60代 スッキリ行こう🐦

還暦過ぎた!
これからも、心の向くままケセラセラ。

大震災から半年

2011-09-11 10:33:59 | 震災後の日々

東日本大震災から半年。

半年というと、結構な月日が経ったということなんだけど、
なんだか、ピンとこない。

もうそんなに経ったのか・・という気持ちが正直なところです。


台風12号の災害のニュースが、津波の映像と重なったばかりで、
災害は、日本のどこにでもあり得る身近なことと重ねて思い知りました。


やっと客観的に地震を受け止められるようになった・・というのが私の本心です。
それぐらい、暮らしの中に、気持ちの中に、ダメージが大きかった
大震災です。



朝、NHKの大震災半年に関するテレビ番組を見ていて
ハッとしました。

災害に逢ったものは、自分が失ったものに気をとられて
とても冷静ではいられないし、
客観的に自分がとらえられなくなると思うのです。


そんな被災地域の人達を支え続けてくれたプロの存在です。

災害支援のプロフェッショナル CIVIC FORCE

番組で紹介されていた、この組織は、
国内の大規模災害時に迅速で効果的な支援を行うためのNPO/NGO・企業・政府・行政の連携組織だそうです。

資金は、主である個人の献金と企業の献金とでまかなわれており、
災害直後から、半年後である今まで、
その時々に必要な支援を行ってきているのです。

赤十字に集められた義捐金は、被災者個人にあてられ、
法人への支援はありません。

半年たった今、被災して立ち上がれない、零細だけど、貴重な地域産業へ資金の援助をしてくれるのは
こういう団体なのですね。
半年たった今、ズタズタになった産業復興の支援にのりだす時期なのですね。


国や、金融機関ができないところを埋めてくれる民間のプロや、
ボランティアを束ねてくれるNGOなど。。。

こういう仕事のありがたみが、今になって身に染みるようになりました。

人の為に、社会の為に何かしたい・・
そういう気持ちを持つ人達を、自己満足だと見る向きも日本の中には感じられますが、
そういう面があっても尚、
たぶん、西洋発の支援、奉仕の精神
その倫理観から体系づけられた組織のプロの仕事の重要さ。
続々と来て、身体をはって、泥を掻き出してくれたボランティアの人達のありがたさ。

この精神は、これからの日本にはとても必要で、
こんなに、しっかり育っていたんだと
一種、感慨のようなものも改めて感じました。

誰も助けてくれる人はいない、自己責任・・
そんな言葉で、無縁社会を作りだしていた震災前の日本を思うと、

本当に、目が開かれる思いです。



人に助けられた経験は、絶対忘れられるものではありません。
私自身も、どれだけ友達や親戚、
またこのブログでつながっている人に
助けられ、励まされたことか。。

今度は、自分が誰かのために。。。
そう思っている東北の人達は、とっても多いと思うし、
東北の地にいる私自身も、その一人です。

大自然に翻弄されながらも、
人は人と助け合い、支えられながらしか生きられないし、
そのこと自体が、とっても貴重なことなんだ。。

そんな気を強く持つ、震災半年後の私です。





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震災後やっと来れた多賀城 七が浜

2011-08-22 17:20:39 | 震災後の日々

今回の津波による被災地の惨状は、
何処もかも悲惨なんだろうけど、

私にとっては、
気仙沼も、南三陸も行ったことがない。名取の閖上にも知り合いはいないし、
やっぱり行ったことがない。。

私個人にとっての一番の気がかりは、四月に行った仙台空港あたりであり、
二年前まで前の会社で担当していた仙台の宮城野区、多賀城の産業道路あたり、
仕事さぼって寄っていた、七ヶ浜の海である。
いつも、ウロウロしていたし、仕事での知り合いもいる。

気になっていても、震災後行く気になれなかったし、
又、実際いろいろ忙しくて行く機会もなかった。



だけど、やっと、今日行ってみることにした。
暑さが急に一段落して、雨が続く今日。。
なんで今日なんだか、私にもわからないけど、
なんとなく・・今日しかない・・そう思ったんだ。


産業道路の三井のアウトレットあたりの交差点。



ここにも、もちろん津波は来たんだ。
ウロウロと周りを見る。。




スマフォで写真を撮るのは、信号で止まった時だけだけど、
きれいに直して、再開しているお店は一部で、
全く手つかずの建物もある。
空き地には、壊れた車が一面積まれておいてある。




ここは、ソニーの建物。
TBS系列のテレビの記者が、地震の後、車を捨て、ここに逃げ込んで
その後、見るまに津波がおしよせた場面を何度かテレビで見た場所だ。
そんなに海が近い場所ではない。
周りに車が流れ着いて、助けを求める子供連れを救出していたよね。
いつも前を通っていた、ここだったのか。。

