄、そんなにフレンドリーになりにくいらしい。
事務所にいると、売り場にはなかなか降りて来ないし。
「変わっている人」
というのが彼の評だった。

あんなに気になるのは、わたしだけなのだろうか・・・。
あんなにカッコよく見えるのは、わたしだけなのだろうか・・・。
こんなに知りたいと思うのは、わたしだけなのだろうか・・・。
わたしだけに、彼が素晴らしく見えているのだろうか・・・。

事実、彼がお昼休憩で社員食堂や休憩室にいると、そこに入った瞬間、わたしには彼がいると分かるのだ
ぴーんとくる。
まるで、自分の目に「彼発見スコープ」が着いてるみたいに。
目からビーム出てたよ・・・
それで彼が見えるところに、席を取る。

彼は大体ひとりか、年配の役付きのおじさんたちと話していることが多かった。
若い、同年代らしき男の人と一緒に談笑していることは、ほとんどなかった。
一人の時は、新聞を読むか、寝ていた。

休憩室にある喫茶コーナーで、冷たい飲み物を買う際に、そこの販売のおじちゃんと笑って話すことが多かった。
愛想がない人ではないんだ。
そう思った。

われながら、本当によく見ていたと思う。
あぶないくらい、見ていた。
あんなに情熱を持って、ひとを見ていたことはないかもしれない。
中学生の頃、好きだったひとを見ていたことくらい、見ていた。
すごく、見ていたかった。
目が離せなかった。
好きかどうか、なんて分からなかった。
ただもう、惹き付けられていた。
世界は、変わらずカラーに見えていた。
26歳になったばかりの、冬だった。





26歳で・・・バカじゃないの・・・



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バレンタイン。

2008-12-14 14:34:25 | ママになれるかな編
もう今年もあと2週間ほどになりました。
昨年の12月、退職して最後の出社日に会社の皆さんに別れを告げ、一旦上京した両親が待つ自宅に帰って荷物を持ち、その足で夫の待つこの土地にやってきたその日、大雪でした・・・
それから一年。
たまに東京に帰りたい、と思っている夢を見ることがあります。
目を覚ますと
「結婚してる!しかも腹に子が!」とびっくりすることがあります。
お腹は妊婦と分かるくらいになってきました。ぽこぽこと胎動もしています。
来年は、家族三人になるのです。

デパートでのアルバイトが始まりました。
上階の催事場でのお歳暮コーナーかと思いきや、クリスマスに備えて1階の革製品売り場に配属されました。
配られた制服を着て、他のアルバイトの人たちと一緒に彼に連れられて配属先へ。はー、大変ねえ・・・。

「立ち仕事は大変ですが、ひとつきもすると慣れますよ

ちょっと心配していたわたしに、彼が言った一言。
結構言うよね~。
でも最初はつらかった~足がぱんぱんに腫れちゃって・・・靴、いいの買いましたよ。靴は大事・・・。
でもたしかにひとつきもしたら慣れた。
クリスマスの混みようはすごかった。
わたしは
「これだけの人が、自分の大事な人にプレゼントを求めに来るんだ」
ってことに、感動した

子供の頃はツリーを出して、ケーキ買って、プレゼントをもらっていたけど、それもいつしかなくなった寂しいわたしのうち。
だから本当にたくさんの人がぎりぎりまでプレゼントを考えて、迷って、綺麗に放送されたそれを持って帰るのを見て、こちらも嬉しくなった
これを知ることだけでもバイトする意味があったと思った。
デパートって売るのは品物だけじゃないんだなあ・・・。

クリスマスが終わってからも、彼から引き続きアルバイトの継続を求められた。
そしてパートにならないか、と売り場のマネージャーから打診された。
でもまだ若いから、他の会社で正社員になることもできるよね。他にやりたいことがなかったら考えてみて、と。

そのうちバレンタインの応援に、地下の食料品売り場に配属された。
これがまた、すごい騒ぎ
女子がチョコレートを買いに殺到。
ご飯を食べる元気もうせ、痩せた。

そしていろいろ考えた結果、デパートの近くにある会社に準社員ではあるが採用され、勤めることになった。
アルバイトは面白かったが、このままアルバイトの身分で働くより、ちゃんとしたかった。

