夜明けの曳航

銀行総合職一期生、外交官配偶者等を経て大学の法学教員(ニューヨーク州弁護士でもある)に。古都の暮らしをエンジョイ中。

樋口先生最終講義

2005年01月14日 | profession
今日は、三島由紀夫の80回目の誕生日。
誰よりも生きていてほしかった人だ。

午前中は担保法の小テストの採点をし(最後の講義までに返却しないと…)、お昼は神楽坂でC大学(中央大でも千葉大でもありません、念のため)の実務家出身のC先生と食事をしながら、情報交換をさせていただいた。C先生は大先輩なのに、昨日の私のアメリカ法の講演にも参加されるような向学心ある謙虚な方だ。C大では今年法科大学院の1年生が二人も現行司法試験に合格したと聞いてうらやましくなった。

その後、早稲田大学に行って、学生時代、ゼミでお世話になった樋口陽一先生の最終講義(比較憲法)を聞いた。
東大から上智大を経て早稲田に奉職された先生は今日を最後に常勤、専任の仕事は全て退かれる。

最後に、「私が学者を志したときは、学者が学問の内容によって、政府やGHQから弾圧され、職を追われるという記憶が生々しい時代だったので、自分がいったい何年くらい学者を続けられるだろう、と思っていた。それが、40年も教員を続けることができたことを幸運に思う」と短いコメントをされた。

先生らしく、くどくどいわずに、学問の自由の尊さを物語るすばらしいお言葉だった。
知らず、涙が出た。
憧れていた大學という職場の、思ってもみなかった実態に、自殺も考えるほど失望していた私に向けて、「原点に帰れ」と励ましてくださったような気がしたから。
(実際に、相談にも乗ってくださっているが)
これこそ真の大学教授の姿だ。

花束を差し上げたら、「わざわざありがとう」とおっしゃった。

それから、高田馬場の点字図書館に行って、点字サークルの新入会員のための道具を購入した。
今週医学部保健学科の2年生の男子学生が入ってくれたのだ。やる気満々の彼は、頼もしい在松メンバーになってくれそうだ。

校正係に勤めている甲賀さんとも会った。
彼女は、自分史や点友会の項でも書いた、1982年夏の「福島君と共に歩む会」の合宿で、福島さんのピアノに合わせて「オリビアをききながら」を歌った人だ。
進路に悩み疲れていた私の心に一筋の光が差したような経験だった。
夏の点友会の合宿で学生たちを点字図書館に連れて行ったとき、20年ぶりに再会し、それ以来、点字の道具を買いに行くたびに挨拶している。今はなんと4人の子供のお母さん。

今日まで、バングラデシュの盲学校の先生が研修に来ていたそうだ。
その盲学校で点字をしっているのはその先生だけで、教育も難しい。紙の調達すらままならない、という話を聞き、私も英語の点字(私は日本語と英語、両方の点字ができる)を生かして、何か国際ボランティアができるかもしれない、と思った。法科大学院が軌道に乗ったら、そういうボランティアの実行のことを真剣に考えてみよう。

こういう、清くまっとうな人々と、時々は接していないと、気が狂いそうになる。

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