このあたりは、津波の後、たくさんの車が流れ着いた。
津波は、この産業道路を超え、もっと内陸の国道45号線を超えたのだ。
そんなとこにまで波が来るなんて、
誰も考えなかったと思う。




先を進み、右折して七ヶ浜の方にも行ってみた。

道沿いは、少し高台だったんだな。

いつも行ってた海の方に行ってみるか・・と道を進むと、








なんだか、地形が変わってしまったように、
どこがどこだかわからなくなっていた。
海との境に、防波堤があって、砂浜があったはずなのに、
もう、そんな光景はない。。

海沿いの形は、変わってしまったんだなあ。。
基礎だけになった家の跡もたくさんある。

景色が変わり、何だかわからず、行き過ぎてしまったのか、
仮設住宅が並んでいる所まで出てしまった。

坂を上り、一見きれいで無事な住宅街の谷を降りたところに、
仮設住宅が並んでいた。



やっぱり、気持ちが重くなったけど、
これを受け止めに、わざわざ来た気がした。

他人事ではない、いつも見ていた所・・
津波は、すぐ近くで起こったことなんだと胸に刻まないといけない気がしていたんだ。





その後、知り合いの新しい工場に行った。
震災後、安否を気にしながら、なかなか電話できなかったけど、
津波からすれすれで車で逃げ切ったと教えてくれて、ほっとした
修理工場の有能な事務員の彼女のとこだ。

私が前の仕事を辞めてから、初めて会うから二年五か月ぶり。
なんだか、うれしくて抱き合った。

彼女が要の会社は、工場は流されたけど、新しい場所で六月から再開していた。
社長は、もう六十代後半。
新たな借金をして、彼女を頼りにしての、再開だ。

積る話を三時間くらいしたかな。
昔を思い出す、相変わらずの話もたくさん。
よくケンカしていたな。社長と彼女。
その尻拭いもたくさんした。

彼女によると、
津波の中、助かった人の中には、
車の窓ガラスをたたいて助けを求めていた人の顔が忘れられない。
歩いて逃げる子供連れを車に乗るように言ったけど、怪しい風体に拒否された。
すぐに津波が来たんだから・・と思うと、
無理やりにでも乗せればよかった・・と
長く気持ちがさいなまれた人が多いという。


元ヤンキーの気丈な彼女だけど、
震災番組は見たくない。必ず泣くから・・と言っていた。
津波なんて、怖いとも思わずに逃げ切った彼女は

親と死に別れた子供の話
幼くして亡くなった子供の話は、耐えきれず
泣く・・と言う。



近い身内はみんな無事で、
元気で相変わらずの人達だったけど、

やっぱり確実に、大震災は私達の心に何かを重く投げかけて、
違う景色を作り出していた。


そのことから、目をそむけないよう、
今までは来れなかった所に
やっと来れた・・・

まだ五ヵ月。
でも、ここまで来るのに、五ヵ月もかかってしまった私なのだ。。


救いになったのは、
ボロボロになったガソリンスタンドにたなびく、営業中の看板とか、
知り合いの新しい工場に貼ってあった、がんばろう宮城の看板・・
立ち上がろうとしている、人達の一生懸命な笑顔なんだ。


がんばるしかないもんね。。
あと、人生楽しまなくっちゃね
と彼女が言って
私も、うなずいた。







・・※ 二年半まえの七ヶ浜の海

      












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綿花

2011-05-28 07:17:45 | 震災後の日々

DNA鑑定の結果を待っていた娘の義弟のご葬儀が、やっとこの木曜日行われた。
あちらの身内だけでの、仮設のお寺でのご葬儀だったそうです。

義弟は、中学にあがるか、あがらないかの時にお母さんを亡くしたことや、
いろんな要因で、少し社会性がなかったかもしれなく、
兄や姉が家を離れた後も、数年前に仕事も辞めて家にいて
家と一緒に津波にのまれた。

時間がたったこともあり、お義父さんは、気持ちが落ち着いた様子で
家庭も、仕事もなかった子だから、誰にも迷惑をかけなくてすんだし、
家にいて、家を守ってくれたんだ。
そういう定めを持っていた子なのかもしれないと、おっしゃったと言う。

