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モーツァルト「レクイエム」曲目解説

2019年01月21日 | pocknと音楽を語ろう!

モーツァルト作曲 レクイエム ニ短調 KV 626(レヴィン版)

W.A.Mozart / Requiem d-moll KV626 (R.Levin-Fassung)

レクイエムとは、本来はカトリック教会で執り行われる儀式「死者のためのミサ」で演奏されることを目的に書かれた典礼用の声楽曲です。歌詞はラテン語による典礼文が使われ(「キリエ」のみギリシャ語)、聖書に基づいた言葉や聖句そのものから成っています。通常のミサ曲同様に、神への賛美や、神と一体となることも歌われますが、レクイエムの大きな特徴は、聖書にある「最後の審判」の煉獄の描写と、その裁きから死者が救われ、永遠の安息を求める祈りの歌が入ることです。モーツァルトのレクイエムはこうした典礼のしきたりに従っていますが、死者の安息を祈る気持ちはクリスチャンに限らず共有できることに加え、作品自体の素晴らしさが人々を魅了して止まないのです。

レクイエムの作曲依頼が、匿名の使者を通じてモーツァルトのもとに届いたのは1791年の夏でした。後に、ヴァルゼック伯爵という貴族が、亡き妻の追悼のために、レクイエムを自作と偽って発表する意図であったことがわかりますが、モーツァルトは、相応の前金を受け取り、見知らぬ使者から頼まれたレクイエムの作曲に取りかかります。しかしその年の12月5日、しばらく病床にあったモーツァルトは、多くの未完部分を残したまま35歳の若さで世を去ってしまいました。

その直後から、遺された妻のコンスタンツェは残りの作曲料を受け取るべく未完部分の補筆依頼に奔走し、紆余曲折を経てモーツァルトの弟子とされるジュースマイヤーが補筆を引き受け、未完部分の殆どを完成させます。これがヴァルゼック伯の作として、妻の追悼ミサで初演されたのは1793年12月14日でした。しかし、これに先立つ同年1月2日に、コンスタンツェの企てによって「モーツァルト作」として依頼者の承諾なく初演された記録があります。

全曲のうち、ほぼモーツァルトの手による部分は、下記解説のⅠとⅡのみ。Ⅲ-①からⅣ-②までは、合唱と通奏低音、管弦楽のわずかな手がかりのみが書かれ(但しⅢ-⑥は、最初の8小節で中断)、その後の楽曲はスケッチすら残っていません。この欠落部分をジュースマイヤーが補筆したというのが定説で、これが「モーツァルトのレクイエム」として演奏されています。しかし、補筆部分が稚拙だとか、不十分という意見もあり、昔も今も様々な改訂版が作られています。本日は、なかでもモーツァルトの特徴がより生かされていると言われるレヴィン版を採用していますが、このレヴィン版を含めた多くの改訂版は、晩年のモーツァルトから多くを学んだジュースマイヤーの補筆を尊重することを基本としています。ジュースマイヤーが完成させたからこそ、この作品が人類にとっての不朽の遺産として200年以上演奏され続けているのです。

実際、作品はモーツァルト本来の魅力に加えてバッハやヘンデルなど古い時代の手法である対位法が多用され、更に、音楽は感情を露わにせず常に気高くあるべき、という信念で作曲していたモーツァルトが、心の闇や恐怖を音で表現するなど新たな境地を開き、音楽史における最高傑作の一つと位置づけられています。編成は、管弦楽、合唱、4人の声楽ソロ、オルガンで、モーツァルトの時代は神聖な楽器とされていたトロンボーンや、クラリネット属のなかで、より低い音域の曇った響きを持つバセットホルンが使われているのが特徴です*。全体は以下の楽曲構成となります。

Ⅰ イントロイトス(入祭唱)
葬列をイメージする前奏に導かれ、合唱が「彼らに永遠の安息を与えたまえ」と歌います。「光を照らしたまえ」の「照らす luceat」という言葉で、高い音(G)がソプラノパートに与えられ、天上から光が射すと、ソプラノソロによる神への清澄な「賛歌」が歌われ、合唱に引き継がれます。死者の安息を願う厳粛な祈りが表現された曲です。

Ⅱ キリエ
「主よ、憐れみたまえ」「キリストよ、憐れみたまえ」という言葉が、別々のメロディーに乗って二重フーガ**で繰り返し歌われます。死者の安息を神に懇願する強い気持ちが表れた緊迫した音楽です。