休憩はシフトごとに大体決まっている。
彼は午後一時過ぎの枠で休憩を取っている。
バレンタインが終わった次の日、わたしは彼に話しかけた。

「せっかくパートさんのお話をいただいたのですが、他の会社で勤めることに決まりました。いろいろ、ありがとうございました。」

そうすると彼は
「そうだね。社員になった方が健康保険とか年金とかもちゃんとしているしね。」
「まだ若いんだから、社員として働いたほうがいいよ」
と薦めてくれた。

アルバイトが終わったら、こうしてそっと休憩時間に姿を目で追うこともない。
わたしは勇気を出して、言った。

「Kさん、これ、いろいろお世話になったお礼です。受け取ってください。」
わたしは、地下で買ったチョコレート菓子の入った紙袋を差し出した。

断られてももう会わないのだから、いいや
そう思っていた。

彼はびっくりした顔をしていた

そして
「いいの?ありがとう。わざわざお心遣い、恐縮です。」
と言って、受け取ってくれたのだ

そしてなんとわたしは
「よかったら、今度お食事とかご一緒にいかがですか?」
と誘ったのだ
そしたら
「いいですよ。」
あっさり

「また電話しますよ」
売り場に?
渡した紙袋には、一応携帯の電話番号を書いたメッセージカードを入れてあったが。
迷惑そうではなかった。
でも嬉しそうでもなかった。
あっさりとしたものだった。
こういうことに、慣れているような応対だったように感じた。

・・・でも嬉しかったなあ

自分であんなふうにアプローチをしたのは、初めてだった。
もしかしたら
「いや、それは仕事なんで、気持ちだけ受け取っておきます」
などと言いそうな人でもあった。

本当に、嬉しかった。

電話が来たのは、それからしばらくたってのことだった

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ファースト・インプレッション

2008-11-28 18:14:24 | ママになれるかな編
窓から見える山々はもう雪化粧しています
冬がきています
ここでは雪が降ってから冬本番です。

歳末のアルバイトの面接に行った時に面接を担当した人事担当者が、彼でした。

担当者が出てきた時、目を瞠った。
この人が面接官?

百貨店の事務所は最上階にあり、初めて足を踏み入れた場所。
小さい頃からおなじみだったデパートでも、こんなところがあるなんて知らなかった。
ごく普通の会社の事務所といった場所の、簡単な応接セットが置いてある小部屋に案内された。
前を歩く彼の身長は高い。180センチを欠けるくらいかな?
白いワイシャツに紺色のネクタイ、スーツの上着は着ていない。
ここで2人きりですか~

そこで履歴書を見ながらいくつか質問された。

担当者と差し向かいで、いつかれ来られますか?どのくらいの時間働けますか?
ここから通勤手段は何でどのくらいかかりますか?・・・など。

答えながら、わたしは目が釘付けだった。

超カッコいい・・・

彫りが深くて、髪が栗色。
そして手。
わたしの履歴書を持っている、男性にしては細めで長い指。手の甲に浮き出た血管。色が白い。
身のこなしや話し方など、東京の人のようだった。

超好みだった。

念のために言っておくが、アルバイトを始めて、売り場の社員さんに「あの人かっこいいですよね?」と言ったら、芳しくないお返事だった・・・。
「まあかっこいいけど・・・好みじゃない」とか「変わり者だよね」とか。
だからこんなにツボだったのはわたしだけなのか・・・

「どうして百貨店の仕事をしてみたいと思ったのですか?」
と質問された。
いわゆる志望動機だ。

ぶっちゃけ、お金を稼ぐためのアルバイトだ。
でもどこでもいいって訳ではなくて、わりと親もうるさい。
だから駅前のこのデパートだったら間違いないだろう、楽しそうだし。通勤も電車で一本、約10分だ。
だけどそんな風に言うわけにはいかない。
「東京で仕事帰りに池袋の百貨店によく立ち寄ったのですが、それで百貨店の仕事に興味を持ちまして・・・」
と答えた。
たしかに西武・東武の両百貨店にはよく行った。
東京の百貨店は楽しい。大好きだった

