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草堂

Web Shop草堂で扱う作家、作品の紹介、イベントや新着商品のご案内、店長の周辺雑記を日々つづります。

おーづ 小津安二郎 サイレント~麦秋

2016-04-28 | 日本の映画

数年前から昭和10年~20年代の日本映画を見るようになって、その中でも小津安二郎に夢中になった。いや現在も継続しているので、夢中中なのだが、その中でも戦前の初期映画、『出来ごころ』、『浮草物語』、『東京の合唱(コーラス)』、『生れてはみたけれど』などの無声映画、いわゆるサイレントが特に好きだ。

原節子や笠智衆が主演で、いまでは小津の代表作になっている『東京物語』が発表されたのは昭和28年で、第二次世界大戦を跨いでいる、という時間の経過は大きい。小津もシンガポールで抑留され、現場に戻って来るのがかなり遅かった。復帰作の『長屋紳士録』(昭22)は戦前のサイレントと似た雰囲気があるものの、2年後の『晩春』では、小野寺の、間宮に向かって言う台詞「もう、すっかりいいのかい?紀ちゃん」に見られるように、戦争の辛い体験が薄れつつあることが分かる。

この『晩春』から始まって『麦秋』、『東京物語』の、原節子が演じた『紀子三部作』で、いわゆる『小津調』の様式が認識され、「小津の映画はこういうものだ」という観念が、見る側に固定したのだと思う。東京(または鎌倉)の中流家庭で、婚期を逃した娘に縁談話がきて……、みたいな。それに比べると、戦前のサイレントは、よく言えばバラエティーに富み、悪く言えばバラバラで、小津が若いこともあるが、役者も台詞(字幕)も音楽も元気で、イキイキしている。

小津は子役を使うのが好きで、それが「上品な小津調を壊す」と嫌う向きもあるが、菅原秀雄や突貫小僧が大好きな僕からしたら信じられない話だ。ついでに言うと、小津は上品を装っている作品(例:麦秋)の中に、およそご家庭向きとは言えない下ネタを投入する。家族で観覧後、「パパ、あのお寿司の話はどういう意味?」と娘に聞かれて、困惑するお父さん……。佐野周二が言う「変態か?」の台詞など、意味が分からない小学生も「なんか、このおじさん、へんなこと言ってる」と、ニュアンスは伝わる。演じている淡島千景は仕事といいながらセクハラを受けている、と今なら問題になるかもしれない、そういうイジワルを、小津はする人です。

『麦秋』の話が、どんどんしたくなってきた。戦後作られた中でもっとも好きな作品で、その年の芸術祭受賞作品で。冒頭の朝ごはんのシーンのリズムが素晴らしく、勇の蹴飛ばしたパンが二つに見事に割れて、菅井一郎が踏切で青空を見る場面がしみじみしていて、お茶の水の喫茶店の場面は何度も見たし、東山千恵子の「どんなとこに片付くんでしょうね」の声が良くて、僕も『チボー家の人々』読んだよ。

サイレントの話をしようと思って書き始めたけれど、思いがけず『麦秋』にスライドしてしまいました。志ん生の落語みたいですが。1200字を超えてしまったので、また出直してまいります(文楽のマネ)。


釜足を愛す、の記 藤原釜足 旅役者

2016-04-22 | 日本の映画

(数日前に、Jugemブログに書いた記事を補筆編集したものです)

成瀬巳喜男脚本監督で、藤原釜足主演の『旅役者』が大好きだ。藤原釜足という役者は、飄々としたオジイサン俳優だと思っていたが、それは僕が晩年の彼しか知らなかっただけで、主役を演じていた若い頃は結構いい男で、啖呵も切れて、アウトサイダーの硬骨漢といった風情が漂っている。こういう役者が、僕はカッコいいと思う。

とかなんとか言っても『旅役者』は喜劇で、旅芸人一座で馬の前脚を専門に演じる?男(釜足)の話だ。興行先の勧進元と揉め事を起こして、男は役(馬の脚ですが)を降ろされてしまう。話が逸れるが、代役?に出てくる本物の馬が実にいい馬で、芝居もうまい。男はやっかみ半分で「馬に、馬の脚が演じられるかっ!?」とヤケになって……と、まあ喜劇を文に起こすのもナンセンスなんだが、藤原釜足の魅力で十分説得力のある話になっています。なってないか?それと釜足が、本当に馬の脚が上手いんです。これが大いなる見どころになっている。芸の力、おそるべし。

地方回りのインチキ巡業で、座主の中村菊五郎を高勢実乗が演じている。客が「菊五郎は、中村、だったかな?」と怪しみ出し、内心ヒヤヒヤながら看板役者ヅラを押し通す、少しなよっとした歌舞伎役者を好演している。この稀代のコメディアンについては、色川武大の『怪しい来客簿』に詳しい。

同じ成瀬+釜足コンビで高峰秀子主演の『秀子の車掌さん』という名作もあります。高峰秀子がまだ子役の顔(『東京の合唱』と見比べたし)をしています。その映画でも釜足、カッコいいんだ。おそらく何時もカッコいい人だったんじゃないかと思う。

最後に彼を見たのは、伊丹十三の初監督作品『お葬式』だった。亡くなった友人のお通夜にやって来る、老人会のメンバーの一人だが、友達みんなに忘れられて誰もいない部屋に置いて行かれる、という設定だった。そうそう、この後まもなく亡くなったはずです。この映画には、ずっと前に引退した吉川満子も何十年ぶりかに出演している。宮本信子が、尾藤イサオの歌でおどる『東京だヨ、おっ母さん』が、綺麗な身振り手振りでよかった。