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足繁く通う演奏会の感想等でクラシック音楽を追求/面白すぎる台湾/イタリアやドイツの旅日記/「ドイツ留学相談室」併設

平成30年度 東京藝術大学大学院音楽科学位審査会公開演奏会より

2019年01月22日 | pocknのコンサート感想録2019
1月15日(火)平成30年度 東京藝術大学大学院音楽科(修士課程)
学位審査会公開演奏会
(独唱 一日目)

東京藝術大学 奏楽堂

芸大修士課程の学位審査会演奏会のうち、独唱部門の1日目を聴いた。学生生活の総決算の発表の場とも云える学生たちの真剣勝負の演奏は、どれも非常に高いレベルで、演目も演奏の個性も多彩で、大きな感銘を受けた。この日ステージに立った7人の演奏について感想を述べる。
Alto:横瀨まりの
「J.S.Bach《マタイ受難曲》におけるアルト・アリアの歌詞と音楽の関係」
(Pf:千葉かほる/Vn:重松彩乃)

J. S. Bach
《Matthäus-Passion》BWV244
 5. Recitativo "Du lieber Heiland du"
 6. Aria "Buß und Reu"
 39. Aria "Erbarme dich"
 51. Recitativo "Erbarm es Gott!"
 52. Aria "Können Tränen meiner Wangen"
 59. Recitativo "Ach Golgatha"
 60. Aria "Sehet, Jesus hat die Hand"


横瀨さんはマタイ受難曲に焦点を絞り、アルトが受け持つ楽曲を抜粋して演奏した。落ち着いた深みのある声で、表現は端正で丁寧。最初のアリア「懺悔と悔恨が」とそれに先立つレチタティーヴォでは、どちらかと言えば淡々と歌い進めたが、次の「憐れんでください」では情感たっぷりに人の弱さの悲哀や慈愛を切々と表現し、その次の「私の頬を流れる涙」は非常に厳しいアプローチで挑んで来た。最後の第60曲のアリアは、イエスに救われる幸福感が温かな表情で歌われた。演奏したのは「マタイ」のごく限られた楽曲ではあるが、それぞれを的確に表現したうえで、イエスの受難の物語の大きな流れのなかに位置付け、全体を見据えた演奏だと感じた。

近年は、マタイのアルトパートは男声アルトに取って代わられる傾向が強いが、横瀨さんの歌唱は、女声ならではの慈愛と温かみに溢れ、女声アルトとしての価値を示した。バッハの時代のスタイルにこだわりすぎて、バッハの宗教作品の演奏から女性を排除する傾向に一石を投じてもらいたい。ピアノは名伴奏者の千葉さん。最後のアリアでの合唱部分からは、”wohin?(どこへ?)”という心からの呼びかけが聴こえた。
Mezzo-Soprano:吉成文乃
「調性期シェーンベルクの作曲様式の変化
―1901年から1903年のベルリン滞在を踏まえて―」
(Pf:居福健太郎)

A. Schönberug
 Drüben geht die Sonne scheiden
 Mädchenfrühling
 Waldsonne Op.2-4
 《Brettl-Lieder》”Der genügsame Liebhaber”
 《Gurre-Lieder》”Tauben von Gurre !” (Lied der Waldtaube)

 
シェーンベルクを研究テーマとして取り組んできた吉成さんは、この作曲家の調性音楽期の作品でプログラムを構成した。独特の和声と半音階等を駆使して、妖しくて気だるく、ヴェールがかかったような音楽を、深い闇から、かすかだがくっきりとした光を当てて呼び覚ました。ブレのないストイックさを主体としながら、曇りのないクリアな美しい声で言葉を的確に伝えてくる。

それは、たとえばキャバレーソングなどで、もう少しくだけてもいいのでは、という印象も持ったが、最後の「グレの歌」からの大規模な「山鳩の歌」を聴いて、吉成さんが、プログラム全体を最終的にここに集約しようとした意図が伺えた。この壮大な叙事詩の、陰鬱で戦慄を覚えるシーンに真っ直ぐに挑み、語り手としての冷静さを保ちつつ、シェーンベルクが音楽に託した闇や鬼気迫る情景を、大きなダイナムズムで表現し、圧倒した。

