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日本の旅の記録です・・!!

国内旅行をはじめハワイや沖縄、世界遺産など国内各地の旅の記録です。

平成日本紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」

2016年07月24日 17時20分13秒 | 宮崎、大分県


九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
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九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/




 平成日本紀行(131)九重 「寒の地獄温泉」   、




http://www.秘湯宿.com/wp-content/uploads/2014/06/0f134b8b4453266688e17b36f05b9e41.jpg




http://stat.ameba.jp/user_images/20140724/21/taka-tsuboi/db/52/j/o0365027413013166471.jpg
瀟洒な「寒の地獄温泉」正面入口



http://tabiiro.jp/lpimg/yado/101480/spa/img1.jpg
寒の地獄温泉の冷泉浴槽







「日本一周の旅の記録」へリンクします
 

「寒の地獄」で、話し好きの美人女将と暫し談笑・・、

長者原へ一旦戻って、昼時期なのでレストハウスで「高原ソバ」を食した。
この後、店員に・・、
「寒の地獄温泉へ行きたいが、どのくらいの道のりですか・・?」と聞くと
「チョウジャバルのはずれに案内板があり、左へ行くとすぐがだよ」と言う
「チョウ・・なんですか・?」と聞きなおすと
「長者原と書いて、ちょうじゃバル・・と言います、・・ハイ」、
「アア、そうですか、・・」と納得して礼をし引きあげた。 

そう言えば熊本の有名地「田原坂」を“たばるざか”と読んでいた。
九州には、「――」を本州のように「はら」や「わら」と読まずに「ばる」、「はる」と読む地名が非常に多いという。 
例えば、「前原(まえばる)」、「春日原(かすがばる)」、「西都原(さいとばる)」などである。 

「バル」の読みの由来として考えられるのは韓国語で「原」を意味する言葉に「ボル」とよみ、変じて九州の地名を呼ぶパターンとして「――ばる・はる」になったと・・?。 古代九州は朝鮮・百済の民が半島から多数、渡来している地でもある。

稲作文化も中国、朝鮮より九州へ伝来し、田畑の開墾、即ち、「墾る(はる)」が転じたものともいう。つまりは稲作のため開墾された場所、または、「山間部から平野部に“張り出した”場所」を示す。
つまり、「はるばる見晴らしが良い場所」という説もあるらしい。 



長者原は、九重九湯の一つである長者原温泉郷(ちょうじゃばるおんせんごう)ともいわれ、九州で一番高地に泉源をもつ星生温泉(ほっしょうおんせん)や牧の戸温泉、冷泉で有名な寒の地獄などがある温泉郷でもある。  
その「寒の地獄」へ向かった。


再び「やまなみハイウェイ」から案内に従って行くと、林に囲まれて「寒の地獄温泉」があった。 
日本風の粋な造りの宿兼温泉保養所といった感じで、格子戸の玄関を入ると和服装いの美人女将が出てきた。 
泊まりの客でなくて一瞬、顔が曇ったように見えたが、すぐ取り直して案内してくれた。

女将さんの話では、冷泉は7~8月の夏季営業のとのことで、現在は閉鎖中とのこと。 
以前は冷泉しかない湯治場だったらしいが数年前に改築し、加熱した温泉の浴室も造り、通年営業するようにしたのだそうだ。

其の新しくできた「温泉」に向かった。


こちらは別棟にあり「互久楽(ごくらく)湯」と名付けられ、浴室、湯船とも木目調で落ち着いた造りである。 
大きな浴槽と小さな浴槽の2つがあり、小さい方が冷泉である。小さいながらも冷泉があって良かった・・、と思ったが実は小生は冷水は苦手であった。 

湯船には底に石が張られており、無色透明の硫黄泉が惜しげもなく注がれている。 
硫黄泉ということでややその香りが漂うが、温泉そのものは実にサッパリとして心地よい。
湯船からはザーザーと惜しげもなく溢れ出しており、まさに天然掛け流しの純温泉で、これぞ互久楽、いや極楽々々である。


次回も、 九重の「寒の地獄温泉」

  
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平成日本紀行(131)九重 「坊がつる」

2016年07月23日 17時47分57秒 | 宮崎、大分県


.
九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)



