凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

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寿司屋で酒を呑む その壱

2013年03月17日 | 酒についての話
 先日、地方都市で夜、寿司屋に入った。

 回転寿司ならともかく、ちゃんとした寿司屋は我々にはやっぱり少し「怖い」気がする。寿司屋は、会計まで値段がわからないところが多い。酒を呑んで調子に乗ってじゃんじゃん食べると、えらい金額を請求されたりする。
 何度も書いていることだが若い頃、いきがって一人で寿司屋に入り、カウンターに座って酒を呑み、そしてつい煮魚が食べたくなって注文した。寿司屋だもの、魚料理は何でもござれだろうと思ったのである。板さんが「カレイでいいですか」と言うのでそれを煮てもらった。さすがにふっくらと煮あがったカレイは絶品だったのだが、その一皿で7000円とられた(とられた、とは申し訳ない言い方だがそのときはまさにそんな感じがした)。別に一尾ではなく切り身だったのになあ。そりゃね、その切り身で寿司が何貫握れるか、ということを考えれば確かに納得もするのだが、煮魚ですよ(たかが、とはもちろん言わないが)。
 酒も呑み寿司も食べたので、合計で13000円。まだ僕は20代前半だった。青くなった。
 懲りた。以来もう寿司屋で生意気に煮魚など絶対に頼まない。
 
 閑話休題。
 その夜はなぜ寿司屋に入ろうかと思ったかといえば、まず宿泊先から近かったから。ホテルはちょっと繁華な場所からは離れていて、部屋の窓から見える飲食店は数軒しかなく、そのうちの一軒だった。もう遠くへ行くのは面倒だった。
 普段は入りにくい寿司屋だが、海に近い地方都市であり、それほどべらぼうな請求はされないだろうという読みもあった。ならば、ちょっとくらい贅沢してもいいだろう。今日は疲れた。
 そういったことが理由となるが、最も大きな動機は、一人だったから、ということ。
 寿司屋で呑むのは、一人に限る。僕はそう思っている。何故かといえば、僕が偏狭な性格だから。それに尽きる。なので気が合わない他人と席を同じくしていると、もう居心地が悪くてしかたなくなるのだ。
 その自分の偏狭な性格について、書く。

 寿司屋は、とりもなおさず寿司を食べるために存在している。なのに、そこで酒を呑むとは何事か、とおっしゃるむきもあろうかと思う。山本益博氏は確か「僕はすし屋ではおすしだけを食べる」と言われていたような。それは確かに正論かもしれない。だが、寿司屋には間違いなく上質で旨い魚介が並んでいるはず。だから、その旨い魚で酒が呑みたいと思う呑ん兵衛の気持ちは、ある程度理解はしていただけるのではないか。もちろん、寿司屋だから寿司を食べずに出てくるなんてことは、ない。
 その旨い魚介にあわせる酒は、まず清酒だろうと僕は思う。
 これは好みの問題であって、また生牡蠣とシャブリ論争みたいになりかねないが、少なくとも僕はそう思っている。
 だから、店側も「やっぱり日本酒だろう」と思っていてくれていればありがたい。そういう店のほうが、居心地がいい。
 実際に、ワインセラーを持っている寿司屋に入ってしまったことがある。まあね、ワインを充実させている店であっても、自分がワインを飲まなければいいだけの話であって関係ないのだが、その店ではほとんどの人がワインを飲んでいた。そういう中で、断固として日本酒を呑んでいると、どうも居心地が悪い。ワインを飲んでる人もいる、程度ならばいいのだが。
 ここからが僕のさらに偏狭な部分だが、僕は寿司屋ではビールさえ嫌である。僕は酒と肴の相性の好みについては偏りがあり、ビールに合うアテというものは限られている。アツアツの串カツや唐揚げをガブリとやり、口の中が火傷しそうになったところへビールをくいっと、というのはたまらなく好きだが、刺身のような冷製の料理で冷たいビールを飲むのは好ましくない。そして、フライやギョーザの置いてある寿司屋もまた、好ましくない。
 山口瞳氏のエッセイの中に、ビールというものを置かない、一切飲ませないふぐ料理屋の話が出てくる。ふぐには日本酒に限る、という店の持論かららしい。僕も同様に考えているので拍手したい思いでいるが、そこまで出来るのはよっぽどの老舗で予約必須の店でしかありえないだろう。ふらりと入れる店で「うちはビールはございません」なんて言われたら「何言ってやがるべらぼうめ」になってしまう。
 僕も、別に寿司屋にビールやワインやウイスキーを置くな、とまではもちろん思っていない。ワインを看板にしてまずワインリストを持ってくるような前記の店には閉口するが、別に離れた席に飲んでいる人がいたって問題はない。むしろ、日本酒に「こだわり」を持った寿司屋もそんなに好ましいとは思っていない。全国の隠れた旨い酒、なんてのが呑みたければ銘酒居酒屋に行くし、吟醸酒の香りは生きのいい魚には合わないと思っている。なにより、寿司屋に入れば間違いなく僕は燗酒が呑みたいと思っているのであり、ガラス張りの冷蔵庫から出してグラスに注がれる酒は求めていない。
 だから、店が吟味した清酒を一銘柄だけ置いている店、というのが最も望ましい。そして、気を遣っていい按配に燗をつけてくれる店。寿司屋の酒のつまみの王道は間違いなく刺身だが、それに対するのはやはり燗酒。僕の「腹内温度一定の法則」が発動するから。

