「みぃちゃん」といっしょ

ねこの「みぃちゃん」との暮らし。そして何かを思い、感じたこと。そして、やりたいことを見つけたいです。

講習10回目。

2005-09-01 17:21:35 | 介護
今日は高齢者や障害者の家族の理解と高齢者や障害者の心理について学んだ。
要介護にかかわらず、家族のありかたは社会の変化と関係しているということ。
高齢者だけの世帯が増えたことや
子どもに介助や経済的援助を期待している高齢者が少しずつ減ってきていること
子どもや孫とは距離をおいて暮らし、時々会いたいということ
介護作業?は専門職に依頼しても、話をするなど情緒的介護には
近親者を求めていること、など、昔の家族構成や世帯の形が変わってきているから
いざ、身内に要介護者が出た場合、すぐに介護できる身内がいない、という状態も
あるということ。
そんな中での家族での介護には相当なストレスがあって、体力的にも心理的にも
負担を軽くするサポートが必要だということ。

そのために福祉があるんだけど、福祉職員さんがそういった家庭を訪問し
専門的に分析して評価をして、どういった支援が必要か決めるという。
ケースワーカーという専門職の人が訪問するんだけど、各家庭の事情は
そう簡単にはわからないらしい。
講師の人はそういった家庭を訪問して話を聞くことが多いらしく、
家族とのコミュニケーションはとても大事だと話していた。

障害者の心理の時間に見たビデオでは、障害者自身が出て話しておられた。
男の方だった。
学校に上がる前は、みんなで一緒に遊べたのに、障害者ということで
学校に上がれず、それまで仲良く遊んでいた友達も離れていったという。
なんで一緒に学校へ行けないのかと、親を困らせたことも。
でもその方は負けずに生きてこられて、結婚もされて、お子さんと暮らしている。
どれほどの努力や困難があったでしょう。
でも、お子さんたちは何の差別もなく、お父さんに甘えている姿に
障害者は特別じゃないんだ、って感じた。

また、ひとりの障害者の方の話の中で、
駅で切符を買おうとして、なかなか動かない手で必死でやっていたとき、
「切符を買ってあげましょうか?」と聞かれて
本当はなかなか買えないでいるけれど、断ってしまったという。
その人は「買ってあげる」という言葉から受けた感情を話していた。
してあげる、というのは、障害のある人にとっては、とても屈辱的なことだと。
あわれみ、さげすみ、未熟さ・・・
聞いた人ももしかしたら、そんなつもりで言ったわけじゃないかもしれないけど
障害者本人にしてみれば、言葉ひとつにとても敏感に反応するということを
忘れてはいけないと感じた。

今日は心理的な勉強をしたが、高齢者も障害者もみんな同じ人間だということ。
でもやっぱり、少しだけ敏感になっている部分もあるということ。
コミュニケーションはとても大切だけど、言葉ひとつで違ってしまうことがあるから
まずは、相手の気持ちを考えること、
相手の思いを受容してあげること、
相手の立場になってみようとする気持ちを持つことなど、
いろんな気持ちを学んだ。

最後に・・・ごめんなさい
障害者、っていう言葉も、もしかしたら差別用語?的な感じがします。
でも他の言葉を知らないので使わせていただきました。

それから・・・
実は私、明日から介護施設でのデイサービスのバイト?に行きます。
とんとん決まってしまって、自信ないんだけど、何事も経験だと思うので
行ってきます。
・・・不安だ~・・・
コメント (12)
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