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 平成日本紀行(131)九重 「坊がつる」   、




写真:坊がつる道中の「雨ヶ池」



雨ヶ池付近のミヤマキリシマ






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「坊がつる」は、ミヤマキリシマが満開であった・・、

やまなみハイウェイの左手一面は湿原状の草原が広々としていて、その中に木道が整備されている。
この草原状の湿原を「タデ原湿原」という。 

2005年11月、山上湿原「坊がつる」と合わせて「坊がつる・タデ原湿原」と名付けて、世界的に重要な湿原、水鳥の生息地として九州で初めて「 ラムサール条約」に登録され保護されることになった。 


「坊がつる」は阿蘇国立公園内の山岳地にあり、湿原としては国内最大級の面積で、ヌマガヤ、ミズゴケなど貴重な湿原植物が群生している。
タデ原湿原は白水川沿いにススキやヨシ、ヌマガヤといった通常平地湿原に生える植物で、乾燥化が進んでいるようにも思われ、地元の人たちが行う「野焼き」により維持されているという。
大分県内での登録は初めてであるという。


ラムサール条約とは湖沼や河川、干潟など湿地の保全と利用を目的とする条約で、正式名称は「 特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約 」としている。 1971年イランのラムサールで開催された国際会議で条約が採択され、日本は1980年10月に加盟した。
現在の登録湿地は北海道・釧路湿原など33カ所が登録されている、やはり、大自然の北海道が大半を占める。

その「坊がつる」、「雨池」方面の登山道はタデ原湿原の最奥部にあった。 湿原木道は「自然研究路」、そして、こちらの登山道は「九州自然歩道」とも称している。 

始め、平坦な樹林のトンネルを行く。
見慣れた広葉樹のミズなら、クヌギ、ヒノキ、カエデなどの木々が鮮やかな葉緑素をたっぷり溜め込んで輝いている。
歩くほどに次第に勾配が増してくる、応じてゴロ石が多くなる、山屋にとっては毎度御馴染みである。 T字型の指導標が一寸しつこいぐらいにあるが、こらばかりは幾ら有っても安心である。 
それにしても人の多さには驚く、次から次と途絶えることなくやってくるようだ、普通の観光客風、ハイカー、重装備登山者と其々、目的に応じて歩を進めている。 
小生は軽ハイカーといった感じであろうか、脚には薄いズック靴で、やはりボコボコの悪路は歩き難い。しかし、そこは長年のキャリアで山慣れしているので慎重に足を運ぶ。 ペットボトル1本とチョコ一つにカメラと、殆ど空身で体調も極めて良く、ゆっくリズムの先行者を追越しながら、やや早足で登ってゆく。
高度が上がるに従って次第に樹々の様相も変わってきて、本格的な登山道になってきている。
下山者も時折すれ違う、昨日、入山して坊がつるの「法華院温泉」に宿泊した登山者が多いようである。 
情報によると、この先上部の雨ケ池からの周辺、山の端はピンクのツツジ「ミヤマキリシマ」が満開だという。 
30分ほど歩いたところで、沢筋のやや開けたところで一服入れる。 
斜面岩場に初めて身近で見るピンクのツツジが色鮮やかに花を付けていや。
ここから先はさすがに急登が続く、道程の所々にミヤマキリシマやツツジ科のベニサラサドウダンの花が心身を癒す。 
お天気は当初山腹付近でガスが垂れ込めていたが、雲霧の動きも活発になって次第に上方に追いやられ、明るくなってきている。 
湿地部やぬかるみには木板の足場が施してあり、歩きやすくなっている。人気がある山とはいえ、さすがに山の管理人達には頭が下がるおもいだ。
ナナカマドやヒメシャラが現れて山の植物相も変わり山全体の様相、雰囲気も大部変化してきている。視界も広がって周囲の山々が見渡せるようになった、「雨ヶ池」は近そうである。

