気ままな今日のひとりごと

日々の出来事や感じたことを自由に書きます

これで最後にします

2018-07-13 09:21:48 | 日記

前回、職場の後輩のことを書きました。後輩のことはなるべく頭から切り離そうとするのですが、なんせ一緒の職場なので、どうしても存在が気になり、わたしらに影響もあり、ストレスに感じるんだけど、書くと自分の気持ちがネガティブなのがすごく嫌で。
だから、ここに全~部書いてしまおうと思います。
そして、今回で最後にします!
だから思いきり吐き出すよ~!
長いよ~~笑

4月から新年度が始まり、まず始まったことが「体調不良の突発休」。
前年度に使い果たした年休が、新年度で20日支給されたから。
うちの会社には一日の半分休める「半休」という年休取得制度があり、後輩はまず「体調悪いので午前半休いただきます」との連絡が入り、しばらくすると「やはり体調よくならないのでおやすみします」がいつものパターンである。
前回書いた通り、理由は自分はいろいろ体に問題を抱えている、とのスタンスで
毎回悪い部所が違う。

3月からTさんが体調を崩し暫く休むことになった。ひとりの欠員が一般職の私たち3人には影響が大きく早遅のシフトもあるため、私は急遽直近金曜日の半休取得をやめた。その金曜日。
後輩は、体調悪いと半休→全休み
をとった。私が半休のままなら一般職は1名になってしまい職場は回らないため絶対休まないであろう状況だった。
むむむ…

翌週の月曜「おはよーございまーす!」と呑気に遅番で出勤した後輩。
僅かに期待していた「先週はすみませんでした」らしき言葉も態度もなく、元気いっぱい。職場の皆ももう相手にしてない。
私は、いままで彼女のそういう裏のある言動を疑う自分を責めることもあり常に葛藤していたのだが
今回のことは私が出勤したから彼女は突発休を選択したことは明確であったので、言ってみた。

ちょっといいかな?
先週あなたが突発休したことだけど、まず言うことがあると思うよ。突発して職場に迷惑かけたでしょ。
それから、あの日私が半休とったままだったら、あなたは休んだかな~?
私は休まなかったと思うんだけど、どうかな?私が出勤するから休んでもいいかな、って気持ちになったんじゃないの?この1年あなたを見てきて思うけど、突発がすごく多いよね。
プライベートのことまで口出すつもりないけど、昔からあなたを知ってる私としては、自己管理が足りないんじゃないかと思う。自分にすごく甘いんじゃないの?みんなに迷惑かけてるよ。あなたのそういうところで私は信頼関係が築けないなと思ってる。

私が話してる間、目をうるうるさせてじっと神妙に聞いている。
そして「申し訳ありませんでした!」

このことがあった少し前、彼女は仕事中時間があればLINEで誰かとやりとりしてていた。何度も間違いないか確認してから「仕事中でしょ、やめてくれないかな」と注意した。
そのときも「申し訳ありません!」と謝った。

しかし…

それから
しばらくして、ノートに挟んでコソコソLINEしているのを何度も目撃。止める気がなさそうなので、それも注意した。
「申し訳ありません!」
そのあとは、席を外すとなかなか戻らなくなった。

あいつの「申し訳ありません」は
ほんとに口先だけなのだ!

そして、まだ、あったのだ。

シフトは後輩が毎月作っているんだが。
うちの仕事はカレンダー通りなので
主に早番と遅番の割り振りだけなのだが…。具体的には一般職3人と管理者3人がペアで遅番になるのを回数を片寄らないように配分してる、と思ってた。

ある日、もうひとりの同僚が教えてくれた。

「知ってる?TAさんさ、毎週月曜は全部遅番、金曜は全部早番なんだよね…」
これはどういうことかと言うと、一般職は毎日朝礼で前日の他部署からのメールを共有する当番があるのだが、月曜は金土日の3日分あるため内容説明のボリュームが多いのだ。金曜は毎週誰かと飲みに行くらしいので早く帰りたいのだろう。

「うーむ!でも、偶然かもよぉ」
そこまでやるかなと実際思った。
次のシフトも見て考えようと思った。

で、次のシフトが張り出されると、
やはり、偶然ではない。

あのやろー!!

シフトは別にどうでもいいんだが
やりたいようにさせたくなかった。

課長に報告。
課長「気がつかなかった!」

近々担当を見直すそうである。

一昨日、私は次のシフトの金曜日に「早」と希望を入れてみた。控えめに2回笑
予定はないけどいぢわるしてみた。
それを見たであろう後輩は落ち着かない様子である笑
もうひとりの同僚に全日被せるのか、楽しみである。

あー、ちょっとすっきりした!
なんかあったら、この記事見て
すっきりしよっと!


