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草堂

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東京の宿 小津安二郎 喜八もの 坂本武 岡田嘉子 飯田蝶子

2016-09-09 | 日本の映画

小津安二郎監督作品『東京の宿』は主演が坂本武の、いわゆる『喜八もの』の一篇で昭和10年に公開。共演が飯田蝶子(ここでも、かあやん)、岡田嘉子(美貌で子連れで宿無しの、謎の婦人)、突貫小僧(喜八の長男)など。

原作者のウィンザアト・モネはwithout money のことで、小津・池田忠雄(イケチュー)・荒田正男の合同ペンネーム。

戦前の小津映画を何本か見た人ならば、おなじみのよく似たシーンがいくつも出てくる。電信柱が延々と並んだ一本道、巨大なガスタンク、ランニングシャツで野原を走る突貫小僧、酔っ払ってヤケ気味に両手をパンパン打つ喜八。そしておなじみのクラブ歯磨き。

喜八が若いご婦人に一目惚れ、飯屋のかあやんが気を揉み、子供が病気に罹って入院費用に悩む……って、『出来ごころ』のプロットによく似ている。あと数年したら絶対混同している自信?があります。

岡田嘉子の『おたか』は、『風の中の雌鶏』の時子(田中絹代)と同一のイメージだとすると、飲み屋の酌婦といっても、もっとキワドイご商売をしているのだろう。娘の入院費用のための一回きり、だったのかもしれないが。

喜八が金を工面するために何をしたか?さえも映画の中で明示していない(警官が町内を捜査している、という暗喩)。

ほとんど小津の映画は見たことがない、という方にはもっと色々見た後で、とお勧めします。『出来ごころ』『風の中の牝鶏』を先に見てほしい。

いちばんの見せどころは、腹を減らせた喜八親子が野原で『食べてるつもり』のジェスチャーを演じる場面だ。突貫小僧の飯の盛り方が凄い!仕草といいテンポといい、ほんとうにイキイキしてる。小津だけでなく当時の監督がこぞって彼を使いたがった理由が、よくわかる。突貫小僧のファンは必見です。


池田忠雄 イケチュー 出来ごころ 浮草物語

2016-05-26 | 日本の映画

イケチューこと池田忠雄の書いた脚本のセリフが好きだ。セリフ、といっても『出来ごころ』『浮草物語』は戦前のサイレント映画で、字幕として出てくるわけだが、同じ小津映画の脚本家、野田高梧や北村小松と比べると明らかに下町っぽく、落語に出てくる長屋のようで楽しい。

イケチューは、坂本武と特に相性がいい。『出来ごころ』『浮草物語』の主演は坂本武で、池田忠雄の軽妙でキレのいいセリフとともに喜八(坂本武)がノリノリの芝居を見せてくれる。それで、意外と坂本武の二枚目ぶりがいい。『出来ごころ』は本人の勘違いだが、『浮草物語』は、設定からして二枚目だ(と思う)。

その、二枚目?喜八の言うセリフで、特に好きなのが「嬉しいことを、言ふぢゃないか」「可愛いことを、するぢゃないか」。娘が、惚れた男(喜八ではない)の窮地を救うため、何とか頑張ろうとする姿を見て、喜八がふと呟くのが「可愛いことを、するぢゃないか」。これはどう見ても二枚目でしょ?

戦後、小津の復帰作『長屋紳士録』の脚本を書いた後、イケチューは小津と決別する。決して書けなくなったわけではなく、ほかの監督に脚本を次々と提供している。しかも、イケチューの本の映画には坂本武、河村黎吉、吉川満子など、かつて小津の常連だった役者が出演している。イケチューと小津が別れた、というより小津が以前の仲間と別れた、といった方が正確だろう。


小津安二郎 登場人物の名前

2016-05-25 | 日本の映画

小津映画は、登場人物の名前がかなり固定している。原節子が『晩春』『麦秋』『東京物語』で全て『紀子』だったから、この三本は『紀子三部作』と呼ばれている。で、『紀子』の親友は、役者が替わっても(月丘夢路、淡島千景)『あや』。その原節子も、『秋日和』で未亡人(娘が司葉子)になると『秋子』になる。『晩春』で三宅邦子が演じた未亡人も『秋子』だった。

同様に『茂吉』『宗吉』は朴訥な年配の男性(佐分利信、笠智衆)で、『節子』は元気で現代的なお嬢さん(桑野通子、津島恵子)。男の子の兄弟が『稔と勇』。苗字も『間宮』『曾宮』『雨宮』など、『〇宮』が多い。それと『平山』『佐竹』も好きなのか、よく出てくる。

戦前、坂本武が主演した『喜八』もの(飯田蝶子が『かあやん』)以来の伝統だろうか。

これって落語と一緒ではないか。「落語のほうの登場人物は、ってえと八っつあんに熊さん、バカで与太郎、横丁のご隠居……」というのと同様だ。棟梁が政五郎、腕のいい職人が長兵衛で、二枚目は新吉。調子のいいのが建具屋の半公で、山出しの奉公人が権助。

