魔法が解けたそのあとで

結婚、出産、育児、介護、お仕事。来た球を打ち返す、毎日のつれづれをつづりました。

ルーツ

2008-07-25 01:20:18 | 結婚できました編
先日、夫のお父さんの実家に行ってきました。

隣の県の農家だそうです。
今、最高に忙しいらしい・・・出荷で・・・。

ではなんでこの時期に挨拶に行くのかというと。

夫のお父さんはその時収穫される果物をもらいに行くそう。
いつも一人でもらいに行っているみたい。

一応、結婚式のお礼とご挨拶をかね、私たち夫婦がお父さんに連れて行ってもらうことになりました。

初めて行った、夫のお父さんの実家。

長く続いたお家のようです。

お墓が新しくなっているようで、お義父さんはしきりにお墓で写真を撮れと。

言うとおりにしましたが、なんか目に見えないものが映りそうでちょっと怖い私

お義父さんの考えていたらしいスケジュールで動く私たち。

実は農家、というお家の知り合いってあんまりなかったんですね。
おじいちゃんがやってるよ~でもお父さんはお勤め、とかいう家はあったけど。
純粋に農家というお家って、こうなんだなあ~と知りました。

お義父さんのお兄さんのお嫁さん、この人は農家の長男のお嫁さんらしく、なんと言うか・・・なんか淡々と自分の役目をこなしていて・・・尊敬してしまいました。

お墓に行ったときも「見守ってくださいってお願いしてね」と言い、私たち夫婦に「2人で仲良くね」と言う。

家業を手伝い、舅と姑を見送り、子どもを生み、育て、お墓を守る。
分をわきまえる、というか、自分の役割をちゃんと分かっていてそれにそった生き方をする。

なんだかとっても尊敬してしまった。
そしてあたたかみを感じたのだった


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またまた。

2008-07-14 00:28:02 | 結婚できました編
結婚式も終わり、やっと落ち着いて家のなかを整えています

昨年の今頃に、5年ぶりくらいで連絡があった彼と、11月に入籍、1月から同居、3月に流産、そして引越し、4月に結婚式とこの一年、本当にいろいろなことがあり、あっという間でした

ほんとうにいろいろあった・・・

これでだめかと思うこともあったけど、彼は頑張ってくれた。

もともと、わたしは彼に2回も振られているし、他の男子からもうけたことがないひどい扱いも受けた。
彼はモテる人だったので、当時から女の影があったし、もともと女性が好きなんだと思う。
まさかそんな人と結婚するとは思っていなかった、実際

それなので、夫の持ち物を片付けていたら、そののなかに、女性の名前のものが出てきたのはあまり驚かなかった。
先日、引越しに際して「大事なもの」が入っている引き出しをふたりで片付けていたら以前付き合っていた彼女の写真が出てきたことがあり、「大事なもの」のなかに入っていたということと、それを忘れていてわたしに見せてしまったことで冷戦状態になったことがあった
単に、この人は忘れているのだ。
「こういうものは見せないのがルールじゃないの?結婚するならちゃんとしておくべきじゃない?」と怒った。というか、悲しくなった。

「またか・・・」というか、「うかつだなあ・・・・この人、ほんとうにバカなのかも知れない・・・それともわざとなのか?」とかもやもやと考えてしまった。

夫はメールを一日に何度もくれるのだが、たまに電話もしてくる。
その日も電話が来たのでずばり聞いてみた。
「○○ヨーコってだれ?」
いや~、夫のあわてぶりはおかしかった
「何が出てきたの?気になって仕事にならないから教えて

帰って来た夫はわたしが怒っていると思って、気を遣っていた。
「もう何も関係ないし、どこにいるかわからないから」
という夫に、話を聞いていたら思い出したことがあった。

もうずいぶん前、彼が家に来た時に、寝ぼけてわたしを「ヨーコは~」と話したことがあった。
わたしは「他の女の名前で呼んだ」と気づいたけど、彼は気づかず話していた。
わたしはそれを指摘できなかった。それほど彼が好きだったのだ。

ちょっと鬱になった。
とてもつらかったことが思い出されたから。
しかも彼からちょろちょろと過去の女性について話が引き出され、なんと「ヨーコ」は2人いた、ということが発覚

「おめーは何人女がいるんだよ」と蹴りをいれてあげました。

しかし「なんでこんな人と結婚できたんだろう・・・」と考えてしまった。

彼は嫉妬深い。
他の男性の話をすると怒る。もちろん、わたしが付き合った男性の話なんてできない。
そもそも、わたしが他の人と付き合ったのは、彼に振られたからであり、わたしからすれば「おめーのせいだよ」といった所なのだが。

「自分はよくて、人はだめなの?!お前はジャイアンか

前に付き合っていた人のことは、ちらちら聞いていたが、名前なんて、顔なんて、知りたくなかった。

そう思って、バイトの帰り、電車を待っていた。
そしたら私の前に立つ人がいる。

夫だった。

「今終わって駅だよ」というメールをしたのだが、夫は早めに仕事を切り上げて走ってきたそうだ。

「お前と一緒に帰ろうと思って」

・・・もしかして、来るかな、とは思っていた。
本当に、まめな人だ。女の扱いがうまいのだ。
でも、やっぱり嬉しかった

しきりに「外食しよう」と言ってきたり。機嫌を取っているのだ。
「ごめんな、嫌な思いさせて。でももう本当に忘れていたんだ、何もないから。リツコのこと、俺本当に好きだよ」