青天井の視界が大きく広がり、歩道横には広大な湿地帯が広がる。前方は平治岳や大船山が見え、すぐ其処に三俣山が控える。 三俣山の裾野に広がる「雨ヶ池」は今は乾いた泥沼であるが(今年は雨が少ない)、その名の通り雨が降ると水が溜まり池になるという。
山道の横、周辺一帯の草付き丘陵地には、ミヤマキリシマの群落やベニサラサドウダン(当地ではツクシドウダンツツジというらしい)をはじめ、多くの高山性草花が咲き競い、登山者の目を楽しませてくれる。 
周囲の山並みも所々ピンクに染まっていて実に壮観である。 
暫く、周囲の景観、山の霊気とミヤマキリシマを堪能して山を下りることにする。広大な「坊がつる」まで行きたいが他にも予定があるため、ここ雨ヶ池だ引き返すとしよう。


初夏の「九重」はミヤマキリシマの開花とともに始まると言われる。 
ミヤマキリシマと言えば九州・火山性高山地帯に産し、霧島、えびの高原のほか、阿蘇山(熊本県)、雲仙岳(長崎県)、九重・久住山など分布する。 

本来、鹿児島・霧島を代表する植物の一つで鹿児島の県花になっている。 
ミヤマキリシマはツツジ科の植物で深山(ミヤマ)に咲く霧島(キリシマ)の花ということでその名が付いたのだろう。 樹勢は概ね50cm程度の背丈で横に広がる性質をもち、枝先に2、3個づつ散形に2cm程の可愛らしい花をつける。
花の色は紫紅色が一般的で桃色、薄紅色のものも見られ、花期は概ね5月下旬から6月中旬頃。

九重・久住山系では平沼岳や大船山から三俣山、硫黄山が知られている。 
ミヤマキリシマは火山活動が生存を支えているといわれる、その活動が完全に治まってしまうと時間の経過と共に草原の森林化が起こり、やがて枯れてしまう運命にあるともいわれる。


 
坊がつる賛歌』 唄 芹 洋子
人みな花に 酔うときも
残雪恋し 山に入り
涙を流す 山男
雪消(ユキゲ)の水に 春を知る

みやまきりしま 咲き誇り
山紅(クレナイ)に 大船(ダイセン)の
峰を仰ぎて 山男
花の情けを 知る君ぞ

四面山なる 坊がつる
夏はキャンプの 火を囲み
夜空を仰ぐ 山男
無我を悟るは この時ぞ        




次回は、九重・「寒地獄温泉」 

  
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平成日本紀行(131)九重 「長者原」

2016年07月22日 18時04分14秒 | 宮崎、大分県


.九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
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 平成日本紀行(131)九重 「長者原」   、





写真:長者原と「タデ原湿原」付近



http://www.hosshouhotel.co.jp/new_image/mimatayama130710.jpg






旅の記録;「日本一周」へリンクします

先ず、塚原温泉地獄について・・、

鉄輪温泉「双葉荘」逗留の傍ら好天でもあり、先ず、九重連山の人気の山である「坊がつる」方面へ出かけることにした。 
愛唱歌・「坊がつる賛歌」でも知られる山で、地域情報によると5月下旬から6月上旬には、この地帯は「ミヤマキリシマ」の赤紫の花が山全体を染めるという。
今日は、鶴見岳、由布岳の北側を行ってみよう。


県道11号を安心院(あじむ)方面の国道500を行く、グングン高度を増してきたところで大分道とに並行しながら塚原高原の壮大な草原地帯を行く。

高原は湯布院町(由布市)の北端にある伽藍岳(1045m)、別名を硫黄山の麓に広がる草原である。
その硫黄山の山肌からは噴煙を上げていて地獄が垣間見える、塚原温泉地獄ともいい別府温泉の現況がここに見て取れる。 
左分岐に「塚原温泉」という標識があり、標高約800mの鶴見岳連山と伽藍岳のコル部(鞍部、山稜上の窪んだ所)の伽藍地獄といわれる直下に在るようで、その塚原地獄へ向かってみた。

途中、林の中を10分ほど未舗装道路を走り、その温泉場は木造の鄙びた造りで、いかにも秘境ムードを溢れる温泉である。
酸性度の高さ、アルミニウムイオンの多さは日本第二位、鉄イオン含有量の多さは日本第一位という変わり種の温泉で、日本三大薬膳湯の一つとして「知る人ぞ知る」稀有な温泉であるという。 

時間があれば入浴したいところであるが、先の予定もあるので遠慮した。この先、塚原地獄は通常は関係者以外進入禁止となっているみたいだが、内緒でスタスタ出かけてみた。噴煙を上げている場所は数カ所あり、出来たての湯釜などもあってチョットした迫力を感じる。



