戦国時代随一の築城の権威であった、藤堂高虎がその築城技術を
今治城で完成しました。
従来の枡形虎口は門が一つしか有りませんでしたが、高虎は外側
に高麗門、内側に鉄門という二重構えの城門設置しました
更に枡形の三方に多聞櫓を巡らせ、敵兵が進入しても周りの
多聞櫓から集中攻撃をあびせ全滅させる史上最も強固な枡形虎口
を考案しました。その後江戸城や大阪城でも採用されました。
鉄御紋 多聞櫓
鉄御門 枡形虎口
柵の先にある道路に白い四角のところに高麗門がありました
江戸城 外桜田門と桜田門
江戸城の外桜田門と内桜田門は、今治城の高麗門と鉄御門と同じ
二重構えの城門となっています
外桜田門
内桜田門
今治城 鉄御門
鉄御門 多聞櫓
多聞櫓 狭間からの眺め
今治城 山里櫓
今治城で完成しました。
従来の枡形虎口は門が一つしか有りませんでしたが、高虎は外側
に高麗門、内側に鉄門という二重構えの城門設置しました
更に枡形の三方に多聞櫓を巡らせ、敵兵が進入しても周りの
多聞櫓から集中攻撃をあびせ全滅させる史上最も強固な枡形虎口
を考案しました。その後江戸城や大阪城でも採用されました。
鉄御紋 多聞櫓
鉄御門 枡形虎口
柵の先にある道路に白い四角のところに高麗門がありました
江戸城 外桜田門と桜田門
江戸城の外桜田門と内桜田門は、今治城の高麗門と鉄御門と同じ
二重構えの城門となっています
外桜田門
内桜田門
今治城 鉄御門
鉄御門 多聞櫓
多聞櫓 狭間からの眺め
今治城 山里櫓