本当にいろいろなことがあった。
この一年、結婚するためにたくさん頑張ってくれた。
行動とことばによって、信頼というレンガを積んでいってくれた。
だからわたしは結婚したし、信じることができた。

疑えばきりがないと思う。
「信じる」なんて、「信じている自分を信じる」ことだと思う。それしかないと思う。

朝、わたしが寝ていると、夫はわたしに語っていることがある。
ちょっとひくけど、しかもわたしは眠いから夢うつつに聞いているのだけど。

本当に一緒になれてよかった
とか、
ここに引っ越せてよかった
とか、
いろいろ迷惑かけてごめんな
とか、
語っている。
起きると抱きしめてくれる。寝るときもわたしを抱きしめて寝る。(しかし結構これが息苦しい・・・)

不安なんて、どこまでいっても不安なんだ。
ことばなんて、究極なんとでも言える。
ひとは「やったこと」がすべてだ。
それをみて、信じるかどうかなのだ。

友達に「ほんとにうちの旦那さんは女が好きだ」と言ったら、
「うちのだんななんて酒好きで女好きで『飲むうつ買う』全部だよ。しかもまだ遊び足りないのか週末帰ってきやしない」と言われました。
まだいいのか・・・





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不安

2008-07-11 00:06:25 | 結婚できました編
普通に思っていた。
結婚する。
子どもが出来る。
子どもを生む。
子どもを育てる。
夫がいて、子どもがいて。
それが普通、というか、自分にもそれが当たり前の道だと思っていた。

それがどうもそうではないと気づいたのは最近といえば最近だ。
子どもがいない夫婦がいるのだ、ということや、雑誌やテレビで見る「不妊」という文字。結婚したお友達が「子ども欲しいんだけどなかなかね・・・」と言っていたこと。
34歳を過ぎるとぐっと難しくなるということも知っていた。
「もしかしたら、自分の子どもが持てるか分からないかも」とも思ったこともある。
そして、結婚して夫と住み始めて2ヶ月たったとき、妊娠検査薬で反応があった。
病院に行ったけど、まだ早い時期だったので胎のうが確認できなかった。
またしばらくしてから来るように、と言われて数日で出血があり、わたしは流産してしまったのです。

今、妊娠をのぞんでいるのだけど、まだ兆候はない。

本当に初期の流産だった。
でもとっても悲しかった。
何が悪かったのか、少しでも不安に思ったことがいけなかったのか。
いろいろと考えた。したことを思い返して、自分を責めた。寒かったのに外にいたから、とか、夫と喧嘩したから、とか。

そしてとても痛かった。
いのちがなくなってしまうのだから、普通の腹痛くらいじゃないのは当然だろう、と思った。
痛くて、悲しくて、本当につらかった。

それから、体調が自分でよく分からなくなってしまった。
体がしんどくて、無理できなくなった。どのくらい無理がきくのか、分からなくなってしまった。
そろそろ、という感じで過ごす日々が続いた。

2回生理が来たら、また子作り再開しても大丈夫ですよ、とお医者様に言われていた。
でも、まだその兆候はない。

そしてとても怖くなった。
「また妊娠できるだろうか」
ということ。
そして
「できたとしても、また流れたらどうしよう」
という不安が大きくなった。
痛かったし、つらかった。
またそうなったらどうしよう。

「また妊娠するか、また流れたらどうしよう、できなかったらどうしよう」
そういう不安がつきまとうようになったのだ。

それを夫に話した。
流産してから、不安があると。そして体調が戻らないということ。
そして「子どもが出来ていたら」という、不確定なことによってこれからが決められないこと。

夫は「子どもが出来てたら~」とよく言う。
「子どもが出来ていたら、仕事なんてできないぞ」
「子どもが出来ていたら、新婚旅行どうするんだ」

何もできない、動けない。
わたしだって子どもが欲しい。でもそんなに簡単にできないんだってことが分かった。分からないものを待って、何も出来ない。
家でずっと不安に思って、夫を待っている。

そういう気持ちを初めて夫に話した。

考えすぎなのかもしれない。
あのまま、子どもが育っていたら、こんなことを考えなかったのに。

今も妊娠している人を見るとつらい。妊娠している人、子どもがいる人がうらやましい。義父母から子どものことを聞かれるのがつらい。
ほんとに初期の妊娠だったのに、体が急激に変わったことも、とても怖かった。

「そんなに痛かったのか。分からなかった。ごめんな。」
と夫は言ってくれた。
「仕事があるから、ずっとそばにいるっていうことはできないからな・・・ちょっと実家に帰ってきたらどうだ」
「リツコと結婚したのは、子どもが欲しいからじゃない、一緒にいるためなんだから、もし子どもができなくてもいいよ」
と言ってくれた。

そんな簡単に言わないで!と思う自分もいたが、話してよかった。
不安がなくなったわけではないし、何が変わるわけではないけど、話してよかった。

子どもが欲しい。
でもできるかわからない。
子どもがいない人生も考えていかないといけないかもしれない。

こうやって思い悩むのも、ストレスなのかもしれない。



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