お互い何も言わないまま、動かないまま、十分くらいはそうしていただろうか。
もしかしたらセンも俺と同じく、俺が動くのを待っていたのかもしれない。
おかげで、上着がシャツ一枚だもんでセンが顔をうずめている辺りが涙で冷たいな、
なんて考えられる余裕ができるくらいにはなった。そんな余裕ができてやっと気付く。
動かないんだから当然と言えば当然だが、
センの足は俺がベッドから引きずり降ろした時の無理な体勢のままだった。
ちょっと苦しそうな感じがしたので手を掛けて普通に座ってるっぽい形にする。
足を動かし始めた時には気付いたようだが、
足に触れた瞬間には何も反応がなかったことが、解ってることとは言え悲しかった。
「あ、ありがとうございます……」
結果、更に密着することになる俺とセン。
それと同時にセンの顔が俺の胸から離れ、長い沈黙が終わる。
「もう大丈夫そうだな」
体の震えも既に止まっていた。自然に腕が緩む。どうやら俺はやっと安心できたらしい。
「はい。もう大丈夫です」
見上げる顔が、にっこりと微笑む。
シャツに涙が染み込んだおかげか泣き跡もない綺麗な笑顔だった。よくやった、シャツ。
「……お腹は、本当に空いてないですか?」
一度同じ質問に対してぶっきらぼうに答えたせいか、少し遠慮がちな声だった。
「実はな」
腹は減っていない。これはホントだ。
「広瀬家で出てきたポテトあるだろ。あれ、殆ど俺が一人で食ったんだ。
だからもう腹いっぱいで」
でもせめてこれくらいは理由をつけとかないと、結局また気を遣われそうだからな。
「ふふ。栄養面的には駄目駄目ですけどね」
「だな」
今晩は野菜炒めがおあずけだからな。残念だ。
「じゃあ、もうちょっとこのままで……」
「いくらでもどうぞ」
もうこの状況になって結構経つけどな。
「やっぱり落ち着きますね。この音は」
「そうかなあ」なんて思ったりするが、口にはしなかった。
だってお前が言う音ってのはこう……緊迫したシーンとかで使われたりしてるんだぞ?
顔の次は耳を俺の胸に押し当て、センが聞いてるその音とはつまり心臓の音。
俺の心臓に異常がなければその音は「どっくんどっくん」ってなとこだろうう。
「もう充分落ち着いたんじゃなかったのか?」
「じゃあ言い換えます。わたし、この音大好きです。
好きな音だったらいくら聞いてもおかしくないですよね?」
返事の代わりに頭を撫でた。言い負かされたとかそういうことは考えないようにしよう。
それからまた暫らく。体勢はそのままで、
「お風呂どうします?」
「どうすると言われてもだな」
お前は足が動かないわけだから、俺が抱えて行くことに……
「も、もう。変なこと考えてませんか? わたしは入らなくてもいいですよ」
お前のせいで考える羽目になったんだよ。そのくらい許してくれ。
「明さんがですよ。お風呂入りますよね?」
「んー、ああ、まあ」
どっちでもいいけどな。するとセンが俺から離れつつ、
「じゃあほらほら、沸かしてこないと」
「なんだよ急に? 好きな音はもういいのか?」
今までくっついてて急にどうした? もうお腹いっぱいってか?