ピアノを担当した居福さんは、プログラム前半で聴かせた微弱音の繊細な表情から、「山鳩の歌」での怒涛の迫力まで、幅広い表現で魅了した。ピアノの轟く最強音でも吉成さんの歌は存在感たっぷりで、両者による渾身の共演が実現した。
Tenore:金沢青児
「ベンジャミン・ブリテン《カンティクル第3番》における変奏の技法
―オペラ《ねじの回転》との関連を踏まえた考察―」
(Pf:髙木由雅/Hrn :伊藤明日香/Harp :石丸 瞳)

B. Britten
 《The Turn of the Screw》Op.54 Prologue
 Canticle Ⅲ”Still falls the Rain” Op.55
 Canticle Ⅴ”The Death of Saint Narcissus” Op.89

 
金沢さんと云えばバッハというイメージだが、修士の研究テーマはブリテン。去年の夏にはブリテンを中心にリサイタルも行っているそうで、古楽から現代まで、幅広いレパートリーに取り組んでいる様子は頼もしい限り。

金沢さんは、無調や調性が曖昧なブリテンの作品においても、持ち前の柔らかく滑らかでかつ繊細な声で、音楽の細部まで丁寧に表現して行く。そこには、いささかの曖昧さも残すことなく、リアルに鋭く詩と音楽に切り込んで行く姿を感じ、それが雄弁さを生み出していた。

ホルンやハープの共演もあって多彩さが増し、変奏曲形式で書かれたというカンティクル「まだ雨が降っている」では、テーマがどのように変奏されているかを耳で確かめることはできなかったが、様々な変容を重ねることによって生まれる音楽の懐の深さを伝えた。最後の最後に至って、独唱とホルンが巡り巡って同じ音に集約されるシーンは、安心感と共に静謐な空気に支配された。
Soprano:木和田絢香
「ピエトロ・チマーラの歌曲 ~詩と音楽から捉える表現法~」
(Pf:山口佳代)

P. Cimara
 Stornello
 La serenata
 Paesaggio
 A una rosa
 Scherzo
 Notturnino
 Le campane di Malines
 L'infinito

 
木和田さんの最初の一声を聴いて、上質のシルクを思わせる繊細で美しい声にたちまち引き寄せられてしまった。その歌は自然な息遣いに乗って、よどみなくホールの隅々まで無理なく伸びてゆく。歌詞は、どれも一度聴けばイメージできる平易な内容で、チマーラも奇をてらうことなく、詩から浮かんだイメージを素直に音楽にしている。オペラでリリックソプラノに与えられるアリアを思わせ、詩の情景が浮かんできた。

木和田さんは、こうした分かりやすくて親しみやすい音楽を、柔軟で細やかな感性で受け止め、持ち前の美声で伸びやかに、丁寧に歌い上げて行った。ときにたっぷりの情感を込めながらも、清楚さを失わず、言葉の持つ魅力を大切に伝える姿に大いに好感を持った。
Soprano:吉澤 淳
「フーゴー・ヴォルフ《イタリア歌曲集》における演劇性
―コンサートにおける曲順変更による演劇性の獲得―」
(Pf:千葉かほる)

H. Wolf
 《Italienisches Liederbuch》
1. Auch kleine Dinge können uns entzücken
20. Mein Liebster singt am Haus im Mondenscheine
40. O wär’ dein Haus durchsichtig wie ein Glas
32. Was soll der Zorn, mein Schatz
19. Wir haben beide lange Zeit geschwiegen
36. Wenn du, mein Liebster, steigst zum Himmel auf

6. Wer rief dich denn ?
11. Wie lange schon war immer mein Verlangen
15. Mein Liebster ist so klein
21. Man sagt mir, deine Mutter woll’ es nicht
12. Nein, junger Herr
45. Verschling’ der Abgrund meines Liebsten Hütte
46. Ich hab’ in Penna einen Liebsten wohnen

