おもいつくままに

身の回りのことや世の中のことについて、思い付いたことや気付いたことを記す

「世にも美しい数学入門」ちくまプリマー新書

2005年04月26日 00時37分47秒 | Weblog
数学の美しさ、楽しさを感じられるとても面白い対談録です。

著者は、数学者の藤原正彦さんと作家の小川洋子さん。

藤原正彦さんはエッセーが何冊か文庫もなっており、その著書「心は孤独な数学者」で数学者から見た数学の巨人達を鮮やかに描き出しました。小川洋子さんはこれを読み触発されて、数学が美しく織り込まれたラブストーリー「博士の愛した数式」を書かれたそうです。

この本では、数学の美しさ、そして発見のわくわくするような喜びが生き生きと伝わってきます。私の専門は物理学ですが発見の喜びは共通です。

「博士の愛した数式」でもそうでしたが、小川洋子さんが、この発見の喜びのわくわく感を、よく分かってくれていて、とてもうまく表現していることに脱帽します。

「世にも美しい数学入門」と「博士の愛した数式」の両方を読むことをお勧めします。
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国境なき医師団@愛・地球博

2005年04月25日 00時11分46秒 | Weblog
職場の先輩に勧められて、万博の国境なき医師団の展示を見てきた。この展示は4月一杯で終了してしまうが、多くの人に見てもらいたい。

難民キャンプで実際に使用しているテント、給水施設、トイレなどを使って1つ1つ丁寧に説明してくれる。入り口には木の遮断機のゲートがあって難民登録カードを受け取る。テントの中に入ったり、難民の生活用具を実際に手に取ったり、栄養補給用のビスケットを砕いたものをひとつまみもらって口に入れてみたりと、キャンプの暮らしを体験的に学ぶことができる。

実際に難民キャンプで働いていたスタッフの説明は分かり易く、かといって肩ひじ張ることもなく、とても好感が持てた。

我が暮らしを振り返ると、なんだかばち当たりな生活をしている様な気がしてきた。
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都会の高校生もがんばれ!

2005年04月23日 00時08分11秒 | Weblog
昨年と同じように高校2年生に「大学で何を学ぶか」という題で話をした。200人以上に一方的にお話をしただけだが、ほんの少しでも何かの役に立てたらいいなと願っている。

職場に戻って少し仕事を片付けてから帰宅したら、北海道の別海高校3年生の1年間を追ったドキュメンタリーをやっていた。厳しい冬と戦い苦労を重ねながら、酪農や漁業が主要産業である町の高校生達の姿は、新聞の番組評の通り、今でもこうした高校生がいたのだと再認識させられた。経済的に大変な中、懸命に身を立てようと励む姿は感動的であった。

おそらくテレビで見た別海高校の生徒よりも、私が話をした高校生は経済的には恵まれているだろう。それでも、高校生達の悩みや真摯さはそんなに変わらないような気がする。むしろ、生計を立てるのに精一杯で他のことを考える余裕がない人よりも、豊かさを享受している人の方が悩みが深いのかもしれない。

都会の高校生もがんばれ!
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今日は28397歩

2005年04月21日 23時08分15秒 | Weblog
今日1日で28397歩。久しぶりにずいぶん歩いた。

昼前に2年のゼミで隣の緑地を散策、昼食後子どもの授業参観にちょっとだけ参加して、そのあと3年のゼミでまた隣の緑地を散策。夜は教職員懇親会に参加。

我ながらずいぶん歩き回ったものだ。
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新宿区立大久保小学校 ~未来の小学校~ (日本テレビ ドキュメント05)

2005年04月18日 01時56分17秒 | Weblog
新大久保駅の周りにはアジア系外国人が多く暮らしている。ホームから転落した日本人を救おうとして線路におりた韓国人男性が、駅に入ってきた電車に轢かれて亡くなった悲しい事件が起きた駅である。

この駅は早稲田大学理工学部の最寄り駅の1つなので、大学院に籍を置いていた十数年前までは利用していた。1990年頃には、外国人が多いため、駅周辺の駐輪禁止の看板も、日本語だけでなく、韓国語、アラビア語など3~4カ国語で書かれていたと思う。

この街の小学校では、外国人の両親を持つ児童も多い。彼らが日本語教室で日本語を学び、日本人児童との関係を作っていく。その試行錯誤の様子をテレビで見た。

未来の小学校、あるいは未来の日本では、きっと外国人とともに学び、ともに暮らすようになるのだろう。

日本語学級を含む小学校の先生の尽力、地域の人々の協力、そしてなにより色々と奮闘努力してクラスでの居場所を獲得することができた2人の児童を番組で描いていた。クラスで認められた喜びにあふれた彼らの表情の明るさが、私たちの未来を照らす希望の光のように感じられた。
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愛地球博に行ってみた

2005年04月10日 01時18分30秒 | Weblog
土曜日に、急に思い立って息子と2人で午後から万博に行ってきた。全期間入場券を持っているので、長居をせず3時間ぐらいで帰ることにした。

この日の入場者は7万8千人。

会場には、藤が丘からリニモで万博会場駅へ行ったが、並ばずにすぐに乗れたのでちょっと拍子抜け。しかし、予約をしていないので最も会場では主要なパビリオンには全く入れなかった。

唯一、自動車工業会の展覧車という赤い建物の内外を回る観覧車に乗った。1時間並んだが、地図やガイドブックを見たり、万博のFMを聞いたりしていたのであまり退屈しなかった。

あとは、シンガポール、オーストラリアなどのパビリオンでスタンプを押して回って今日は退却。

大阪万博のときには、私は小学校3年生だった。父とずいぶん並んで、三菱未来館とアメリカ館を見たことを思い出す。アメリカ館については月の石や月面車、ベーブルースのバット、ユニフォームなどを覚えているが、当時楽しみにしていた三菱未来館についての記憶はない。やはり、映像などのようにバーチャルのものは幻に過ぎず、リアルなものには勝てないのかもしれない。

今小学校2年生の息子は、30年後に何を覚えているか。ちょっと興味がある。
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死ぬ時私は誰なのだろう?

2005年04月04日 01時39分57秒 | Weblog
Who am I when I die?
死ぬ時私は誰なのだろう?

アルツハイマー病のオーストラリア人女性の書いた本である。

かつて彼女は国の機関で科学技術行政に関する助言を行う職にあって、長年の功労により勲章を授与されたほど優秀であった。

自身がアルツハイマー病であると知り、医者から退職を勧告され、家で過ごすようになる。

なんでもない家事がだんだんとできなくなっていく。自分に苛立ちながら絶望を感じながら生きる。

アルツハイマー病をテーマにした番組で見たのだが、人生の最終章の老いとはこんなものかもしれないと思った。
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