凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

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僕の旅 愛媛県

2007年05月02日 | 都道府県見て歩き
 市町村合併のことはもう何度か書いているが、愛媛県に「四国中央市」が出来てもう3年になる。愛知の「セントレア市」が流れ、「太平洋市」も考え直したことから、ここがおそらく全国一の珍名自治体であろうかと思われる(独断です)。奈良県葛城市や島根県吉賀町のように古い地名を生かした例もあることを考えると、かなり残念な地名選択であったと言わざるを得ない。道州制を見込んで道都となるべく、と言われているが、道州制議論もまだ煮詰まってはおらずしかもそれと地名は関係ない。旧郡名である「宇摩」の使用は馬を連想させるため無理があったにせよ…。川之江とか馴染みがあったのにな。
 しかしこの「四国中央市」は本当にイレギュラーであったと思われる。愛媛の人の言葉への鋭敏さは、あの正岡子規や高浜虚子を生んだほど高度である。ある意味、明治の日本語創成期に大いに寄与したと言ってもいいと思う。
 そもそも「愛媛」という県名の由来からにしてあまりにもみやびで、四国中央市のセンスと実にかけ離れている。
 都道府県の名前は、県庁所在地の都市名、或いはその所属する郡名から由来している(実際はそうでない場合もある。例えば埼玉は当初、県庁が岩槻に予定され、そこが埼玉郡であった、など)。その例外が北海道と沖縄、そして愛媛なのである。
 愛媛とは愛比売で、これは古事記に由来する。日本神話においては四国はそれぞれ四つの顔を持つ神に比定され、伊予国は女性神である愛比売とされた。意味は「愛らしい姫(女性)」といったところ。そこから県名を採用したわけで、

 「"いい女"などという行政区の名称は、世界中にないのではないか」(司馬遼太郎・街道をゆく)

 ということになったわけである。このセンスは素晴らしい。「四国中央市」は何かの間違いだろう。
 愛媛県、特に松山は「坊ちゃん」で知られるように文学の都として名高いが、それだけではなく街や人が皆文学的素養が高いように思えてくる。実際僕の知人で愛媛生まれの人は3人パッと出てくるが、みな詩人の雰囲気を持っている。不思議なものだがこれが土地柄というものだろう。

 愛媛に最初に訪れたのは学生のときの自転車旅行で、香川県側から入り、県境を過ぎて伊予三島(今で言う四国中央市)にあるお寺のYHに泊まった。ちょうど夕刻から雨が降り出し、ずぶぬれになってしまっていた僕に実に親切に出迎えをしてくれた。宿泊客が僕一人だったにも関わらず、そこのご家族の方にずいぶん暖かくもてなされたことは本当に印象に残っている。
 その旅行では、そのあと今治を回って松山で二泊、さらに内子へと行き大洲で一泊、そして八幡浜から宇和島へ抜け一泊、そして宿毛方面へと抜けた。内子や大洲、宇和町卯之町の町並みは印象深い。日本中でもかなり有数の美しい町々ではあるまいか。

 その後、幾度か愛媛は訪れている。松山では正月を過ごしたことがある。
 僕にとって正月の旅行というのは重要で、今は妻の実家で過ごすのが定番になってしまったのだが、独身時代は長い休みがとれるこの機会は間違いなくどこかで年末年始を過ごすのが慣わしだった。
 ただ、正月の旅行というものは難しい。街は店も休業が多いし、施設も変則的だ。大好きな居酒屋もたいてい開いていない。しかも年末年始であるから、僕自身も動き回るより滞在型にしたい。ということで、例年は仙台か沖縄で過ごすのが常だった。ここには常連化していた宿もあったので過ごしやすかったからだ。
 しかし、愛媛を訪れるうちに「松山でなら落ち着いて正月を迎えられるのでは?」と思い、ある年の暮れ四国に渡った。
 理由は街の落ち着きと居心地の良さである。
 行ってみて正解だった。いい宿に出逢えたのも幸運だったが、ゆったりとした滞在型の旅が出来た。僕は大いに酒を呑み温泉に入り、年が明けて2日は宇和島へ闘牛を見に行った。なかなか充実した正月だった。