そんな答えに彼は
「そうですね。東京にはたくさんのデパートがありますからね。楽しいですよね、東京のデパートは」
とちゃんと答えてくれた。

おお、いい人だ
そう思った。
たかがアルバイトの面接なのに、ちゃんと受け答えをしてくれるその姿勢。
素敵だ・・・

面接が終わって、それではいつから来ていただくか、おってご連絡します、ということで送り出された。

小さい地方の百貨店とはいえ、地元のリーディングカンパニーの一つである。
さすが、地方でもこういう人がいるんだなあ、と思った。

普通の面接だったと思う。

事務所からエレベーターに乗り、デパートの外に出た時、外の景色が変わっていた。

世界がカラーになった。
わたしは26歳になったばかり。
定職もなく、半年ばかりふらふらしてたどり着いたこのアルバイト。
グレーだった世界に色が着いた。
そう思った。
よくドラマや映画で、恋に落ちた瞬間、花がパーっと咲き乱れて花びらが散りまくる、なんて場面があるけど、まさにそういう感じだったのだ

そしてわたしは
「ああいう人と結婚できたら、わたしもこの土地で頑張っていけるのになあ」
と思ったのを、憶えている。




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10年。

2008-11-17 13:32:47 | ママになれるかな編

11月は入籍記念日です。
なぜこの日に入籍したか。
それは夫となる人と初めて会った日だから
10年前のその日に、夫と初めて会いました。

10年か~。
長いよな~。
その間、夫は知りませんがわたしの心の中にいつも夫がいたような気がします。
もちろん、その間に音信不通だった時期が5年ほどありました。わたしが東京に行き、接触が全くなかったのがそのうち丸4年くらいでしょうか。
お互い、その間に付き合った人もいたし、結婚を前提にした人もいましたし、夫にいたっては結納まで交わした人もいました。

わたしは結婚するなら、夫以上の人じゃないと、と思っていました。
今は夫ですが、彼、としましょう。
彼より背が高い人、彼より優しい人、彼より仕事をしっかりやっている人・・・。
そして彼を好きだった情熱よりもっと激しく好きになれる人。
そういう人に出会いたい、そういう人じゃないと結婚したくない・・・と思っていました。
でも、それ以上の人は現れませんでした。
だから、穏やかな愛情を持って長く一緒にいられるパートナーを捜そう、と思って婚活してきたのです。

彼はわたしが生きてきた中で一番好きな人でした。
会った瞬間、よく「世界がばら色になった」とか表現されることがありますが、わたしの場合、
「世界がカラーになった」
という感じでした。

その頃、わたしは東京での仕事を辞めて両親がいる地方に帰って来たところで、仕事もなく、雇用保険も尽きてきた頃で、はっきり言ってくすんでました。
久々に帰ってきた地方は本当にいなかで、すべてが東京と違い、時間がゆっくりと流れ、時間に関する価値観、テンポのずれに、わたしはいらだっていました。
わたしにとって、世界はグレーでした。
寒い冬の空は、まさにそういう色で、心象風景とあいまって、わたしの25歳の景色は灰色でした。

そんな時に彼に出会ったのです。

その頃のわたしは、自分には社会に出て出来ることは何もない、もう自分の大事な人にだけ尽くして行こう、それしか自分の価値はない、と思っていました。
東京での仕事に疲れてしまっていました。
それでもう結婚して、家庭に入り、その人と子供に尽くしていく人生しか、わたしに出来ることはない、と思い込んでいたのです。

地方で仕事をしようにも、東京でのお給料の水準は望むべくもなく、こんなことなら仕事をしても仕様がない。

でも当座、とにかく自由になるお金を稼がないとと思い、年末の百貨店のアルバイトでもをしようと思い立ちました。

新聞の折込情報紙に掲載されていた人事部に電話をかけて、アポを取り、履歴書を書いて面接に出かけました。

その百貨店はずっとわたしたち家族には親しいもので、何かあるとそこでちょっとしたものを買い、人に送り、家族で食べ、楽しい記憶に繋がっている場所でした。
そんなところで仕事をすることになるかもしれないなんて、不思議な気持ちでその裏側、つまり事務所を訪ねました。

