こんばんは。前回のエントリーでB-Hカーブのことで質問をいただきましたが、当初あまりに専門的になり過ぎるのでパスしようかと思っていましたが、やはり少し説明をしておくことにします。ここからは数式が出てきたりして、少し硬い話になるので、興味の無い方はスルーしてくださいね。
前回ご紹介したB-Hカーブは、いろいろなマグネットの材質の違いが分かるように1枚のグラフに書かれていたため、ちょっと各データが見難い感じでしたが、実際に設計で使うB-Hカーブには上図のように設計に必須のパーミアンス係数が書かれています。図の左側面から上部外側に書かれているのがパーミアンス係数(一般にP/μ0で書かれています)ですが、これを使ってマグネットの動作条件を示す動作点をだすことができます。パーミアンス係数(P)の数式は下記になります。
P = Bm ÷ Hm ÷ μ0
= Ag x lm ÷ lg ÷ Am x σ ÷ f
Bm= 動作点でのB
Hm= 動作点でのH
μ0 = 真空中の透磁率
Ag = 磁気ギャップの断面積
lm = マグネットの高さ
lg = 磁気ギャップの長さ
Am= マグネットの断面積
σ = 漏れ係数
f = 起磁力損失係数(磁気回路の磁気抵抗に起因する係数で一般的には1.1~1.3で計算する)
この中で、漏れ係数σは正確に計算するには磁気回路の各寸法から複雑な計算式で出しますが、一般の設計では経験値から数値を入れたりすることが多く、他の数値ほど大きく変化しないのでここでの説明は割愛します。(実際のユニット設計では、最初仮定のσ、f を入れて計算し、出てきた結果からそれを入れなおして再計算ということを何回か繰り返して精度を上げていきます)
パーミアンス係数を大きく左右するのは上記の下線部のマグネット寸法と磁気ギャップ寸法ですが、ギャップ寸法はボイスコイル径や線径等である程度最初に決まるので、ユニット設計的にはマグネット寸法が一番支配的になります。(もちろん、予算の都合や標準部品の関係などでは磁気ギャップ部を変更する場合もあります) つまり式を見てもお分かりのように、高い(厚い)マグネットはパーミアンス係数が大きくなり、逆に断面積の大きいマグネットはパーミアンスが小さくなります。
B-Hカーブの使い方としては、先ず使う磁気回路の寸法からパーミアンス係数を計算し、その数値のところとグラフの原点を直線で結びます。この直線とB-Hカーブの交点がそのマグネットの動作点で、その時のBmがギャップの磁束計算に使われます。ちなみに上のB-Hカーブは以前にメーカーから入手したもので、アルニコ5DGというグレードのものですが、量産のバラツキの上限値と下限値が書かれています。今日は分かりやすくするため下限値(下の方の線)を使って説明しますが、図の例で言えばP=19の時、Bm=10kGとなります。
では次にスピーカーユニットで一番重要なギャップの磁束密度(Bg)の計算式について説明しましょう。この磁束密度とは車で言えばエンジンの馬力みたいなもので、スピーカーユニットの力の源泉となります。
Bg = Bm x Am ÷ Ag ÷ σ
この式を見ても分かるように、BgはBmの小さいマグネットの場合は断面積(Am)を大きくする必要があり、フェライトのようなBmの低いマグネットでは面積をかせぐために、どうしても外磁型を使うことになります。逆にアルニコのように全体にBmの高いマグネットではマグネットの断面積はそんなに大きなものが必要でないので、内磁型に向いています。ここでちょっと具体的な例で説明しましょう。
この図で赤のアルニコ5をP=20の状態で使った場合Bm=10,000となり、これと同じBgをフェライトで得るためには、例えばBHmax(マグネットの使用効率が最大になるポイント)であるP=1.2で使ったとしてBm=2,000しかないため、マグネットの断面積はアルニコ5に比べて5倍もの大きいものを使わなければいけません。またこれはもれ係数σが同じとしての話で、実際はマグネット径が大きくなると更にσが大きくなるため、更に大きなマグネットを使う必要があります。内磁型の場合は更に大きなツボヨークを使うことになり、コスト的には非常に難しいということになります。結論として、B-Hカーブがねているマグネットは外磁型の方が効率がよく、内磁型にはあまり向かない。逆にカーブが立っているものは面積よりも高さが必要で内磁型の方が効率がいいことになります。例外としては、ネオジムのようにカーブはねているものの全体にBが高いものは内磁型での使用も可能ですが、この辺の詳しいお話は次回にしましょう。
