小津安二郎監督作品『東京の宿』は主演が坂本武の、いわゆる『喜八もの』の一篇で昭和10年に公開。共演が飯田蝶子(ここでも、かあやん)、岡田嘉子(美貌で子連れで宿無しの、謎の婦人)、突貫小僧(喜八の長男)など。
原作者のウィンザアト・モネはwithout money のことで、小津・池田忠雄(イケチュー)・荒田正男の合同ペンネーム。
戦前の小津映画を何本か見た人ならば、おなじみのよく似たシーンがいくつも出てくる。電信柱が延々と並んだ一本道、巨大なガスタンク、ランニングシャツで野原を走る突貫小僧、酔っ払ってヤケ気味に両手をパンパン打つ喜八。そしておなじみのクラブ歯磨き。
喜八が若いご婦人に一目惚れ、飯屋のかあやんが気を揉み、子供が病気に罹って入院費用に悩む……って、『出来ごころ』のプロットによく似ている。あと数年したら絶対混同している自信?があります。
岡田嘉子の『おたか』は、『風の中の雌鶏』の時子(田中絹代)と同一のイメージだとすると、飲み屋の酌婦といっても、もっとキワドイご商売をしているのだろう。娘の入院費用のための一回きり、だったのかもしれないが。
喜八が金を工面するために何をしたか?さえも映画の中で明示していない(警官が町内を捜査している、という暗喩)。
ほとんど小津の映画は見たことがない、という方にはもっと色々見た後で、とお勧めします。『出来ごころ』『風の中の牝鶏』を先に見てほしい。
いちばんの見せどころは、腹を減らせた喜八親子が野原で『食べてるつもり』のジェスチャーを演じる場面だ。突貫小僧の飯の盛り方が凄い!仕草といいテンポといい、ほんとうにイキイキしてる。小津だけでなく当時の監督がこぞって彼を使いたがった理由が、よくわかる。突貫小僧のファンは必見です。