10年前のアルバイトの面接に、通された応接間で、彼と初めて会ったのです。
彼は人事部の人でした。


来年、子供が生まれる前のこの時間に、夫とのことを書いてみようかと思います。
全部とは行かないかもしれないし、思い出すのもつらいこともあると思います。
出来るだけ、自分のためにも書き残しておきたいな、と考えました。
ゆるゆると、わたくし事なのですが、書いていきたいと思うので、どうぞ気長にお付合いください

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妊娠生活・体の変化

2008-11-17 13:08:39 | ママになれるかな編
悪阻のために外出をほとんどしない夏が終わった。
9月のあたまからほとんど寝たきりだったので、大分悪阻が落ち着いてきた最近、外に出たら山が紅葉で色とりどりの美しい姿に変わっていた。
季節は確実にうつっていく。

来週で5ヶ月目に入る妊娠生活。
いわゆる「安定期」に入る。やっとここまできた

吐き気は大分軽くなったけど、外出には飴が手放せない
匂い、特に油物はてきめん。
まだ大丈夫、とは言えないかも。
今日もちょっと気持ち悪い
でもひどかった頃より大分良い。
なんといっても仕事をしないで家にいられるから、ありがたい。

悪阻が軽い人もいると思うけど、わたしは仕事しながらはムリだったなあ、と思う。夫に感謝だ。
年齢のせいもあるだろう。とにかくムリできない。

このまま一生、トイレの近くと、ベッドの上で過ごすのか・・・と思われたが、大分体力も回復してきて、それが嬉しい
料理にも精が出る。

それにしても・・・ここ数日、お腹が重い。
横向きに寝ていて、体制を変えるとお腹の中でなにかが移動している気がする
動きが「よいしょ」って感じになってくる。
それもそのはず。
お腹が出てきた。
去年の、わりとゆったりめのセーターを着てみたら・・・でもやっぱり「お腹出てる人」になってた。
これじゃあ小太りな人なのか、すごい微妙
もともとふわっとした服は好きじゃなくて、ウエストがちゃんと出るデザインのものばかり着ていたから、ほとんどの服は全滅
これからどうし・・・。

そしてもう一つ、驚きのバスト。ぼいーん
トップを測ってみたら、なんと100センチ、1メートルですぜ
そして自分史上こんな大きなビーチク、見たことありません
これで母乳が出たら、どんなことになっちゃうんだろう・・・。
でも助産師さんには「やわらかくて赤ちゃんが吸いやすそう」と褒められ・・・まあいいか。
おっぱいばいーん生活、始まる。

ボディショップのボディバターを大量買いしました。
それは乾燥対策。
今まで膝もかかともひじもつるつるお肌が自慢だったのですが・・・・。
かゆくてかゆくて
もう毎日お風呂上りに全身塗ってます。
それでも妊娠本に書いてあったりするように「肌着の縫い目もかゆくなる」
ああああ
痒いのよう
塗って塗って塗りまくれい!

妊娠してから思うのは
「自分がこんなふうになるなんて・・・

もうマタニティの下着じゃなくちゃ、だめです。
このでかいこと・・・もう誰ともロマンスは生まれない・・・

これからも、体の変化はたくさん出てくるようです。
しかしベビが元気なら、それでいいか
そう思っています。
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妊婦生活・悪阻について。

2008-10-27 11:09:25 | ママになれるかな編
妊娠してから、悪阻もありほとんど外出していないわたし。

日用品の買い物も、一時間の外出が限度もうふらふらである。

「今まで出来ていたことができなくなる」ということは、すごいストレスだ。
年老いていくと、こういう気持ちになることが多いんだろうなあ、と思う。
思うように体が動かない。
亡くなった緒方拳さんは「老いとたたかわない」と寄り添っていく、共存していくことだ、とおっしゃっていたそうだが、そういう心境で妊娠生活も送りたいと思う。

朝起きて、(たまに起きれないときもある)夫の朝食を用意し、送り出したら洗濯物を干して掃除機をかける。
これだけでくたくたである
ひどい時は掃除機かけは二日にいっぺん、洗濯物は夫が干してくれていた。