さて、由布岳の勇姿が近付く。 
穏やかな南面に比して、こちらの北側の由布岳は双耳峰の間から茶褐色のⅤ字峡谷をなした裂け目が山麓まで達していて、荒々しい様相を見せていた。 
由布岳北面を大回りしながら快適に進むと眼下に湯布院の町並みが見え、緑の中に静かに佇んでいる。

この辺り一昨日通った道の駅・湯布院(明日訪れる予定・・)を通過して、水分峠から分かれ
て九重方面の県道11号線を行くようになる。通称「やまなみハイウェイ」といい、既に気持ちのいい高原状のよく整備されたスカイラインのハイウェイ・・?であった。 

途中、「山下池」とガイド板があったので立ち寄ってみた。 人の気配は全く無く、静寂の一語の環境地であった。 草原状の湖畔に何故か“真紅の楓”が季節外れに印象的である・・!(楓は、「出猩猩」(でしょうじょう)という種類で、新葉の頃は紅色しているが出揃うと青葉に変化する)レイクサイドのホテルもひっそりとしていた。


これより先「朝日台展望地」という高台に出た。 
ここに「天皇来訪地」と石碑があったが何時頃、何という天皇だか定かでない、しかし、これも一興か。 
何時、何処の天皇が来訪したかは別にどうでもよいことで、天皇が御見えになったこと事態が地元にとっては大事であったのであろう。 

ただ、嘗ては良好な展望地であっただろうが、現在は杉の木立ちが育ちすぎて視界を遮っている事は残念であった。 適当なドライブインもあり食事やみやげ物は買えるので休憩所としては敵地として使えそうだ。


快適なロードが続いていて、「九重九湯、長者原へ」と看板が眼を引かせる。 
この辺り「飯田高原」と称するらしい。 見通しの良い草原状のスカイラインは、うねる様に延びている。 この頃から次第に車に数が多くなったように感ずる。


長者原」の駐車場へ着いたが、既に満車状態であった。 とは言ってもナマジの駐車場ではなく1000台ちかくも置ける大駐車場なのである、これが満車状態なのである・・!!。 
仕方なしに前車に倣って路駐を決めこんだ。 

付近にガイドセンターが有ったので事情を聞いて納得した。 
実は今日、6月5日の第一日曜日は九重連山の山開きの日だったのである。
おまけに九重連山の山岳地帯は「ミヤマキリシマ」(雲仙ツツジ)の開花時期の最盛期であると言う。 

この付近だと「坊がつる」まで登行するとミヤマキリシマの花が見てとれるという。しかも、本年は例年になく10年ぶりくらいに花付きが良いと言う。

坊がつる”とは、あの芹 洋子が唄う「坊がつる賛歌」の「坊がつる」であった。
好天に恵まれた本日、愛山者は東西南北の各地からやって来ているのだ・・!。
納得である。 


長者原は九重・飯田高原の中心地であり観光案内所、キャンプ場、レストハウス、ヘルスセンター、宿泊施設等、実に賑やかな集積地であり登山者、ハイカー、観光客の拠点にもなっている。 
小生始め草原、湿原散策のつもりであったが、山行きの準備こそはしていないが、山慣れはしているので、この恰好で「坊がつる」まで行くことにした。 
凡そ、片道2時間の行程だそうだ。

大草原から柔らかく吹き抜ける風に当たりながら、好天の「坊がつる」を目指した。 
思わず加山雄三の歌・『旅人よ』を口ずさむ。


   『旅人よ』  唄 加山雄三
  
  風にふるえる 緑の草原
  たどる瞳輝く 若き旅人よ
  お聞き遥かな 空に鐘が鳴る
  遠い故郷にいる 母の歌に似て
  やがて冬が冷たい 雪を運ぶだろう
  君の若い足跡 胸に燃える恋も埋(ウズ)めて
  草は枯れても いのち果てるまで
  君よ夢を心に 若き旅人よ

