歴タビ日記~風に吹かれて~

歴タビ、歴史をめぐる旅。旅先で知った、気になる歴史のエピソードを備忘録も兼ね、まとめています。

青い空と緑の大地で

2024-08-01 15:22:43 | 旅の記憶
拙ブログは、細々と続けているので、
リア友は、ほとんどが、その存在を知らないのだが・・・

サバイバーになりたての頃は「元気でいます」との
お知らせも兼ね、リア友にも、せっせと宣伝しては
見てもらっていたものだ。


ある日・・・友人から、いきなり言われた。

「ちょっと、ぴあ野さん、何、あれ!?気持ち悪い・・・

それが、本日の記事「青い空と緑の大地で」、
2011年、リトアニアのシャウレイ近くにある「十字架の丘」を
旅した記事だった。

ご気分が悪くなる方がいらしたら、ごめんなさい。


でも・・・
実を言うと、ここは、あまりに不思議で・・・

というのも、鮮烈な場所だったにもかかわらず、
旅から戻っても、この場所のことを耳にすることは
たぶん、一度もなかったからだ。

ダークツーリズム関連の本でも見かけないのが、また不思議。

いつか、夢の中のような・・・
本当に存在したのかしら、とまで、思ってしまった土地。

思い立って、古いブログを探してみたら、
やっぱり記事が残っていたというわけ。
(当たり前ですがw)

そんな記事に、おつきあいいただければ、うれしいです。

(以下、2011年10月の記事に加筆修正のうえ、アップしています。)

************************

この時期のバルト海沿岸はお天気が安定しないそうだが、
ようやく青空が見えた。
 
遠景ながら、おわかりになるだろうか?
 
この小高い丘は・・・十字架でおおいつくされている。
 といっても、埋葬はされていないので、墓地ではない。
ただ、ただ、十字架が立っているだけ・・・
 
ここは、私が一番行きたかった「十字架の丘」。
 リトアニアのシャウレイ近く、
首都ヴィリニュスと、隣国ラトヴィアの首都リーガの
ほぼ中間地点にある丘だ。 

この十字架に飾られた丘は、
周囲に人家があるわけでもない、見渡す限りの草原に、
忽然と現れる。 



1831年、帝政ロシアに対する蜂起によって、
命を落とした人々の鎮魂のために、
十字架を立てたことが、この丘の始まりだという。

 
ソ連の時代、リトアニアがソ連に併合されてからは、
この丘へ近づくことは禁止される。

KGB(秘密警察)や軍によって、
十字架はブルトーザーで、なぎ倒されたり
火をつけて焼き払われたりもしたという。
 
それでも、人々は、夜になると、十字架を、そっと立て続けた。

ソ連が、取り締まりを強化するよう強硬な態度を見せても、
リトアニアの役人は、のらりくらりとかわし
「十字架の丘」を守ったそうだ。

十字架の丘」
抑圧された民族と宗教の象徴」と、言われる所以だ。  
 

 
畑中幸子『リトアニア―小国はいかにして生き残ったか』
(NHKブックス)を読みながら、身体が震えてならなかった。
本を閉じても、しばらく何も手に付かない衝撃。
  
ソ連に抵抗し続けた、かつてのパルチザンが、
重い口を開いた証言の数々は、
私の想像をはるかに超えた、すさまじい内容だったからだ。
 
あれを知ってしまった以上・・・
ここを素通りすることはできない。

持参した小さなキャンドルを、
私も供え、母と並んで手を合わせた。
十字架は木造ばかりなので、火を灯すことは禁じられ
できなかったけれど・・・ 



今もなお、十字架の数は増え続けており、
その数は、リトアニアの生きている者の数より多い、
とまで言われているほどだ。

この日も、軍服をまとった兵士が三人、
十字架を手に、丘を登って行った。
 
彼等のは手作りのようだったが、
インフォーメーションの脇では、
十字架が、小さなものから大きなものまで、何種類も売られている。
高くても、日本円で1500円くらい。

そこで、高齢の女性が、黙々と十字架を削っていた。
その表情は穏やかだった。
 

 
丘には、リトアニアの独特な十字架に加え、
ラテン十字に、ロシア十字、
ポーランドのザモシチで見たような十字架もある。

さらに、あのダビデの星まで・・・
それぞれにロザリオが何重にも掛けられてもいる。
そして、十字架に刻まれた文字には、ハングルまであった。
 

バルト三国の旅・・・
最初の国リトアニアで、ようやく見ることのできた青空と共に、
気持ちが解放されていくような気がした。
 

 
本当を言うと……
 
ヴィリニュスやカウナスを歩いていた時は、
予習が効いてしまって、ついつい気持ちも沈みがちで・・・

そこへ、垂れ込める暗い雲に、冷たい風!
 
「この国では、今の季節、青空は見えないんですか?」なんて
現地ガイドさんに尋ねてしまったくらいだ。
 

「来てよかった~~!」
 
リトアニアに着いて、初めて、心からそう言えた。

青空の下、どこまでも広がる美しい緑の大地。

祈りと希望と、愛と平和と・・・
人の心の中にある、美しいもの・・・
そういったものが闇を超えてなお、
そこに強く存在しているように見えた。

(ウマク言エズ、モドカシイ!)
 
もし、この「十字架の丘」を雨の中、
歩くことになっていたとしたら・・・
 私のバルト三国の旅の印象は、全然違っていたかもしれないけれどw

📷 画像はスクショしたものなので、
ボケボケです・・・ごめんなさい!

********************

おつきあいいただき、どうもありがとうございます。

個人のブログゆえ、もろもろの不備は、
どうぞお許し下さいませ。
この記事についてブログを書く
« コロナで臥せる | トップ | 我が身を・・・ »
最新の画像もっと見る

旅の記憶」カテゴリの最新記事