臭いがだめ。
洗剤の臭い、肉の脂っこい臭い、夫の臭い。
こみあげてくる悪いんだけど・・・。

夕飯だけはと思って作り出すが、一度作れなかったときがあった。
一度、カレーを作るときに肉を炒めていて吐き気がして、作った後に吐いた
夜、吐き気がすごくて、飴をなめながら寝た。
水分を摂らないといけないので、夜4,5回トイレに起きる。
体温が高くなっているので、寝苦しくてよく眠れない。

昼、寝てしまうと夜眠れない。夜は気持ち悪いので横になれない。

いろいろあったが、なかには水も飲めなくて入院する人もいるのだから、わたしはまだ軽いのだろう。
しかしつらい。

そして一番は理解が得られないことだろう。

経産婦といえど、悪阻が全くない人もいるし、これは個人差が大きいため、一概には較べられないし分かってもらいづらいだろう。

義母は「コンビにもあるんだし、ご飯なんていいのよ今は大事な仕事しているんだから・・・」と義実家に顔を出さないことも気にせず、慰めてくれる。

実母からは「病気じゃないんだから・・・・おかしいんじゃないの?自分のときはもっと大変だった」などとくどくど言われ、いまや胎教に悪いので、音信を絶っている
夫が比較的家事を手伝ってくれて、寝ていてもいいよ、というのが気に入らない・・・というか、自分より恵まれているわたしたちに対して妬む心が彼女にはある。
不思議なことだが・・・それは自分の産んだ子どもにさえ、幸せに嫉妬する。
それなので、今は実家とはなるべく接触しないようにしている。

夫は・・・。
洗濯が好きなので、積極的に洗濯をして、干す。
片付けもしてくれる。
でも料理はできない・・・。
具合が悪くても「じゃあラーメンでいいよ」とか「俺は適当に食べるから」という間違った思い遣りをしてくれる。
ラーメンでも作らせるのかい・・・そして自分が良いだろうけど、わたしのご飯は?
結構こういう旦那さんが多いらしい

しかし、一番困るのが、具合が悪いのに自分のそばにいさせようとすること。

夕飯をやっとの思いで作り、「悪いけど横になるね」と寝室へ行こうとすると。
「僕さみしい」

・・・

それでも具合悪いので、振り切って寝る。
そうすると食べ終わってやってきて、自分も隣に寝る。
もちろん、後片付けはしていない。

そして「こっちにきて、そばにくっついて

・・・

気持ちが悪いと、一番楽な体制を探してそれでじっとしているしかない。
それなのに、自分の方に寄ってこい、と強要する。

「寂しいんだよ、くっついて

お前はもうすぐ40だろうが

以前、あまりに肩がこってしまい、「悪いけど肩揉んでくれる?」と頼んだら、乳、そして尻を揉まれ、怒ったことがあったこのエロ男爵。

でも、妊娠中の具合の悪い奥さんに対してくっついて欲しい、と甘える旦那さんって多いらしい。

下の子ができると、上の子が赤ちゃんがえりしてしまうというのは聞いたことがあるが、これってどうなのよ?

男はいつまでたっても子どもだなあ・・・と思う。

あまりに出来ないことが多く、使い物にならないわたしに対して、夫が怒ったことがあったが、
「今は普通じゃないから、できないんだよ」
とよくよく言い聞かせて、やっと理解してくれるようになってきたようだ。

おそらくもう少ししたら、この具合の悪い期間も終わるだろう。

本当に、妊娠初期は具合が悪い。
みんなあまり多くを語らないが、「悪阻と陣痛、どっちがつらい?」という質問に対して、
「陣痛は終わりがあるつらさだからいいが、悪阻はいつ終わるか分からないから、悪阻の方がつらい」
という意見が多数であることから、男性は自分の子どもを宿している女性に対して、そして妊娠中のすべての女性に対して、いたわりの心をもって接してほしい。
それから、甘えるのもちょっと我慢して欲しい。

わたしの悪阻も、多分終盤を迎えているだろうと思いたい。
炭酸、飴、じっくりコトコト煮込んだスープがわたしの助けだった。
30分も立って夕飯を作れないほど減退した体力、これから元に戻るか、甚だ不安ではある