  ムームム ムームムムムム ムームムー



次回は、九重・「坊がつる」

  
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平成日本紀行(130)別府 「地獄巡り」

2016年07月22日 17時54分38秒 | 宮崎、大分県


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 平成日本紀行(130)別府 「地獄巡り」   、




「鉄輪温泉と地獄MAP」




写真:地獄めぐりで最大規模を誇る「海地獄」、竹竿は「ゆで卵」製造中・・!、



http://www.ajkj.jp/ajkj/oita/beppu/kanko/jigoku/jigoku_yama_450.jpg
山地獄



 http://www.ajkj.jp/ajkj/oita/beppu/kanko/jigoku/jigoku_chinoike_450.jpg
チョット離れている「血の池地獄」






旅の記録;「日本一周」へリンクします
さて、「地獄巡り」であるが“地獄”の沙汰も金次第・・?、

普通、地獄というと噴気、噴煙が噴出し、地獄池のようなドロドロした高温の沼など荒涼とした風景を思い起こす。  
別府では単に温泉が吹き上げるところを地獄と呼んでいるが、当時の周辺は草木も生えない、まさに地獄のような場所だったのであろう。

ここ鉄輪の地獄地帯は、千年以上も昔より噴気、熱泥、熱湯などが噴出していたことが「豊後風土記」にも記せられ、「 近寄ることもできない、忌み嫌われた土地 」であったとされている。 
里人らもこの辺りを「地獄」と呼び、今も、熱泉噴出口を「地獄」と呼んでいる。 

しかし、これらの地獄は現在は趣向をこらし、装いを設えてそれなりの景観を演出し、適度に管理されていて、強いて言えば人工の地獄であろうか・・?。
従って、「地獄の沙汰も金次第」で見物するのにも無料ではなく、一箇所見るのに何と400円以上もかかる。

地獄は十数箇所もあるので、全部見た回るにはちょいと高いかな・・?、
ここは適当に選別しながら、まぁ観光地価格と割り切るしかないのでは。



宿を出て温泉街のいで湯坂を、更にみゆき坂を進むと、白池地獄、金龍地獄が左右にある。女性の客引きが盛んに呼び込んでいて、「 2000円のお得用で全箇所見物できるヨ・・」と宣伝している。

白池地獄」:和風庭園にある池が青みを帯びて白色をしている。
これは、噴出時は透明な湯が池に落ちた際、温度と圧力の低下により青白く変化するためであるらしい。

金龍地獄」:この地獄は温泉の噴出量が尋常でなく、温泉の噴気が龍が立ち上るがる如く見えるので、その名前がついたとか。
その龍も鎮座されていて、温室が併設されたバナナ園が有名・・?。

鬼山地獄」:別名オニならぬワニ地獄のこと、大正12年に日本で初めて温泉熱を利用し、ワニの飼育を開始したところ。

かまど地獄」:泉温90度の温泉が噴気とともに湧出、古来より氏神の竈門八幡宮を祀り、地獄の噴気で御供飯を炊いていたことがその名の由来。 
かまど地獄は1丁目~6丁目までさまざまな湯の池がある。

山地獄」:一寸離れた山あいにあり、至るところからモウモウと噴気が上がっていて本来のミニ地獄模様が見れる。
ここでは小さな動物園があるのが特徴、ゾウやカバがのんびり温泉に浸かっていて、子供に一番喜ばれそうな地獄であろう。

海地獄」:山が在れば海も在る。
別府地獄のなかでも最大の地獄で、コバルトブルーの色をしていて地獄というより天国の様な美しさである。
池の色は温泉中の成分である硫酸鉄が溶解しているためという。
縁にはゴウゴウと間歇的に噴出していて、実際に広大な池の温度は何と98度を超え、入ったら即座に釜ゆで状態になること請け合いで、やはり地獄である。 
園内では温泉熱を利用してアマゾン地方原産のオオオニバスや熱帯性睡蓮を栽培しており、レストラン、売店、そしてやや高台に広大な足湯もある。
今上天皇、皇后も御来見とか。

最奥部に「鬼石坊主地獄」、明治以降「坊主地獄」として観光名所になっていたらしいが、近年、新たに「鬼石坊主地獄」としてオープンしたという。
灰色の熱泥が沸騰する様子が坊主頭に似ている事から名付けたという。
施設内には、「足湯」更には入浴風呂がある、別料金。