 だから、寿司屋には一人でゆきたい。連れ立っていくと、勢いがつくから必ず以下のようになる。
 「ああお疲れお疲れ。まずはやっぱりビールだろ? おにーさーんビールちょうだい。おお来た来た。さあぐーっといってくれよ。うーんやっぱり寿司屋じゃグラスが小さいな。もう一杯いけよ。ねー、何かつまみを切ってよ。トロがいいなやっぱりトロが。寿司屋はマグロだろう。さあじゃんじゃん飲もう」
 僕は間違ってもトロでビールなど飲みたくはない。トロなどはつまみとして出されるのも嫌で、寿司にしてシャリといっしょに食べてこそその実力を発揮するものだと思っている。百歩ゆずってつまみとして食べるなら、やっぱり燗酒を所望したい。トロなんて高価なものじゃないですか。だったら、自分が最も良いと思える方法で食べたいもの。だがむろん、あなたが「トロとビールの相性は最高」だと考えているなら別に止めはしません。どうぞご自由に。
 以上のようなことを酒席で言えば白けてしまう。気まずくなる。僕だって大人だ、空気くらいは読めるので、しょうがなくビールを飲む。楽しくないですな。だから、連れ立って寿司屋に行くのは嫌なんだ。

 もうひとつ、重要な問題がある。僕は、寿司で酒を呑むのが好きではないのだ。
 これについては昔「飯で酒が呑めるのか?」なんて記事を書いたことがある。その内容と重なるが、あくまで酒肴は酒肴、寿司は寿司。今もそれは変わらない。
 寿司屋に行けば寿司を食う。これはしごく当然のことである。だが寿司屋で酒を呑む場合は、あくまで最初に酒肴として刺身などのつまみで一杯やって、その後に寿司を食べたい。寿司を食べつつ酒を呑む、という方式はとりたくない。宴会というものはたいてい、まず酒をたらふく呑み、最後にごはんもの、また麺などで「シメ」にするでしょう。それを寿司屋でも踏襲したい、というだけのこと。
 だが、世間ではむしろ寿司をつまみつつ酒を呑む、という方式が主流のようだ。どこかのグルメ本で、いかに酒にあわせて旨い寿司にするか心を砕く、なんて職人さんの話を読んだこともある。提供する側もそういう考えがあるらしい。高級寿司屋でおまかせにすると、寿司と酒肴が交互に出てくるという事例を、これもグルメ本で読んだことがある。
 だから、余計に「酒肴は酒肴、寿司は寿司」とは主張しにくい。
 酒を頼んだら職人さんが「どうしましょうか?何か切りましょうか?」とだけ言ってくれれば嬉しい。わかってるねー。しかし「切りましょうか? それとも握りましょうか?」であれば、「握ってくれ」と僕より先に言う人がいる。しまった先を越された! そういう経験が以前あって、その相手は気の置けない人だったから素直に僕は尋ねた。「飯で酒を呑むのかよ?」と。
 さすれば、「寿司屋で寿司を食べずに何かつまんで酒ばっかり呑んでる客は嫌われるぞ」と言う。そうなのかい? 確かにグダグダと酒ばかり呑んでる長っ尻の客は好ましくはないだろうが、サクっと呑んで寿司に移行するなら別に問題ないのでは、とも思う。それに、そんなに寿司屋の都合ばかり考えなくてもいいんじゃないのかい。マナーは大切だが、客の都合だって少しは加味してもいいだろう。客なんだから。