親戚中から、いろいろ言われていた子かもしれないけど、
自分にとっては、たくさんの教えを残してくれた子だと。。

日頃しっかりするようにと、その子に言っていたみんなが
もっと優しくしてればよかったと大泣きしたと、涙ながらに娘は言っていました。

それでも、こうやって遺体が帰ってきて葬儀ができたことで
みんなの気持ちに一区切りがついたんだと、最後は明るく電話を切りました。

この事は、私にも、いろんなことを教えてくれた気がします。

心から冥福を祈りたいです。





そんな中、
今朝のニュースで、これぞ復興という話を聞きました。

津波につかった宮城の名取の田んぼを借りて
大阪の会社が綿花を育てるという。

綿花は、塩分に強く、塩を吸収してくれるらしい。

綿花を栽培し、収穫できた綿で
靴下を作るんだって。。。

そうよね。世界中を探せば
塩の強い土地でも育つ作物がたくさんあるのでしょう。

自然は脅威にもなるけど、結局はそれを恵みに代えて
人は生きていく術を探し続けてきたんだろうなあ。


沿岸に綿花の海が広がるかもしれません。









(写真は、オーガニックコットンタオルのサイトからお借りしました)








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風にふかれて

2011-05-16 18:48:24 | 震災後の日々


被災のニュースは、最近できるだけ見ないようにしている。
地域によって、問題が違うし、人によっても問題が違うので、
いろいろうかつに、論じることができない。
二か月ぐらいでは、結局、何にも解決していない。

原発のニュースもそう。

いろいろ聞いて、不安になったところで打つ手がないし、
延々続く問題に、ついていきたくない気持ちも強い。

復興の問題も、みんなで話し合うというより、
地域、地域によって問題が違うので、
その地域の人達が最終的には決めていくことになるのだろうと思う。
海のそばに住むことを決めるところもあるかもしれない。



日本は、自然災害、戦争からの復興の繰り返しで、町ができてきたらしい。
杜の都仙台のケヤキ並木の定禅寺通りも、太平洋戦争の戦後復興計画からできたそう。

きれいで安全な街に生まれ変わるといいなと思うと同時に、
その為には、いろんな人のいろんな思いの調整が必要で、
何げなくある通りにも、昔の人のいろんな思いが詰まっているのかと思うと
感慨深い。


誰もが思うのは、
狭いながらも楽しい我が家。
ただ、それだけをみんな願ってるんだと思うけど。
そんなことさえも、叶わぬ人がまだたくさんいる。

風にふかれて、青空見上げて・・・
一人でできることって、そんなこと。。。
つらい人の気持ちを考える時、
重い気持ちにひきずられない事、大切だと思う。

少しでも多くの人が希望を取り戻せることを信じて祈るのみです。










(写真は、ネットからお借りしました)


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昨日の仙台空港

2011-04-29 16:39:28 | 震災後の日々
昨日、仙台空港に行ってきた。
母が大阪に、しばらく帰る。
この時期、仙台~伊丹便は全日空で夕方に臨時便が2便あり、
一席とれたのだ。


ターミナルの前に車を横付ける。
このあたりの道は、泥がきれいに洗われている。
ここも津波が勢いよく押し寄せた。



ここまで来る道すがらといったら・・・。

仙台バイパスを空港方面に左折して、東部道路を過ぎたあたりからの景色は、
テレビで見た灰色の世界。植栽も灰色。

道の横の空き地に数百台なのか、数千台なのか、津波で流された車がきれいに、うずたかく積んである。
航空大学校のところには、壊れた小型機が幾台も重ねてある。
他に、たくさんの瓦礫をショベルカー何台もで、うず高い山をいくつもつくっている。

空港の所まで来ると、たくさんあった駐車場は跡形もない。
うどん屋さんや、いろんなお店の残骸が風に吹きすさんでいる。
空港の海側は、津波の後、手つかずの感じ。
とても、見ていたくない。

汚泥の匂いが、風にのってくる。
信号もついてなく、おまわりさんが各交叉点で指揮をとっている。



ターミナルは、一部だけを使ってあり、トイレも臨時トイレ。
小さな場所に椅子がおいてあり、飛行機を待つ人でごったがえしている。



着いた飛行機から降りた人は、臨時バスで仙台駅へ。


いつも風が強いところだけど、
折りしも、暴風警報が出て、
強風で、外は歩けないくらいの風。

ここには、まだ荒ぶる何かがうごめいているような気がした。

圧倒的なものが支配している破壊されつくした世界に、

忽然と、空港ターミナルだけが浮かんでいるような気がする。


母を空港に送った帰り道、
泥まみれの田んぼを見ながら、
パイパス沿いの遺体安置所の看板を見ながら、

自然と下向き・・
心の底がどよ~んと重くなる。


旅の始まりには、酷な場所になったなあ。。。仙台空港。。。





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