 
ソプラノの吉澤さんは、ウォルフのイタリア歌曲集から女性が主人公の歌を選び、歌の性格で2部に分けて披露。一方では一人の男をひたすら愛する純粋で一途な女を、もう一方では多くの男たちを手玉に取り、弄ぶ奔放な女を見事に歌い分けた。その性格描写は実に堂に入り、艶やかな魅力的な声で、ぎゅっと凝縮された密度の濃い歌を聴かせた。

吉澤さんの歌の持ち味は、音楽のエッセンスや味わいをコンパクトに結晶させ、そこから強い個性を発光するところにあると感じた。そうした、歌に表れるツヤや輝きは言葉そのものも輝かせ、女ごころを生き生きと描写した。後半の「奔放な女」編での茶目っ気たっぷりの表情や、「いい女」の魔力的な表現からはとりわけ強いインパクトを受けた。
Mezzo-Soprano:與石まりあ
「J.W.v.ゲーテ作「きみ知るや南の国」と歌曲作品
―H.ヴォルフの歌曲を中心に―」
(Pf:髙木由雅)

R. Schumann
 《Lieder und Gesänge aus Wilhelm Meister》Op.98
 Kennst du das Land
 Nur wer die Sehnsucht kennt
 Heiß mich nicht reden

H. Wolf
 《Lieder nach Gedichten von Goethe》
 Mignon Ⅰ
 Mignon Ⅱ
 Mignon

 
昨夏の藝祭で聴いたゼレンカの奉納ミサでのソロの好印象が焼きついている與石さんが、ゲーテのミニョンの同じ詩に作曲したシューマンとウォルフの歌を、3曲ずつ並べる興味深い試みを行った。興石さんの演奏が始まって真っ先に感じたのが、ドイツ語の発音の深さと濃さ。言葉も明瞭に聞こえ、魂がこもっているのを感じた。シューマンの「語れと言わないで」の最後で、胸に深く迫ってきた"Gott"(神さま)という言葉の重みも忘れ難い。

歌唱表現は濃厚で、音楽を大きく捉え、ダイナミックに、心の底から沸き上がるように情景や情感を歌い上げる。シューマンでのファンタジー、ウォルフでのリアリティーと云った描き分けも見事で、興石さんの強い個性も発揮された完成度の高い演奏が実現した。
Soprano:吉田早穂
「アルファーノが投影するタゴールの世界
―3つの作品を中心に―」
(Pf:牧口純子)

F. Alfano
 《Tre liriche di Tagore》
 1. Perché, allo spuntar del giorno
 2. Finisci l’ultimo canto
 3. Giorno per giorno
 《Sette liriche》
 5. Se taci
 《Luce》
 Opera《Risurrezione》
 "Glunge il treno~Dio pietoso"

 
吉田さんは、他の演奏者が聴衆用に配布したような解説付き歌詞対訳の配布がなく、終演後に日本語のプログラムが配られたが、演奏は総合パンフレットに記載された原語の曲目の情報のみで聴くこととなった。Alfanoという作曲家も曲も知らなかったので、他の演奏者と同じ条件で聞くことはできなかった。そのため感想もより簡単になってしまうが、まず吉田さんの声の魅力に引き込まれた。艶やかで美しく、ソリストとしてのインパクトが強い。イタリア語の曲名で意味がわかる単語から、熱く問いかけていたり、何か決意したりしているのかな、と勝手に想像しながらきいたが、オペラの主役のようなアピール力を持ち合わせている歌い手だと感じた。
藝祭2018 ゼレンカ/奉納ミサ他(2018.9.9 東京藝術大学)
♪ブログ管理人の作曲♪
合唱曲「野ばら」(YouTube)
中村雅夫指揮 ベーレンコール
金子みすゞ作詞「さびしいとき」(YouTube)
金子みすゞ作詞「鯨法会」(YouTube)
以上2曲 MS:小泉詠子/Pf:田中梢
「森の詩」~ヴォカリーズ、チェロ、ピアノのためのトリオ~(YouTube)
MS:小泉詠子/Vc:山口徳花/Pf:奥村志緒美

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