goo blog サービス終了のお知らせ 

ブラスカル

元マラソンランナーですが、今や加齢と故障でお散歩専門、ブラタモリっぽく街歩きをしています。

南三陸町の現実

2012-04-18 08:21:21 | 震災・ボランティア
重機で泥が撤去され、瓦礫が一か所に積み上げられた以外は、震災直後と何も変わっていない街。
最後まで住民に避難を呼び掛けて津波にさらわれた女性が美談になった、あの災害対策本部もむき出しの鉄骨だけが残ったまま。


JRの気仙沼線でしょうか。
復旧に向けての作業の気配もありません。このまま廃線になるのでしょうか。


車もすっかり錆びてしまっています。


建物は残っていても、波に洗われて内装は何も残っていない。
廃材も屋根に残ったまま。


そしてお決まりの瓦礫の山。


塩害で枯れた木を見れば、水がどこまで来たか、すぐわかります。


他にも、屋根の上に乗った車や、丘の中腹に放置された漁船、撤去に金がかかるからそのままにしているとのこと。

平地に家が建たないのは「規制されているから」だそうで、同じ津波に流されても、丘の家は規制がないからリフォームや建て直しが進みつつある。
街全体を丘の上に移すのは事実上無理でしょうね。
山を削って、道路をつけて、インフラを整備して、、時間と金がどれだけかかるかわかりません。
例えば耐震型の集合住宅を平地に建てるとか、そういうアイディアはないのでしょうかね。
なんか、日本中が「決められない病」になっているような現実。
かくして街はそのまんま、人口の流出は進む。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 南三陸さんさん商店街 | トップ | 南三陸町で漁師さんに聴いた話 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

震災・ボランティア」カテゴリの最新記事