アルニコで外磁型の場合、マグネット内径をボイスコイル径よりも大きくする必要があるため、マグネット外径は内磁型の場合に比べかなり大きくなり、またもれ係数も増えることで効率も悪化するため、結果として同じBgを得るためにはより大型のマグネットが必要となります。
さてここまでで、何とかB-Hカーブと動作点のことを理解していただけたでしょうか? 細かいことが分からない場合でも、最後のカーブの形と外磁型、内磁型との関係だけでもイメージとして覚えていただければ幸いです。簡単なイメージで言えば、B-Hカーブの形(図の斜線部)の形が使うマグネットの断面形状に似てくると覚えておいてもいいかと思います。で、実際の設計ではマグネットごとに減磁に関して設計上注意することがあるのですが、それについては次回お話しましょう。いやぁ、それにしてもこの手の細かい計算式はパソコンに計算プログラムを入れておいてやるので、手計算などは最近やらず、細かい式などは忘れている部分も結構あったりして、整理するのに苦労しました。なんか、学生時代のレポート提出をした感じです。(^^;
なお今回の記事はメーカー様からいただいたデータなども含まれるため、無断複写・転載は禁止とさせていただきますのでご了承ください。では今日はこの辺で。
相変わらず脳ミソの具合が悪いので、なんとか最後まで読み終えましたが、二つ質問があります。
一つめは、アルニコVの場合もBa系フェライトの場合も、原点から引いた直線が、B-Hカーブの変化率が急激に変わるポイントを通るように引かれていて、しかも、下図ではそのポイントがBHmaxに相当するように読めるのですが、これは何か関係があるのでしょうか。
二つめは、もしBHmaxとB-Hカーブとの間にそのような関係があるとすると、実際のユニットでは長さも断面積も大変な大きさをもち、それゆえに内磁型といっても側面のヨークはほとんどペラペラで、磁気ギャップへ向かう天面には、それこそ非常に分厚いパーメンジュール(軟磁性・高透磁率材料・超高価)を使っていることを誇るものをいくつか知っていますが、こういったユニットはあまり効率的なユニットとはいえない(特に、音質に対して得られる効果と投入するコストとの関係では)ともいえるのでしょうか。
まったくピント外れのお話しでしたら、お詫び申し上げます。
慣れないことをやろうとすると、すぐ落っことしちゃうもので……。
二つめの質問に出てくるユニットは、当然内磁型でアルニコを○○kg(中には、一人ではとうてい持ち上げられないような重量をもつこともしばしば……うっかりポケットにクリップでも入ってたらどうするんだろ?)も使い……などとうたっているのが普通ですね。
これは大学だと何学科になるのでしょうか?
アルニコが小さくて大きい力を得るぐらいの意味しかわかってません^^;
>B-Hカーブの変化率が急激に変わるポイントを通るように引かれていて
この点を屈曲点と言いますが、マグネットの種類によってはないものもあります。
>下図ではそのポイントがBHmaxに相当するように読めるのですが
屈曲点をもつタイプのマグネットはその付近がBHmaxになることが多いと思います。
>側面のヨークはほとんどペラペラで、磁気ギャップへ向かう天面には、それこそ非常に分厚いパーメンジュール(軟磁性・高透磁率材料・超高価)を使っていることを誇るものをいくつか知っていますが、こういったユニットはあまり効率的なユニットとはいえない(特に、音質に対して得られる効果と投入するコストとの関係では)ともいえるのでしょうか。
磁束分布で言えば、確かに側面は上部プレート部に比べれば磁束密度は低いですが、ペラペラでいいかと言われれば、それはちょっと違うような・・。ちゃんと計算するためには、有限要素法などを使って計算することになりますが、これは専門のソフトなどがないと難しいですね。確か計算ソフトもかなり高額だったように記憶しています。
パーメンジュールは以前ソニーでも検討したことがありますが、メーカーの話でこの素材は衝撃などで磁気特性が変化するという話を聞いて、やめた記憶があります。またコストパフォーマンスも一部のTWなどBgが20kHzを超えるようなユニットでないと、あまり良くないのではと感じています。フルレンジやWFなら、私なら別のところにお金をかけますね。
>うっかりポケットにクリップでも入ってたらどうするんだろ?