この地域から一寸離れた北部に「血の池地獄」がある。 
地下の高温、高圧下で自然に化学反応を起こし、生じた酸化鉄、酸化マグネシウム等を含んだ赤い熱泥が地層から噴出、堆積するため池一面が赤く染まっている。
泉質も変わった酸性緑礬泉(さんせいりょくばんせん:硫酸第一鉄の通称)という。  
ph2.4以下の強酸性の足湯があり、皮膚病、水虫にも効果有りといわれる。
大きな売店もあり、ここに、赤色の泥を利用した軟膏薬が売られている、効き目は如何に・・?。


いやはや実に地獄の博覧会であった。
白とか、青とか、赤とかの原色系の湯が湧いている様は自然の異様さを物語るし、地球の偉大なる息吹が地獄であるのもさることながら、地球は生きていると正に実感できる。
それにしても園内の造作、装飾、演出は立派・・?  
別府は真に「天国と地獄」の温泉場である。

「鉄輪温泉と地獄MAP」  http://www5.ocn.ne.jp/~kannawa/newkmap0311.html



夕刻、妻より電話連絡あり。
義母、娘夫婦家族、妻が一緒で 「サンフラワー号・最後の航海」と名うって、九州、宮崎から鹿児島への観光旅行の計画がまとまったとのこと。 往路に6月10日、羽田空港発:7時55分⇒宮崎空港9時35分、宿泊は鹿児島・指宿温泉「フェニックス・ホテル」泊まり、帰路は11日、宮崎港・サンフラワー号・20時20分とのことである。 小生も、それに合わせて行動し、宮崎、鹿児島等を同行観光することにしている。


明日は「九重高原

  
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平成日本紀行(130)別府 「別府八湯」

2016年07月20日 22時32分29秒 | 宮崎、大分県



九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/



 平成日本紀行(130)別府 「別府八湯」   、





別府温泉の象徴、歴史ある「竹瓦温泉」







旅の記録;「日本一周」へリンクします

「地獄めぐり」の前に別府八湯について・・、

豊後大分・別府市は古くから日本を代表する温泉地として国際的にも知られ、年間の観光客数は1100万人を超えるという。
そして温泉の他にも歴史と文化溢れる町として「国際観光温泉文化都市」とチョット長ったらしい都市宣言している。 

市内には約2500人の留学生が勉学に励んでおり、一般市民50人に対し1人の留学生が暮らす日本でも有数の異文化あふれる国際交流都市としてのユニークさもあり、世界へ向けて国際観光都市・別府温泉を発信している。


別府温泉は源泉数、湧出量ともに日本一を誇る。 
源泉数(孔)2847箇所、(日本全国の約1割)湧出量は一日13万KLを超える。 

温泉は鶴見岳(1375m)と伽藍岳(1045m)の二つの火山の地下に存在する食塩型(Na-Cl)の熱水であり、その温度は250~300度、熱水は天水(雨水)が主で東側の断層に沿って海岸方向に流動し、低地に流れるにしたがって傾斜地や平地に溢れ出している。 

この流動期に沸騰し、浸透水により希釈され、岩盤との反応により多種多様の水質(泉質)が形成され、多数で多種の温泉を湧出する地域を形成している。 これらの別府温泉を総称して「別府八湯」と呼ばれ、愛称、“温泉合衆国”とも言われている。

別府の市域から見ると沿岸地区に浜脇、別府、亀川の各温泉が在る。
浜脇温泉」は、別府駅の南約1kmの海沿いに位置し、別府温泉発祥の地、浜から湧いたのでその名が付いた。今でも昔風の旅館が並び、明治・大正時代の花街の名残もとどめている、炭酸水素泉、塩化物泉など。

別府温泉」は、JR別府駅から別府湾にかけての中心に位置する温泉街で、街は別府八湯の中では最も歓楽的な要素が強く、夜になれば飲食店や風俗店のネオンが煌く。 
別府温泉の中心にあって、そのシンボルと言われる共同湯・「竹瓦温泉」を有する。
この温泉は松山の道後温泉本館を彷彿させる温泉館で明治12年に開かれた由緒ある温泉で、単純泉、食塩泉、重曹泉、重炭酸土類泉など多数の温泉が湧き、各泉質に応じて効能があるといわれる。

