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人間の生死や近代的価値観を問い続け、現代文学の先端を走った作家の津島佑子(つしま・ゆうこ、本名・里子=さとこ)さんが18日午後4時10分、肺がんのため東太宰治京都内の病院で死去した。68歳。葬儀は近親者で営む。喪主は長女香以(かい)さん。
1947年3月、東京・三鷹で作家、太宰治(本名・津島修治)の次女として生まれた。翌年6月、太宰は自死。さらに知的障害のある兄を、12歳の時に亡くした体験も後の小説執筆に影響を与えた。多くの作家を輩出した同人雑誌「文芸首都」に白百合女子大英文科在学中に参加し、69年「レクイエム」でデビュー。72年に「狐を孕(はら)む」が芥川賞候補となり、同賞を熱望しながら受賞できなかった太宰を引き合いに「亡き父のかたきを取るチャンス」などと世間の話題になった。
太宰には同じ年に
愛人に産ませた
太田治子さんも作家になっている
お二人とも 太宰が欲しかった
芥川賞はもらっていない
人間の生死や近代的価値観を問い続け、現代文学の先端を走った作家の津島佑子(つしま・ゆうこ、本名・里子=さとこ)さんが18日午後4時10分、肺がんのため東太宰治京都内の病院で死去した。68歳。葬儀は近親者で営む。喪主は長女香以(かい)さん。
1947年3月、東京・三鷹で作家、太宰治(本名・津島修治)の次女として生まれた。翌年6月、太宰は自死。さらに知的障害のある兄を、12歳の時に亡くした体験も後の小説執筆に影響を与えた。多くの作家を輩出した同人雑誌「文芸首都」に白百合女子大英文科在学中に参加し、69年「レクイエム」でデビュー。72年に「狐を孕(はら)む」が芥川賞候補となり、同賞を熱望しながら受賞できなかった太宰を引き合いに「亡き父のかたきを取るチャンス」などと世間の話題になった。
太宰には同じ年に
愛人に産ませた
太田治子さんも作家になっている
お二人とも 太宰が欲しかった
芥川賞はもらっていない