人生の選択

2018-03-10 23:48:27 | 日記
職場の後輩はいわゆる劣等コンプレックスの典型。
劣等コンプレックスとは、
『人生の課題への対処を避ける口実として劣等感を使うこと』である。

後輩は
母子家庭で父親を知らずに育ち、
若くして子宮がんで子宮を全摘出。
夫の浮気が原因で離婚。
母親は元旦に急死、その他諸々…
という過去を持つ。

4年前は
仕事中に自分の過去を枕詞に意味なく話題にしていた後輩。

例えば、一般的な子供の話題のとき
「私は子宮がないので子供を生めない体だからよくわからないけど」
落ち込んでいるとき
「旦那が浮気しなければ私の人生は…」
年末年始の話題で
「元旦に母を亡くしたんで…」
親の話のとき
「父の顔を知らないので…」
これらの出だしのあとに続く話は
全く脈略がなく
思うに「私かわいそうでしょ、でも健気に頑張ってるでしょ」アピールとしか思えないもので

確かに普通ではない壮絶な人生なのかも知れないが
人にぺらぺら話すことではない。

私は「で?」と心で思いながらも
「ふ~ん」とスルーしていた。

あるとき、うちの部署に胃ガンで胃を全摘した方が復職し職場復帰に頑張っていたとき、
「旦那にも浮気されて離婚するはめになり、子宮もないから子供も生めない。これからの人生が辛い」とその方にわざわざ聞こえるように切々と話したことがあった。(仕事中)

私はさすがに切れて
「あんたね~いい加減にしな!
みんなね、人それぞれ辛いことや重たいこと抱えてそれでもじっと堪えて生きてんだよ!
自分がこの世で一番不幸だなんて思いなさんなよ!」

「…はーい」

それから4年がたち
さすがに少しは成長したかと思っていたが、今日久々に笑ってしまった。

上司との業務会話で「あ…」
上司「ん?なに?」
「今日は母の誕生日だって気がつきました」
上司無言
「いくつになったんだろ…」
上司無言

「だから?で?今それ言うこと?」(隣で聞いていた私の心の声)

ちなみに
私の父も元旦に急死しているが、
それを知った彼女は
「母が元旦に亡くなった」は
使えないと思ったか言わなくなった笑

この子はこれからもこうやって生きていくんだろう
年はそろそろ50?くらいになったかと。

毎年20日いただく年休は、
ほとんどが体調不良の突発休で消化する。

元来性格は世話好きで明るくて多分頭も良くて笑顔が弾ける可愛いお顔。

なのに、自分の過去を「売り物」にしてしまっている。
生きる上で手放せない「悲惨な過去」

手放してしまえば違った人生が送れると思うのだが、もう無理だろうな。

過去にどんなことがあっても、
そこに囚われずにどう生きていくかで
人の人生は変わるものだ、と
私は思う。

過去を引きずり言い訳にするか
過去を受け入れて言い訳にしないで生きるか。
(過去を受け入れられれば言い訳になんて思いもしない、か)

その人の選択次第だ。

どっちを取るかで人の一生はまったく違うものになるなあ。

4年前はそんな後輩がストレスだった私だけど今は自分のペースを保てている。

私もある意味選択が出来るようになった、のかな。












気を使う野良

2017-11-10 13:31:11 | 日記
野良猫3にゃんは、すごくたくさんの人たちに愛されている。

19時過ぎ、必ず特定の場所で待っているのは、以前この3匹をすごく可愛がっているお爺さんがいて、ご飯を持ってくる時間だったのではないか、3匹とも去勢か避妊手術済みなのは保護団体の人が、そのお爺さんの協力を得て出来たことなのだ、白黒ちゃんは牝で過去に出産経験がある、など、毎日ご飯をあげていると、声をかけてくれる人がいて、いろいろと教えてくれる。
そのお爺さんは最近見かけないそうだ。
3にゃん、お爺さんを待ってるのかな。

私も毎日ご飯をあげるので、3にゃんに頼りにされている(と思う)
私が顔を出すと、ものすごい早さで足元まで来てご挨拶、そして「早く行こ!」とご飯場まで先導してゴムまりのように走る。
ちょっと時間に遅れると、待ち伏せして私が気づく前に「(遅かった)にゃ~!」と出迎える。
雨の日は、屋根のある場所で肩を寄せあい待っている。

愛されてるから、すでに先客がご飯をあげている時もある。
そんなときは、様子を見て話しかけたり、そのままそっと帰ったりする。

昨夜も先客がいた。
柵のなかに入って、お皿にご飯を分けてあげている。柵のなかまで入る人はなかなかいない。猫たちにも全く警戒心がない。
後ろ姿で暗いからはっきり分からないが、高齢の男性だ。
ん?もしかして、噂のお爺さん?

