私がそこまで答えた後、私とセンは暫らく黙って向かい合っていた。
黙ってはいるが、センは怒っている。その眼は確実に私を責めている眼だった。
『どうして自分一人で行ったのか。何故わたしを呼ばなかったのか』
呼べばあんたは力を使うから。
そうすればあの日のことを思い出してしまう筈だから。
私一人で終わらせられるなら、その方がいい。
……ここまでは口にしなかった。言わなくたって、センもそれは解ってると思う。
センが私を止めに来た理由も恐らく同じものだから。
『私にあの日のことを思い出させないために』
「春菜さんは確かにケンカが強いですよ!? でもそんなのなんの意味もない!
強くたって弱くたって、辛いのは同じじゃないですか!
なんでわたしに言ってくれないんですか!?
なんで自分で背負い込もうとするんですか!」
「あんたは、賽銭……あそこからもう出たのよ」
呆けた男が居るのを忘れていた。
言葉を選びなおしつつ、男にどこかに消えるように顎で促す。
男は気持ちふらふらしながら体育館の角に消えた。
「せっかく出たんだから、もういいじゃない。嫌なことは忘れて今の生活を楽しめば」
あの日からずっと閉じ篭って、閉じ篭ってることがあの日のことを思い出させて。
そんな長い五年間がやっと終わったんだから。
でもセンは、うつむかせた首を横に振る。
「忘れるなんて、できっこないですよ……春菜さんもそうなんでしょ?
できないからそんなに辛そうな顔してるんでしょ?」
「…………」
反論はできなかった。今の私が酷い顔をしているのも、
センを今回の件に巻き込ませまいとしたのも、忘れられないからだ。
忘れていれば、こんなことにはならない。
するとセンが顔を上げた。
「……わたし、決めました」
そう言った後、笑顔になる。
「忘れられないなら、克服しちゃいます。……なんで今までそうしなかったんでしょうね?」
あはは、と最後に苦笑を付け足して。
その笑顔も、おどけた言い回しも、その『克服』の第一歩ということなのだろう。
端から見れば「変わり身早すぎ!」と突っ込みが飛んできそうだけど、
もちろんまだ上っ面だけものだ。その証拠に、笑顔が不自然極まりない。
でも……
「本当ね。なんで今まで気がつかなかったのかしらね?」
私の笑顔も、多分とんでもなく不自然なんだろう。
「とりあえず、教室に帰りましょうか」
「はい!」
二人並んで歩き出すと、センは何やら悩み始めた。
もちろん笑顔はいきなり途切れる。
「どうしたの?」
私の笑顔も途切れる。と言っても、顔から力を抜いただけだけど。
思ったより疲れるわねこれ。
「あ、いえ、克服するに当たって……
その、明さんにあの日のことを打ち明けてみようかな、と」
こちらをちらちら、指をもじもじさせながら、意外な名前を出してきた。
「なんで? ……あ、別に駄目ってわけじゃないのよ?
私は構わないんだけど、どうして?」
知らないのなら知らないままでも問題ないと思うけど。
「や、やっぱり一緒に住んでるとたまたまそういう感じの話になっちゃったりしますし、
そういう時に気を使わせるのも悪いかなって。
それなら全部知っておいてもらう方がいいかなって」
「そうよねーそういうのはなくしていった方がいいかもねー。
いざって時にそんな話になっちゃったら嫌だもんねー」
「い、いざって、なにがいざ!? どどどどんな時のことを言ってるんですか!?」
顔が真っ赤になった。面白い。これは自然に笑えるわ。
「な、何笑ってるんですかぁ! そういうことじゃなくて!」
そういうことってどういうことかしら? 解ってるんじゃないの?
「明さんはわたしが人間じゃないって知ってて……す、好きになってくれたから……」
結局、似たようなことなのね。
「だから……あの日のことを黙っておくのはフェアじゃないと言うか……」
「と言うか?」
「わ、わたしのこと、もっと知って欲しいんです! 教えてあげたいんです!