Ⅲ セクエンツィア(続唱)
世界の終末が訪れるとき、神により死者も全て呼び覚まされ、人類の罪が裁かれるという「最後の審判」の教えに則って、厳しい裁きの様子が描かれた部分で、以下の6曲で構成されています。
 Ⅲ-① ディエス・イレ(怒りの日) 灼熱を思わせる激烈な管弦楽と共に、合唱が塊となって最後の審判の煉獄の情景と人々のおののきを歌います。安息を得るために通らなければならない裁きの厳しさを、モーツァルトの音楽の中でも最大級の激しさで表現し、一つのクライマックスを築いています。
 Ⅲ-② トゥーバ・ミルム(不思議なラッパの響き) トロンボーンで象徴される「不思議なラッパ」の合図で、死者が審判の場に呼ばれて裁きが下ることを、バスを筆頭に4人のソリストが歌い継ぎます。最後は、正しい人でも不安を抱く厳しい裁きへの覚悟が、静かな祈りとして四重唱で歌われます。
 Ⅲ-③ レクス・トレメンデ(恐るべき王) 厳正な裁きを行う王(神)の威厳を表現した堂々たる楽曲です。合唱が「王よ Rex」と、叫びにも聞こえる呼びかけで、王の威光を歌い上げますが、一転して、「救いたまえ salva me」と慈悲を求める終盤では、人の弱さが音楽から滲み出ます。
 Ⅲ-④ レコルダーレ(思い出したまえ) 2本のバセットホルンの美しい絡みが弦に引き継がれ、ソリストによる四重唱が導かれます。「我がために身代わりとなりて罪を背負い、我を救いしことを思い出したまえ」と、イエスに救いを嘆願します。慈悲を願って祈る穏やかな曲調のなかにも、不安が影を落としています。
 Ⅲ-⑤ コンフターティス(呪われし者) 裁きの炎のように激しくユニゾンで上下行する弦と、ティンパニと共に咆哮する管楽器に乗って、「呪われし者が炎に引き渡されるとき」と大きな跳躍で恐怖を歌う男声合唱と、優しい弦の調べと共に「祝福された者と共に呼びたまえ」と、たった2度の音程の間を静かに動く女声合唱のコントラストが見事です。その後、音楽は深い祈りに沈んで行きます。
 Ⅲ-⑥ ラクリモーザ(涙の日) はらはらと舞い落ちる弦の断片で始まる「涙の日」は、8小節までしか音を残せなかったモーツァルトの魂が、肉体から離れることを惜しんでいるようにも聴こえます。そして、涙と共に辛い審判に臨む死者たちの安息を、合唱が我が身のように願います。半終止したあと、「アーメン(然り)」という言葉だけで歌われる祈りのフーガが続きます。このフーガは、1962年に発見されたモーツァルトの草稿を元に、今回の版の編者であるレヴィンが作曲したもので、レヴィン版の大きな特徴となっています。

Ⅳ オッフェルトリウム(奉献唱) 
聖書の記述に則り、パンとぶどう酒をキリストの身体と血に見立て、生贄として聖壇に奉げる儀式で演奏される楽曲で、以下の2曲で構成されています。
 Ⅳ-① ドミネ・イエズ(主、キリストよ) 煉獄の苦しみからの解放をキリストに訴え、祈る合唱を受けて、ソリスト達が「聖なる光へ導きたまえ」と続き、合唱が「主がアブラハム(イスラエル民族の祖)とその子孫に約束されたように」と、約束を果たすよう繰り返し懇願します。フーガが多用され、追い立てられる切迫感が伝わってきます。
 Ⅳ-② ホスティアス(生贄を) 明るく開放的な合唱で始まるこの曲では「主よ、汝に生贄と祈りを捧ぐ」と、奉献唱の内容が歌われますが、同じ歌詞が繰り返されるところで音楽がにわかに感情的になり、救いへの願いを訴えます。後半は、前の楽曲と同じフーガが繰り返されます。

Ⅴ サンクトゥス(聖なるかな) 
神を讃え、感謝を表す楽曲です。全曲のなかで異彩を放つほど祝祭的な気分を湛えています。ここでは、聖壇に捧げられたパンとぶどう酒が、司祭の祈りで聖体(キリストの肉と血)に変えられる儀式が進みます。後半の「オザンナ」(王への歓呼の言葉)によるフーガは、レヴィン版ではジュースマイヤー版に比べて倍以上に拡大されています。

Ⅵ ベネディクトゥス(ほむべきかな) 
パンとぶどう酒を聖体に変える聖霊の到来を祝い、キリストの再来と死者の復活への祈りが、4人のソリストによって静かにわき上がるような歌で表現されます。続いて合唱による「オザンナ」のフーガが再び歌われ、華やかに曲を閉じます。

Ⅶ アニュス・デイ(神の子羊) 
聖体に変えられたパンとぶどう酒を信者に配る準備をする際に歌われます。歌詞にある「子羊」は、生贄の象徴です。厳粛に歌われる「世の罪を除きたもう主よ」と、静かな祈りを歌う「彼らに安息を与えたまえ」との印象的な対比が繰り返されたあと、
「永遠に sempiternam」の部分では穏やかな表情に変わり、終曲へ橋渡しします。

Ⅷ コンムニオ(聖体拝領唱)
聖体となったパンとぶどう酒***を口にして、会衆がキリストと一体となることを確かめる「聖体拝領」で演奏され、死者の永遠の安息を祈ります。レクイエム最後のこの楽曲は、モーツァルトの手による冒頭の「イントロイトス」と「キリエ」の音楽が使われます。これは、モーツァルトが意図していたとも言われています。冒頭の曲が回帰することで、全曲の統一感が得られるだけでなく、作品を未完のまま世を去ったモーツァルトへの思いを高めつつ、壮大なフーガで全曲が閉じられます。

モーツァルトの亡骸は、ウィーンの街外れの聖マルクス墓地に共同埋葬され、遺骨の所在を確かめることはできませんが、モーツァルトの魂は、「レクイエム」を大切に引き継ぐ私たちをいつの世でも見守ってくれることでしょう。
(解説:「燦」合唱団員 高島豊)

*本日の演奏では、バセットホルンのパートをクラリネットで代用。
** フーガ:特定のテーマをパート間で模倣しつつ繰り返し、追いかけ合う特徴を持つ楽曲
***現在のミサでは、パンに代えてホスチア(「生贄」の意もあり)という小麦粉で作ったせんべいが使われる。

※本解説は、2019年1月12日にミューザ川崎シンフォニーホールで行われた、Musikfreunde 燦 第2回演奏会のプログラムから転載しました。

モツレクを歌う ~Musikfreunde "燦" 第2回演奏会~

ウィーン町中探訪 その3 ~モーツァルトの眠る聖マルクス墓地を訪ねる~

ベートーヴェン:「第9交響曲」曲目解説 ~Musikfreunde "燦" 第1回演奏会~

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