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いのちの器。

2008-10-25 18:08:11 | ママになれるかな編
めっきり秋の気配ですね

「リツコの結婚できるかな?」で始まったこのブログ、「リツコの結婚できました」に進化しましたが、また状況が変化しました。

順調にいけば、5月にベビーが誕生します
今、4ヶ月目に入ったところなので、ご報告させていただきました。

この二ヶ月あまり、悪阻が始まり、人生でこんなに自分の体が思うようにならないことがあるのだ・・・と思い知って過ごしております。

8月末に妊娠が判明してから、そろーりそろーりと生活し、ほとんど寝たきり。
3月に一度、残念だったこともあり、もう慎重に慎重に過ごしています。

今は大分眠気も治まりましたが、一時は一日のほとんど寝ている・・・という状態で、自分でもどうにもできなかった

悪阻で何も食べられず入院する人もいるなかで、わたしはそんなにひどくはないのだろうと思いますが・・・つらいですね、悪阻。

しょっちゅう吐いている、という訳ではないのですが、ある朝起きた途端に感じた気持ち悪さがいつ来るか分からない、スリルに満ちた日々・・・。

そろそろおさまる頃のようですが、今は頭痛や体の痒み、胃が持ち上げられるような不快感と、新たな症状が次々と繰り出されている毎日です


前回流産をした時、わたしは雪かきをしたり、歩いて寒い中買い物に行ったりしていて、今から思うとなんて無知だったんだろうと自分を責めました。
初期の流産は赤ちゃんの問題、とは言うけど、わたしは「あの時あんなことをしたからだ」ととても後悔した。
今回、この子を授かった時、自分はこの赤ちゃんが生まれてくるための器だと思おうと決めた。
あちらの世界から、女性の体を通って新しい命が生まれてくる。
わたしの体はそのパイプなのだ、と思った。
命の器なのだから、そっとそっと過ごさないといけないのだ。

そう思ったら自分がどう動かなきゃいけないかなんとなくイメージできた。

若い人や丈夫な人は無理しても大丈夫!という人もいるだろう。
でもわたしは年齢も高いし、体も頑丈というわけでもないし、体力にも自信が無い。そして初産である。不安要素いっぱいである

そうすると高いヒールの靴をはけないことも、カラーリングをしないことも、食べ物や飲み物の制限も、ロング・ドライブも、新婚旅行も、長風呂も、代謝が良くなって体がべたつくことも、体温が高くてよく眠れないことも、腹巻をすることも、体型が変わってきてびっくりすることも、つわりも我慢できるようになった。
今はほんとに外出を極力しないようにしている。
毎日の買い物も、夫が休みの時にまとめて車を出してもらっている。
友達に会いたかったら、家に来てもらっている。
義理のあることも断っている。
疲れたらすぐに横になるし、横になれるように行動を限っている。
車も極力乗らないようにしていて、義実家にも2ヶ月行っていない。
もちろん遠い実家にも行っていない。
申し訳ないけど、今は許して欲しい。

とにかく、今は「器」なのだ。
他の人はおそらく大丈夫なこともあると思う。若い人なら全然大丈夫!ってこともあるだろう。
あくまで、わたしはそうしよう、と決めた。
一生のうち、ほんの少し。
かっこ悪くても我慢できる。

一度失ったあのつらさを、わたしはもう一度は耐えられないと思う。
わたしだけじゃなく、夫も我慢してくれている。
赤ちゃんを、この手に抱くために2人で頑張ろう。
今は赤ちゃんを毎日少しずつ培養するのが、わたしの仕事なのだ。

そう思って過ごしている。
もちろん出来ないこともたくさんあるし、思うように体が動かないつらさ、これからの生活の不安があって、時に夫にあたったりしている
今は、とにかくこれが最優先。

このブログを始めた時のわたしから、ずいぶん変化してきたと思う。
遅々とした、のんきな人生を送ってきたわたしだが、これから違うステージに入ろうとしているんだなあ、と思います。

これからは「リツコのママになれるかな?」というタイトルで、妊婦生活や日々思うことを綴っていこうと思います。
これからもどうぞよろしくお願いします


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