ちゃんと設計された内磁型のモデルなら、外部への磁気漏洩はほとんど無いはずなので、その点は心配ないですね。
>内磁型でアルニコを○○kg
ソニーでもSUP-L11などは巨大なアルニコ(他社比で2倍)を採用したことがありましたが、これなどはパワー減磁対策という非常に明確な理由があってのことでした。これについては、次回少しお話したいと思います。
>
>これは大学だと何学科になるのでしょうか?
たぶん電気になるのではと思いますが・・・・。
>アルニコが小さくて大きい力を得るぐらいの意味しかわかってません^^;
まぁスピーカーユニットを使う上では、あまり知らなくても全く問題ないと思いますので、安心してください。ちなみにマグネットの素材別での磁力のチャンピオンはネオジムで、その次がサマコバで、アルニコはグレードにもよりますがトップということではないのです。むしろフェライトが弱いというのが正直なところでしょうか。
基礎知識皆無の人間にもわかるようご説明いただいてありがとうございました。なるほど、いろいろな要素が絡んで一つのユニットが生まれるわけですね。
>>うっかりポケットにクリップでも入ってたらどうするんだろ?
>ちゃんと設計された内磁型のモデルなら、外部への磁気漏洩はほとんど無いはずなので、
>その点は心配ないですね。
なるほど、たしかにそうですね。昔々、懐かしいP-610をいじくっていて、磁石むき出しというのに、近くに鉄片などを置いてもほとんど反応がなかったのを見て、「これってよっぽど弱い磁石なのかなぁ?」と疑問に思ったことを思い出したのですが、ああいうシンプルな形でも、きちんと漏洩磁束洩れ対策がなされていたんですね。
でも過去の記事でも「VCについて」や「インピーダンスについて」などはとても勉強になりましたので、これからも是非続けて頂ければと思います。
とはいえ何分にも理数系に関しては高校を卒業できたのが不思議な人間ですので、特に今回はう~ん、難しい! (バスレフダクトの計算ぐらいは覚えたのですが...)
そこでなのですけど、例えば貴社の17cmウーハー3機種、171A,K2,W,このうちWのみVC径もマグネット径も大きくなっています。で、3機種それぞれの磁束密度や駆動力の違い、これがもたらす特性上や音質上の差異など具体的にご教示いただければ頭の中の風通しも少しは良くなるのではないかと思います。
謙遜ではなく愚問のような気もするのですが、よろしくお願い致します。
>昔々、懐かしいP-610をいじくっていて、磁石むき出しというのに、近くに鉄片などを置いてもほとんど反応がなかったのを見て、「これってよっぽど弱い磁石なのかなぁ?」と疑問に思ったことを思い出したのですが
あの時代のユニットは耐入力が低いこともあって、あまりパワー減磁のことを考えなくてもよかったためか、かなり小さめのアルニコでも結構よく鳴っていましたね。
>今回のような技術ネタを読んでいると自分は本当に知らないことだらけなのだなあと痛感させられます。
それは30年以上やっている私も同じです。(笑)
今でも新しいユニットを設計する度に新しい発見がありますし、本当にユニットって奥が深いなぁと感じます。なかには、「俺はスピーカーもことは全て分かっている」というようなつわものもたまにお見かけしますが、私のような凡人には「はぁーそうですか・・・」という感じでいつも感心してしまいます。(^^;
>特に今回はう~ん、難しい!
同感です。(笑) 私も久しぶりに細かい式を書いたりしたので、疲れちゃいました。
>(バスレフダクトの計算ぐらいは覚えたのですが...)
まぁ磁気回路の式なんかは覚える必要は全くないですよ。難しいと感じたら、赤字で書いてあるポイント部分だけをイメージで感じていただければ十分です。
>技術ネタも社長様ご自身の具体的なユニット設計と絡めてお話し頂ければ私のような素人にもわかりやすいのではないかと考え、質問させて頂きました。
了解です。技術ネタとのからみでお話するのであれば、やはりソニー時代のユニットの方が分かりやすいかも知れません。というのは、PARCクラスのモデルでは生産数量やコスト、パーツの標準化等の経済的な事情で妥協せざる得ない部分もありますので。次回アルニコに関しては、L11なんかの話で少し裏話をしてみましょう。