だから、いくつか落語を聞くうちに、登場人物の名前から誰がどんなことをして、どんな物言いをするか、初めて聞く演目でも話が進行する前に、何となく全体像が見える(気がする)。すると、話の筋を追いかける気遣いをしなくていいので、噺家の話芸に早く没入できる。

小津安二郎の映画の登場人物が『落語』風に固定していたのも、そういう効能があったのではないだろうか。そのうえ、役者に勝手な芝居をさせない小津独特の演出が加わって、ますますモノトーンになっていく。それも一人語りの落語に似ている。

小津映画を文芸調という解説もあるけれど、佐分利信、中村伸郎、北竜二の重役トリオが相も変わらずふざけ合っている風景は、ハイブローな八っつあん熊さんに、僕には見える。


蓮見重彦 三島由紀夫賞 インタビュー

2016-05-22 | 日本の映画
いま、テレビのニュース番組で知ったが、蓮見重彦氏が三島由紀夫賞を受賞したそうだ。最高齢での受賞、がニュースなのでなく、不機嫌極まる記者会見の様子が面白い?ということらしい。

蓮見氏は、小津安二郎がほぼ無視されていた1970~80年代の映画評論の世界で、佐藤忠男氏とともに積極的に小津映画を称揚した、数少ない論客の一人だ。

今から見ると、二十数年前まで小津の映画は誰も省みなかった、という時代があったことすら信じられない。小津の映画(通ぶった人はシャシンという)は「退屈で時代遅れ」「大物俳優出演に頼りきったマンネリ」「社会的なメッセージがまるで無い」芸術でもなければ娯楽でもない、読み捨てられるべき中間小説のように、言われていた。

東大総長でありながら、一方でユニークな評論を発表してきた蓮見氏に「今のお気持ちを」なんて平凡な質問したって、ヘソを曲げるだけでしょ。でも期待どおりの曲げっぷり、お見事でした。

お茶漬の味、の味の濃さ  小津安二郎 佐分利信 木暮実千代

2016-04-29 | 日本の映画

『麦秋』と『東京物語』のあいだに公開された『お茶漬の味』はヒットを連続で飛ばしていた頃の小津作品にしては評判が悪い。『麦秋』が芸術祭文部大臣賞を受賞した翌年で、観客も『紀子シリーズ』の続編を期待したのだろう。

しかし出てきたのは佐分利信、木暮実千代という何とも濃い二人だ。この夫婦役が『お茶漬』とは……。むしろ、ステーキでしょう。この映画ではないが『暖流』の、佐分利木暮コンビのスチール写真が、本編を見るまでもなくこれだけでお腹一杯になる。そういう濃さが、小津ファンに疎まれるのかもしれない。

上流家庭育ちの妙子(木暮)は、夫の茂吉(佐分利)のすることが悉く野卑に見えて仕方ない。さまざまなすれ違いの後、或る事件が起きた深夜に二人でお茶漬を啜り、夫婦の情愛の機微に気付いた妙子が「あたし、悪かったわ……」と謝り、今までのぎくしゃくした関係が一気に好転する。というのがあらすじ。

あまりにも題名どおりのストーリー。「お茶漬けだ。夫婦はお茶漬けの味なんだ」、佐分利信の台詞も、こうやって抜き出すと「見なくてもわかる」と言われてしまいそうで、実際、僕も最初に見てから再び鑑賞するまで20年以上のブランクがあった。

台所で妙子がぬか漬けを刻んでいると、妻の袂が水に濡れないように、茂吉がそっと握ってやる場面がある。夫は、実は朴念仁じゃなかった、何でも知ってるし気が付いているんだ。けれど、気の強い(実はワガママなだけ)の妻に譲って、波風を立てずにやっていこうと思っていたわけだ。

佐分利信は、『戸田家の兄妹』でも計算尺を使って仕事をしている場面がある。であってもインテリに見えないのが、この男の魅力だ。どんなに穏やかにふるまっていても、うっすら野性の匂いが漂っている。笠智衆、佐田啓二が小津作品の『男の標準形』だとすると、二本の主演作がありながら、佐分利信は小津映画の中では異質な存在、といえる。

木暮実千代が、またイイ。和服にレエスの手袋で野球観戦が、彼女ならではの際どさがあって、なんともオシャレだ。木暮は『赤線地帯』、『祇園囃子』などの溝口作品で、気丈に生きながら最後に人の良さが出て失敗する職業婦人の役を好演している。この映画では、ワガママな家庭の主婦(しかし実家から未だに援助してもらっている)だが、やっぱり最後にへなっとなってしまうところが、彼女の魅力なんだろうか。

小津が描く女性たちは、外見が柔和でも芯が強い、というタイプが多く、それがファンに好評のようだ。木暮が小津作品にこれ一本しか出ていないのも、なんとなく分かる。