 時々ふと松山へと出かけたくなる。ひどいときは青春18切符を使って日帰りで出かけたこともある。関西地方からは季節に「ムーンライト松山」という夜行快速列車が出ていて、僕の住んでいるところからは発が夜12時を過ぎるので、18切符一枚で行ける。早朝松山に着いたら、すぐに路面電車に乗って道後温泉へと向かう。そして、あの日本一の銭湯で一浴。たまりませんね。重要文化財の道後温泉本館は居るだけでも寛ぐ。二階の座敷で休憩。こういういい温泉が近くにある街というのは本当に羨ましいな。気分は額田王か聖徳太子か。
 傍には子規記念館がある。ここも入るとなかなか出てこれなくなる施設である。また、「坂の上の雲」の愛読者である僕は、道後に来れば秋山好古の墓にも参らないわけにはいかない。街へ戻れば、秋山兄弟旧宅跡もある。
 松山の街というのは、居るだけでなんとなしに落ち着く。大街道や銀天街といった繁華街でも然り。街の規模が適正だからだろう。住みやすそうなところだと思う。
 街の大きさで言えば、東京や大阪はどうしても大きすぎて落ち着かない。僕はかつて住んでいた金沢を最も適正な街の規模だと思っているが、松山は金沢と違って気候がいい。転勤と言われればホイホイと行くだろう。
 18切符だと昼過ぎまで松山に居られる。ブラブラしたあと書店に寄って文庫本を何冊か買い、ビールを飲みながら帰路につく。たったこれだけの小旅行でも満ち足りた気持ちになるのは我ながらおめでたい。

 さて、愛媛にはこうして幾たびか訪れた。車で行ったことも二度ほどあり、観光的にはかなりあちこち回ったとも言える。美味い魚もたくさん食べた。しかし、まだ四国最西端である佐田岬を訪れたことがない。これは「端っこマニア」の僕としては由々しきことであり、近いうちに行かなくてはいけないと思っている。
 しかし、こういう「未練」が旅先にあることはいいことで、そのことが次の旅への原動力になることも確かだ。そうしてまたチャンスをうかがっているのである。

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4 コメント

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愛媛 (組長~!)
2007-05-15 16:30:58
私は八幡浜で生まれました。1歳の時に大阪へ移ったのですが、子供の頃は毎年お墓参りに帰っていました。

凛太郎さんに愛媛の事を書いて頂いて嬉しいです!(^^)ちなみに、私の下の名前には『姫』が付くんですよ。

この間の旅で道後温泉には入りそびれたので、また今度ゆっくり行ってみたいなぁ~。
>組長~!さん (凛太郎)
2007-05-15 23:45:07
組長さん愛媛がルーツですか。それは存じ上げませんでした。本文中に「人が皆文学的素養が高いように思えてくる」と書きましたが、なるほど、「姫」の名を持つ組長さんも詩人の雰囲気をお持ちですね。

八幡浜と言ってすぐ思いつくのは何といっても「じゃこ天」で、あれは酒のアテにも最高ですね♪
温泉入ってビールにじゃこ天。こたえられまへんなぁ(文学から離れちゃった 笑)
はい はい はい! (まるちゃん)
2007-09-29 14:19:37
手挙げてるの。
はいは~い まるちゃんも愛媛生まれ!!
凛太郎さんが書いてくださってる 伊予三島市生まれよ。
宇摩郡…おお 懐かしい響き。
5歳のとき名古屋に来たけど その後も何度か帰ってて 今でも段々畑と浜は原風景です。
>まるちゃん (凛太郎)
2007-09-30 12:43:19
おーまるちゃんご生誕は伊予三島でしたか♪
今統合されちゃったけど、なんとも思いで深いですね。愛媛で初めて宿泊した場所ですから。合併後も市政の中心ですしね。でも自然がいっぱい。やっぱり特筆すべきは人の温かさかな。びしょ濡れで震えていた僕にずいぶん親切にしてくださいましたよ。
その温かさというのは、疲れて帰るのにふさわしい場所なのでしょうね。故郷らしい故郷と言いましょうか。

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