「不可視の両刃」放射線に挑む~英国大学院博士課程留学~

英国に留学して放射線研究に取り組む日本人医師ブログ

HIV治療薬AZT発売日

2018-03-19 | 雑記
先日、「日本との時差を考えてください」というメッセージを頂戴しました。つまり、こっちで日付ネタをやっても、日本では「その日はもう昨日なんだよね」ということだそうです。ということで、まだこちらは19日ですが、20日のネタを書くことにしました。

医学史的には3月20日はレトロビルの発売日です。

この世界初の抗HIV薬のおかげでエイズ患者の延命が出来るようになり、多くの方々がその恩恵を受けることが出来るようになりました。この薬自体は抗がん剤として合成されていたものの、1985年に「抗HIV作用を初めて見出した」のがアメリカ国立がん研究所 NCIに所属していた日本人医学者の満屋裕明博士でした(下記論文参照)。そして、アメリカ食品医薬品局FDAに認可され、1987年に抗HIV薬 Azidothymidine (AZT)、商品名レトロビル Retrovirとして発売されるようになったのです。

Mitsuya H, Weinhold KJ, Furman PA, St Clair MH, Lehrman SN, Gallo RC, Bolognesi D, Barry DW, Broder S. 3'-Azido-3'-deoxythymidine (BW A509U): an antiviral agent that inhibits the infectivity and cytopathic effect of human T-lymphotropic virus type III/lymphadenopathy-associated virus in vitro. Proc Natl Acad Sci U S A. 1985 Oct;82(20):7096-100.

Human Immunodeficiency Virus (HIV) ヒト免疫不全ウイルスに感染すると、体内の免疫細胞が破壊され、後天性免疫不全症候群(エイズ) Acquired immune deficiency syndrome (AIDS)の病態に至ります。AZTは、逆転写酵素阻害剤として、このHIVの増殖を妨げるのです。
世界中で数億人の罹患者がいると推測されているエイズですが、現在までにAZTをはじめとして様々な薬が開発され、しっかりとした治療を行うことが出来れば、その症状の進行は抑えられるようになりました。

その後、満屋先生は母校である熊本大学医学部第二内科講座の教授などを歴任され、日米を往復しながら研究を展開されてきました。かつて私の知人の熊大医出身の方に満屋先生について聞いたところ、「満屋先生は偉すぎて、忙しすぎて、医学部ではほとんど見かけなかった」とのことでした。医学部教授は忙しいのが常ですが、日本と米国で臨床にも研究にも取り組むというのは、たしかに超人的な忙しさだったろうと思います。

「満屋先生がノーベル賞を受賞するのはいつなのか?」という議論を日本人からときどき聞くことがあります。熊本大学も、自大学出身者として貴重な候補者でしょうから、後押ししたいところなのかもしれません。

私もその可能性はゼロではないとは思いますが、満屋先生は前哨戦となる国際医学賞を受賞されていらっしゃらないので、国際的な評価がイマイチよく判りません。すこし調べてみたところでは、当時の満屋先生の上司だったDr. Samuel BroderがAZTの抗HIV作用の発見者として認知されているようです(上記論文の最終著者ですね)。そもそも2008年にはHIV発見者らにノーベル生理学・医学賞が授与されていますし、さらにAZTに対して授与されるかというと、残念ながら、その可能性は現時点ではそれほど高くはないような気がします。もちろん満屋先生が開発に携わった抗HIV薬はAZTだけではなく他にも複数あるそうですが、私自身はウイルス学が専門ではないのでその業績の医学的重要性が判断出来ない面があります。
満屋先生もノーベル賞などの栄誉が欲しくて研究してきたわけではないでしょうし、「HIV研究の進展に日本人研究者の貢献があって、そうやって開発された薬によって世界の多くのエイズ患者の救命につながった」という事実だけを日本人としては喜べば良いのではないかと私としては思っています。


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