 さらに「寿司で酒を呑むのが大好き」という人もいる。それはそれでかまわないが、こういう人と同席してしまったら困ることもある。
 上記記事で「握りを頬張ったら即座にビールを飲めという上司」のことを書いたが、こういうのは我が身の不幸として捉えるよりしょうがない。だが、これは決して特殊例ではない。
 友人達何人かとで、昼食に寿司屋に入ったことがある。あくまで昼食であり、テーブル席に座ってそれぞれ一人前づつ注文した。桶に盛り合わせられた寿司が各々の前に並んだ。僕らは談笑しながらそれを食べていた。
 当然、お茶を飲んでいる。ところが一人が「やっぱり寿司食べたらビール飲みたいな。一本だけならいいだろう」と注文した。一本だけでも、全員の前にグラスが配膳される。
 僕はビールなど飲む気はさらさらなくて寿司を味わって食べていた。ところが、その友人が「お前も飲めよ」と僕の前のグラスにビールを注いできたのだ。しかも、乱暴な男でドボドボとついだから、泡がたちまち盛り上がってテーブルに溢れた。僕は、その溢れるさまを何も手を下さず見ていた。
 「何でこぼれる前に一口飲んでくれないんだよっ!」とその友人は言う。僕だってそうしたかった。しかし僕はウニの軍艦巻きを口に入れたところだった。旨い。さすがは北のウニは一味違う。たまらん(言い忘れたが場所は北海道は積丹半島である)。その口中にビールを流し込めというのか。とんでもない話だ。だいたいワシはビールを飲ませろとは一言も言っていないぞ。百歩譲っても、お前がビールを乱暴に注ぐからこうなったんじゃないか。
 まあね、こんなことで別に険悪な雰囲気になったりはしませんよ。「ウニが口の中に居て幸せだったんでビールをそこに入れたくなかったんだよ」と笑いながら答えて、すまんすまんとテーブルを拭きましたがな。しかし「寿司を食べるとビールが飲みたくなる」という御仁は、いっぱいいるのだ。油断できない。

 昼食ですらこれだから、酒を前提とする夜に、寿司屋に連れ立っては入りたくないのである。それが世間的に見て偏狭な性格であるということは、もうわかっているが。
 で、先日一人で寿司屋に入ったのだが、話がそこまでいかなかった。次回

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2 コメント

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同感。 (よぴち)
2013-03-22 01:14:38
凜太郎さん

寿司屋って、私の中では特別な存在。
そこは、普段、品がなく、どちらかといえば おしゃべりで、「粋」とか「おつ」とかいうものとは遠いところにいたりする自分が、ほんの少し、品があって寡黙で粋な「マネ」が出来るところなんです、私にとっては。

そして、私も、寿司と蕎麦には日本酒、と思ってしまいますね。それなりのこだわりを持って絞られた1銘柄だけの店、というのも、ものすごく分かります。

私も、「飲みたい」と思うときは、誰かと一緒ではない方がいいですね。
基本、女は連れ立つものですが、私は我儘なクセにいいカッコしいで、他人様と連れ立って行くと、ちっとも自分の好みと合ってないのに、「そうだよね~」を連発して、結果、疲れてしまう。
なので買い物何かは特に、絶対他人と行くのは嫌だ。余計に歩き回らないといけないのも嫌だし、自分のために余計に歩かせるのも嫌。

あー、しかし、この記事を読んでたら、しみじみ飲みたくなって来たなぁ。
仕方ないのでギターでも弾きます(笑)。
シリーズもののようなので、次回を楽しみにしてます。
>よぴちさん   (凛太郎)
2013-03-23 06:22:13
寿司屋は本来屋台発祥のはずで、手掴みで握ったものを手掴みで食べるというざっけない存在だったはずですが、ここまで見事に「粋」な存在になったと思います。様式美すら感じることがあります。魚の高騰がきっかけなのでしょうが。
といって、おたかくとまってる寿司屋は苦手ですがネ。
むかーし「蕎麦屋で酒を呑む」という話を書いたことがありまして、その続編みたいなものです。蕎麦屋も寿司屋も、やっぱり日本酒が嬉しいな、僕も。
酒とはもともと祝祭のときにのむために醸されたのが発祥みたいなものですから、本来は宴席のものです。しかし「独酌がラク」なんて思うのは、依怙地だからなんでしょうかねぇ…あ、よぴちさんをそうだと言ってるわけではないですよ(汗)。しかし、もしかしたらそういう一面もあるのかしらん。これ。絶対に損な性格ですな(笑)。
「買い物に付き合って」という言葉の意味がわからん。僕は以前「なんのために?」と聞き返して呆れられた経験あり(遥か四半世紀前の昔)。今は付き合いますが、それでも「何のために?」という気持ちはまだ持ってて(笑)。自分がいいと思うものにただ同意する存在が欲しいだけなら、店員さんがしてくれるかと(笑)。
酒の話ばかり書いて誠に申し訳ない。この話も長大なのであと2回ほど書きます。今年はたぶん酒の話がまだ続くので、もう徒然草はシカトしてください(汗)。

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