夜明けの曳航

銀行総合職一期生、外交官配偶者等を経て大学の法学教員(ニューヨーク州弁護士でもある)に。古都の暮らしをエンジョイ中。

ろくでなし啄木(ネタバレ注意)

2011年02月19日 | 演劇
仕事などが忙しく、気づいたら、一年近くブログの更新をしていなかった。
年賀状にもそれを指摘する声があり、ありがたいことに読者もいらっしゃると気づき、久々に書きます。

昨年は50回以上演劇に行ったのだが、それはおいおい書くとして、

1月30日夫と一緒にシアターブラバで観劇(夫は職場のトラブルで呼び出され、遅れて来場)。

ネタバレ注意。

最近三谷の新作はいまいちだったのだが、今回は久々にかなり良かった。

啄木がその作風とは逆に、かなり破滅型の性格で、女にも金にもだらしなく家族や友人に迷惑をかけまくっていたとか、強すぎる性欲を持て余して吉原に通い詰め、その体験を(妻にわからないように)ローマ字日記に赤裸々に綴っていたということは予備知識としてあったので、啄木=藤原の小悪党に、善人勘太郎が振り回されるという設定ということが想像できたが、そんなに単純なものではなかった。

この芝居の最も優れた部分は、最後の方で、その善悪が逆転し、悪人にすらなりきれない啄木の卑小さを浮き彫りにしたところではないか。勘太郎の演技も良く、凄みがあった。

だから、最後に啄木が出てきて最終的な謎解きをするところは、ない方がいいと思った。
とくに、「まぶしい朝」とかいって、きれいにまとめるのは興ざめだった。

しかし、演劇自体はいろいろ新鮮な試みがあったのではないか?

1.最初の方で「手ってじっと見たくなるんだよなあ」という台詞を啄木にいわせ、この劇を通底するテーマ「貧困との闘い」を暗示する。「働けど…」という短歌そのものをいわないところがいい。
私もクレジットカード決済前に(うちは夫婦完全別会計。夫は数千万円単位で相当に貯め込んでいるらしいが私には全く関係ない)、両手のひらをじっと見るのが夫への「お金貸して」サインになっている。が、滅多に貸してくれないし、4%利息をとる有償消費貸借契約なのである。専業主婦で夫が小遣い制の所の方が、よっぽど妻の可処分所得が多いのではないか、と納得がいかない。

2.同じ出来事だが、3人それぞれの見方によって違う、という、映画『羅生門』と同じ回顧方法を、田舎の旅館の廊下を隔てた二部屋の構造やふすまの開け閉てをうまく使って斬新な表現で表していた。そういえば、『羅生門』も女一人を、男二人が取り合う話といえばそうである。

3.三谷自身の作品『温水夫妻』=太宰治の元恋人が夫と来た田舎の温泉で太宰治に偶然再会するとも似ているし、わがままな天才肌の男が恋人を友人に押しつけようとするという所は『蒲田行進曲』にも似ているが、冒頭述べた逆転がどれとも違う作品世界になっている。

藤原は私が「この人のホンなら見に行こう」と思う劇作家、三島、野田、井上ひさしの全てに出ているが、意外にも三谷作品はテレビドラマはあっても舞台は初めてであった。さすがに演技はうまいし、今回のプライドの高い自己愛の強い小心者の小悪党がとても合っている。(『黙阿弥オペラ』も良かったが、ああいういなせな役よりひ弱な役がより魅せる)

勘太郎は、いつのまにか声や台詞まわしが父親そっくりになっていてびっくり。今まで野田マップの作品等で見た舞台ではそうでもなかったのに。

吹石は本格的な舞台が初めてとは思えないほど達者だった。
この役は、彼女のような稚気と知的な部分がほどよくバランスがとれている女優がやらないと下品になる。彼女以外にはできない役だったのではないか。

Talk Like Singingとか、ひどかったので、三谷氏の久々の新作の良品に出会えてファンとしてもうれしかった。

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