辛い話も、楽しい話も、全部!」
……こっちが恥ずかしくなってきたわ……
黙ってはいるが、センは怒っている。その眼は確実に私を責めている眼だった。
『どうして自分一人で行ったのか。何故わたしを呼ばなかったのか』
呼べばあんたは力を使うから。
そうすればあの日のことを思い出してしまう筈だから。
私一人で終わらせられるなら、その方がいい。
……ここまでは口にしなかった。言わなくたって、センもそれは解ってると思う。
センが私を止めに来た理由も恐らく同じものだから。
『私にあの日のことを思い出させないために』
「春菜さんは確かにケンカが強いですよ!? でもそんなのなんの意味もない!
強くたって弱くたって、辛いのは同じじゃないですか!
なんでわたしに言ってくれないんですか!?
なんで自分で背負い込もうとするんですか!」
「あんたは、賽銭……あそこからもう出たのよ」
呆けた男が居るのを忘れていた。
言葉を選びなおしつつ、男にどこかに消えるように顎で促す。
男は気持ちふらふらしながら体育館の角に消えた。
「せっかく出たんだから、もういいじゃない。嫌なことは忘れて今の生活を楽しめば」
あの日からずっと閉じ篭って、閉じ篭ってることがあの日のことを思い出させて。
そんな長い五年間がやっと終わったんだから。
でもセンは、うつむかせた首を横に振る。
「忘れるなんて、できっこないですよ……春菜さんもそうなんでしょ?
できないからそんなに辛そうな顔してるんでしょ?」
「…………」
反論はできなかった。今の私が酷い顔をしているのも、
センを今回の件に巻き込ませまいとしたのも、忘れられないからだ。
忘れていれば、こんなことにはならない。
するとセンが顔を上げた。
「……わたし、決めました」
そう言った後、笑顔になる。
「忘れられないなら、克服しちゃいます。……なんで今までそうしなかったんでしょうね?」
あはは、と最後に苦笑を付け足して。
その笑顔も、おどけた言い回しも、その『克服』の第一歩ということなのだろう。
端から見れば「変わり身早すぎ!」と突っ込みが飛んできそうだけど、
もちろんまだ上っ面だけものだ。その証拠に、笑顔が不自然極まりない。
でも……
「本当ね。なんで今まで気がつかなかったのかしらね?」
私の笑顔も、多分とんでもなく不自然なんだろう。
「とりあえず、教室に帰りましょうか」
「はい!」
二人並んで歩き出すと、センは何やら悩み始めた。
もちろん笑顔はいきなり途切れる。
「どうしたの?」
私の笑顔も途切れる。と言っても、顔から力を抜いただけだけど。
思ったより疲れるわねこれ。
「あ、いえ、克服するに当たって……
その、明さんにあの日のことを打ち明けてみようかな、と」
こちらをちらちら、指をもじもじさせながら、意外な名前を出してきた。
「なんで? ……あ、別に駄目ってわけじゃないのよ?
私は構わないんだけど、どうして?」
知らないのなら知らないままでも問題ないと思うけど。
「や、やっぱり一緒に住んでるとたまたまそういう感じの話になっちゃったりしますし、
そういう時に気を使わせるのも悪いかなって。
それなら全部知っておいてもらう方がいいかなって」
「そうよねーそういうのはなくしていった方がいいかもねー。
いざって時にそんな話になっちゃったら嫌だもんねー」
「い、いざって、なにがいざ!? どどどどんな時のことを言ってるんですか!?」
顔が真っ赤になった。面白い。これは自然に笑えるわ。
「な、何笑ってるんですかぁ! そういうことじゃなくて!」
そういうことってどういうことかしら? 解ってるんじゃないの?
「明さんはわたしが人間じゃないって知ってて……す、好きになってくれたから……」
結局、似たようなことなのね。
「だから……あの日のことを黙っておくのはフェアじゃないと言うか……」
「と言うか?」
「わ、わたしのこと、もっと知って欲しいんです! 教えてあげたいんです!
辛い話も、楽しい話も、全部!」
……こっちが恥ずかしくなってきたわ……
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