シンガポール川河口の北側、旧英国植民地時代の面影のある建物や橋などが残る地区はエンプレス・プレイスと呼ばれ、コロニアル様式の建物が多くあります。1819年にラッフルズ卿がシンガポールに上陸した地点でもあり、旧英国植民地政府の官庁所在地として長い間政治の中心地でした。
ラッフルズ卿銅像
1819年1月28日、ラッフルズは、シンガポール島を発見、シンガポール川のマレー人集落のある場所に
120人で上陸し、その地が天然の良港であり、飲料水も補給できるところであることを知った。その島は、ジョホール王国の領土に属していた。ラッフルズは、スルタンが兄弟間で王位継承で争っていることを知り、その兄に接触し、正統なスルタンと認めるかわりに毎年5千ドルの年金を支払う条件で、シンガポール川河口付近一帯をイギリス東インド会社領とすることを認めさせた。1819年2月6日、両者の間で条約が結ばれ、イギリス領シンガポールが誕生した。
シンガポール クリケット クラブハウス
SCCは1852年に設立されました。現在のクラブハウスの中核をなす3階は1884年に建てられました。
SCCは、現在3,000人以上の会員を擁しています。クリケット、ラグビー、サッカー、フィールドホッケーはパダンで行われ、クラブにはスカッシュ、テニス、ローンボウル、ビリヤード、スヌーカーの施設もあります。
シンガポール国立博物館
シンガポール国立博物館は、民族・文化、自然、アートなどの展示もある歴史系の総合博物館で、1887年に開館したシンガポール最古の博物館です。
アートハウス
1826年にスコットランドの商人ジョン・マックスウェルの個人邸宅であったアート・ハウス。その後Court House(裁判所)として、1954年から1999年までは国会議事堂として利用され、2003年に現在のアート・ハウスに姿を変えた。邸宅であった時代の名残を思わせるインテリアや、議場の跡地を利用したコンサートホールは、アート・ハウスの歴史的意味を感じさせます。
ビクトリアシアター&コンサートホール
時計台を挟んで劇場とコンサートホールを左右に擁した建物です。正面から向かって左側の劇場は1862年に市役所として、右側のコンサートホールは、ビクトリア女王の逝去後、その統治を記念して1905年にビクトリアメモリアルホールとして建てられたものです。54mの高さをもつパラディオ様式の時計台は、左右の建物を連結するためにメモリアルホールと同時に建立されました。
アジア文明博物館
植民地政府やシンガポール政府が使用してきた1867年完成の歴史的な建造物エンプレス・プレイス・ビルを
別の場所にあったアジア文明博物館が2003年に移転しました
カベナ橋
カベナ橋はイギリスで1868年に製造組み立て後解体され、シンガポールにて設置された、シンガポール川に架かる橋の中で、最も古いものです
フラトンホテル
ザ・フラトン・ホテル・シンガポールの建物は1928年6月27日に完成した。フ当時としては大規模な建築とドーリア式の円柱などに特徴のあるパラディアン様式の建物として、シンガポールの代表的な存在となり、中央郵便局やいくつかの政府機関などが入居した。1996年まで中央郵便局として使われたが、再開発によりホテルとして甦った。当時の名残として、ロビーに郵便ポストや以前の写真などが展示してある。
丹下健三設計のビル
東京都庁舎を設計した丹下健三の設計によるビル、東京都庁舎の面影があります