お前のほうが先にギブアップとは予想外だな。と思って立ち上がろうとするがそんな筈もなく、
「!」
「…………えへへ、いってらっしゃい」
「ボタン押してくるだけなんだから一分もかからんだろうが……」
「あそっか。お風呂掃除は昨日したんだっけ」
「今日するとしてもたいして変わらない」
「変わらないならいいじゃないですか。どっちにしてもしてたってことで」
「はぁ……緊張感ねぇなあ」
頭を掻きながら背を向けると、
「できるだけ早く戻ってきてくださいね」
ちょっとだけ緊張感のある声が聞こえた。一分もかからないって言ってるのに。
だから俺は俺なりの場の和ませ方を試みてみる。
「戻ってきたら今度は『おかえり』っつってキスする気か?」
「明さんがお望みなら」
「してやるもんかよ馬鹿たれ」
「じゃあ自分で望むからいいですよー」
「逃げ場なしなんだな。じゃ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
もしかしたらセンも俺と同じく、俺が動くのを待っていたのかもしれない。
おかげで、上着がシャツ一枚だもんでセンが顔をうずめている辺りが涙で冷たいな、
なんて考えられる余裕ができるくらいにはなった。そんな余裕ができてやっと気付く。
動かないんだから当然と言えば当然だが、
センの足は俺がベッドから引きずり降ろした時の無理な体勢のままだった。
ちょっと苦しそうな感じがしたので手を掛けて普通に座ってるっぽい形にする。
足を動かし始めた時には気付いたようだが、
足に触れた瞬間には何も反応がなかったことが、解ってることとは言え悲しかった。
「あ、ありがとうございます……」
結果、更に密着することになる俺とセン。
それと同時にセンの顔が俺の胸から離れ、長い沈黙が終わる。
「もう大丈夫そうだな」
体の震えも既に止まっていた。自然に腕が緩む。どうやら俺はやっと安心できたらしい。
「はい。もう大丈夫です」
見上げる顔が、にっこりと微笑む。
シャツに涙が染み込んだおかげか泣き跡もない綺麗な笑顔だった。よくやった、シャツ。
「……お腹は、本当に空いてないですか?」
一度同じ質問に対してぶっきらぼうに答えたせいか、少し遠慮がちな声だった。
「実はな」
腹は減っていない。これはホントだ。
「広瀬家で出てきたポテトあるだろ。あれ、殆ど俺が一人で食ったんだ。
だからもう腹いっぱいで」
でもせめてこれくらいは理由をつけとかないと、結局また気を遣われそうだからな。
「ふふ。栄養面的には駄目駄目ですけどね」
「だな」
今晩は野菜炒めがおあずけだからな。残念だ。
「じゃあ、もうちょっとこのままで……」
「いくらでもどうぞ」
もうこの状況になって結構経つけどな。
「やっぱり落ち着きますね。この音は」
「そうかなあ」なんて思ったりするが、口にはしなかった。
だってお前が言う音ってのはこう……緊迫したシーンとかで使われたりしてるんだぞ?
顔の次は耳を俺の胸に押し当て、センが聞いてるその音とはつまり心臓の音。
俺の心臓に異常がなければその音は「どっくんどっくん」ってなとこだろうう。
「もう充分落ち着いたんじゃなかったのか?」
「じゃあ言い換えます。わたし、この音大好きです。
好きな音だったらいくら聞いてもおかしくないですよね?」
返事の代わりに頭を撫でた。言い負かされたとかそういうことは考えないようにしよう。
それからまた暫らく。体勢はそのままで、
「お風呂どうします?」
「どうすると言われてもだな」
お前は足が動かないわけだから、俺が抱えて行くことに……
「も、もう。変なこと考えてませんか? わたしは入らなくてもいいですよ」
お前のせいで考える羽目になったんだよ。そのくらい許してくれ。
「明さんがですよ。お風呂入りますよね?」
「んー、ああ、まあ」
どっちでもいいけどな。するとセンが俺から離れつつ、
「じゃあほらほら、沸かしてこないと」
「なんだよ急に? 好きな音はもういいのか?」
今までくっついてて急にどうした? もうお腹いっぱいってか?
お前のほうが先にギブアップとは予想外だな。と思って立ち上がろうとするがそんな筈もなく、
「!」
「…………えへへ、いってらっしゃい」
「ボタン押してくるだけなんだから一分もかからんだろうが……」
「あそっか。お風呂掃除は昨日したんだっけ」
「今日するとしてもたいして変わらない」
「変わらないならいいじゃないですか。どっちにしてもしてたってことで」
「はぁ……緊張感ねぇなあ」
頭を掻きながら背を向けると、
「できるだけ早く戻ってきてくださいね」
ちょっとだけ緊張感のある声が聞こえた。一分もかからないって言ってるのに。
だから俺は俺なりの場の和ませ方を試みてみる。
「戻ってきたら今度は『おかえり』っつってキスする気か?」
「明さんがお望みなら」
「してやるもんかよ馬鹿たれ」
「じゃあ自分で望むからいいですよー」
「逃げ場なしなんだな。じゃ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
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