ゆっくりと通り過ぎながら遠目を凝らしてると、白黒ちゃんと目が合った。

「あ!おばさんだ」って感じで首を伸ばした。
で、一瞬こちらに体勢を向けるが、
明らかにどうしようか迷ってる。
固まる体が左右にゆれた。

私は手で「ストップ」をして
来なくていいよと合図した。

そしたら、安心したみたいにご飯を食べ始めた。

それでいいんだよ。

みんなに、愛されてるんだから。
そのときの愛を受けとめて、ね!

そして、元気で長生きしてね
と思うのである。


2年が過ぎてやっと…

2017-11-09 06:27:40 | 日記
いままで我が家の年賀状は、パズゥ、シータ、くぅ、3にゃんの写真を載せたものでした。
パズゥだけの年賀状から、シータが加わり、くぅが加わって行った。

それが2年前、パズゥが死んでしまい、年賀状が作れなくなった。
亡くなった年は、喪中にしようか迷い(汗)、いくらなんでもそれはやめて、なんとか作ろうとしたが気持ちが向かず、以前年賀状作りに使った和紙を使い「猫なし」の年賀状をやっと作った。

昨年末もパズゥがいない年賀状をどうしても作る気持ちになれず、市販の売れ残りの酉のスタンプで乗り切った。

パズゥがいない喪失感。
シータとくぅが目の前にいるのに、
なんだかピンぼけ写真のようで、
その先にいつもパズゥを探していた。

決まった時間にご飯を催促するパズゥがいなくなり、休みの日の私の生活パターンは崩れ、シータとくぅもご飯を催促してくれる存在がいなくなり、黙ってご飯を待つ日もあった。

それがいつからか、くぅが激しくニャーニャー催促するようになった。
休みの日、私が起きないと上から下から横から歩き回り大声で催促。それでも起きないと旦那に訴え助けを求める(ここはパズゥと同じ 笑)

シータは、ご飯をだしても暫く姿を現さず、パズゥとシータの残りを食べていたが、最近は私がご飯の支度を始めると近くで待つようになった。

「私たちはここにいるよ」

うん、わかってる。
分かるんだけど…ごめんね
目をゴシゴシこすってピンぼけを直そうとしても、ダメなの
…暫くそんな感じだった。

でも、最近ふと、今年はすっきりとシータとくぅの年賀状を作ろうという気持ちになってることに気づいた。

さあ!どんな年賀状を作ろうか!と思う。

うんと可愛いのを載せたいと思う。

2年が過ぎ、やっとこさ立ち直れたのかな~?

情けないママちゃんで、弱いママちゃんでごめんね~😣

でも、もう大丈夫、きっと大丈夫!

今はもうピンぼけしてない、シータとくぅが目の前にいる!








想定外のことのその後

2017-10-23 21:50:02 | 日記
私に対するTさんの態度は硬化していったけど、一度きちんと話がしたくて、お昼一緒に行ってもいいか、お茶してもいいかとコンタクトを取るものの、返事は「銀行に行くから」「○○だから」と断られ、仕事中も私の声に舌打ちで反応し、目を合わさない、という日々が続いた。
思いきって夜携帯に電話してみるが、出なかった。
でも、私から何かしらのアプローチの後は妙にハイテンションのTさん。私にどうしてほしいのか、何を考えてるのかわからなくなりしばらく様子を見ることに。

いままで、私以外の人とはほとんど自ら混じらなかったTさんが、私との関係が悪化すると、嫌っていた人に話かける姿を見て、
人はひとりでは生きていけないよね、と思う。

もうひとり女性がいるが
その子への態度は変わらない。
期間限定で別の業務を任されている女課長とは、よく言い合いをしてたらしい。
私も以前Tさんからはこのふたりのことはよく聞かされていた。
私もその二人と同じ枠のなかに入ったということか。

そう判断したのなら
仕方がない。

私の変化がそう思わせたのね。

Tさんにしたら、寂しいことだったのかも知れないね。

でも、私はもとには戻らないよ。

以前が間違っていたと思うから。