亀川温泉」は、別府の北の玄関として豊前小倉への交通の要衝でもあったため、旅人の疲れを癒す湯治場として栄えた。
現在は一遍上人が上陸したといわれる、上人ヶ浜公園の一角に市営の別府海浜・砂湯が有り、周辺には温泉を活用した病院や療養施設、保養所を数多く有している、泉質はナトリウム・塩化物泉。

一方、山沿いには観海寺、堀田、明礬、柴石温泉と続く。
観海寺(かんかいじ)温泉」は、別府駅西側の山の斜面にある温泉で、別府湾の見晴らしがよい。昭和6年の大火後、復興し観光温泉場として急速に発展したところである。
現在では別府を代表する巨大な杉乃井ホテルなど大型リゾートホテルが連立し、レジャーの殿堂となっている。 
杉乃井ホテルでは別府温泉の豊富な地熱を利用して、地熱発電による冷暖房、温水プール、植物の温室栽培などを行っている。
単純泉、含重曹食塩泉で神経痛・リューマチに効能がある。

堀田温泉」は、観海寺温泉の更に奥、由布院へ向かう県道11号(やまなみハイウェイ)沿いにある静かな山の温泉で、湯布院、日田あるいは太宰府等へ通じる交通の要衝でもあったため、長旅の疲れを癒す旅人たちの憩いの場として栄えた。
今でも田んぼや谷間から盛んに硫気が噴き出している。 泉質は弱酸性低張性高温泉、硫黄泉。

明礬(みょうばん)温泉」は、伽藍岳の中腹標高400mの所にある山の温泉街で、藁葺きの「湯の花小屋」からは白い噴煙が立ちのぼり、訪れる人を楽しませてくれる。江戸時代はその名の通り明礬(硫酸塩と金属イオンの複塩の総称)を大量に採取していた。 

別府温泉保養ランド」別称、“温泉のデパート”と言われ、泥湯、蒸し湯、露天風呂、打たせ湯等が広い敷地内に点在している。特に女性に人気があるのが「泥湯」で、適量のコロイド(微粒子)硫黄を含む鉱泥に浸かっていると底からゴボゴボと熱泥が噴出し、体が浮き上がってくるので丸太で抑えるという。 珍しく、美肌に良いと言われる。 酸性硫化水素泉、緑ばん泉で神経痛・リューマチ・皮膚病に効能がある。

柴石(しばせき)温泉」は、鉄輪温泉、血の池地獄の近くにある由緒ある温泉で、895年に醍醐天皇、1044年に後冷泉天皇が入湯したといわれている。 
優れた自然景観は近くに森林遊歩道を有し、鉄輪・明礬と共に国民温泉保養地に指定されている、泉質はナトリウム・硫酸塩・塩化物泉など。



そして、日本で第1位、そして世界2位の湧出量を誇る別府市の別府八湯の温泉群。 その中心に位置し、最も多くの温泉源が集中するのが「鉄輪温泉」(かんなわおんせん)である。 

先にも記したが、その歴史も古く鎌倉期、一遍上人が念仏行脚の途上鉄輪の地を訪れ、猛り狂う地獄地帯を鎮めて湯治場を開いたのが鉄輪温泉の始まりとされている。
いまだに「湯治」の雰囲気を残す温泉街、処々方々に湯煙が立ちのぼり、まさに別府を象徴する景観である。  

狭い道の両側には多くの共同浴場、旅館(貸間)、土産品店がひしめいていて温泉ブームといわれる今、日本人の温泉文化が集積されている街でもある。
路地裏から地獄地帯(地獄巡り)までの別府八湯の代表といわれる鉄輪温泉は真に「温泉博物館」とも言える。

寅さんシリーズの「男はつらいよ」でも映画になり、シリーズで各地の景勝地を巡っている監督の山田洋次氏は「残したい日本の風景」の中で、町並みとして鉄輪温泉を取りあげている。

別府地獄めぐりの中心に位置する鉄輪温泉は泉質も単純泉、食塩泉、炭酸鉄泉など多彩であり、周辺に多様な地獄である海地獄、山地獄、カマド地獄、鬼山地獄、白池地獄、金竜地獄などがある。


それでは次に「地獄巡り」を致しましょう。

  
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