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人生をひらく東洋思想からの伝言

東洋思想の言葉やその精神を通じて、ともに学びながら人生や経営をひらいていけたら嬉しいです。

第191回『明鏡止水』(荘子)

2025年05月20日 | 日記

【人生をひらく東洋思想からの伝言】

第191回

  『明鏡止水』(荘子)
  めいきょうしすい

「人は流水に鑑(かんが)みるなくして、止水に鑑みる」という荘子の言葉は、

澄み切った静かな水面のように、心が静かで清らかであれば、

どんな状況でも冷静な判断ができるという意味です。

これは「無心の境地」とも言えますが、私たち凡人は日々の雑念や欲望に心を濁らせ、

物事の本質を見失いがちです。心が曇ると冷静さを欠き、誤った判断をしてしまうこともあります。

古来より禅や武道の世界では、この心の在り方が重んじられてきました。

刻々と変化する世界の中で、自分自身の内側に静寂を保つことは、真の智慧への道です。

心が揺れ動けば真実は見えにくく、静まれば現実がそのまま映ります。

だからこそ、日常から心身を浄化し、呼吸を整え、雑念を手放す習慣をつけることで、

この「明鏡止水」の境地に少しでも近づけるよう努めていきたいと思います。



参考文献 
『老子・荘子』(新釈漢文大系 明治書院)

 

 


東京大神宮

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第190回『徳は事業の基なり』(菜根譚)

2025年05月13日 | 日記

【人生をひらく東洋思想からの伝言】


第190回

『徳は事業の基なり』(菜根譚)



これは菜根譚に記された言葉で、

東洋思想の根幹を成す「徳」について語った、深い智慧に満ちた教えとなります。


菜根譚(さいこんたん)は、日本のリーダーや経営者の間で

長年にわたり深く愛されてきた書物です。

明の時代(1368年~1644)末期に、洪自誠(こうじせい)によって著されたこの書は、

儒教、道教、仏教の教えを巧みに融合させ、生き方の極意を前集222、後集135にわたって

要領よくまとめています。私も大好きな書物のひとつです。


その後に続く言葉が、

「未だ基(もと)の固(かた)からずして、棟宇(とうう)の堅久(けんきゅう)なるものはあらず」

となります。

これは、簡単に言えば、「土台がぐらぐらしている家は、どんなに立派に見えても倒れてしまう」

ということになります。


東洋思想において、「徳」とは単なる道徳的な行いではなく、

人間としての根本的な在り方を指します。

つまり、人生や仕事において、表面的な成功や派手な見栄えよりも

内面の強さや誠実さが本当に大切だということを教えているのです。

目立つことや、すぐに成果を出すことだけを考えるのではなく、

分の中に真の価値観や信念をしっかりと育てることが重要なのだと感じます。

現代社会では、すぐに結果を求められたり、外見や評判に惑わされたりしがちですが、

この古い言葉は、本当に大切なのは目に見えない内なる力だと教えてくれます。

目立つ成功よりも、自分の中にある誠実さや、困難な時でも曲げない信念こそが、

長く続く本当の成功につながるのだと思います。

東洋思想が大切にしてきた「徳」、

つまり誠実さや思いやり、正直さを大切にすれば、

どんな困難も乗り越えられる強い土台を作れるのではないでしょうか。

これからも、大切にしていきたい言葉です。


参考文献 『菜根譚』(今井宇三郎訳 岩波文庫)


関連記事
第46回「万物も皆吾が一体なり」(菜根譚)

 

 


愛宕神社

 

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第189回 『遠きを謀(はか)る者、近きを謀る者』(二宮尊徳)

2025年05月06日 | 日記
【人生をひらく東洋思想からの伝言】

第189回

「遠きを謀(はか)る者は富み、近きを謀る者は貧す」(二宮尊徳)
 

日本の偉大な思想家であり農政家、二宮尊徳が残したこの言葉には

深遠な人生の真理が込められています。

この一文は、目先の利益だけを追い求める者は結局貧しくなり、

長期的な視野を持って行動する者こそが真の豊かさを手に入れるという教えです。


続く文章には下記のようなものがあります。

「それ遠きを謀る元は、百年のために松杉の苗を植う、まして春植て、

秋実のる物においてをや、故に富有なり、

近きを謀る者は、春植えて秋実法(の)る物をも、なほ遠しとして植えず、

ただ眼前の利に迷ふて、蒔かずして取り、植えずして刈り取る事のみに眼をつく、

故に貧窮す。」


まさに、いのちの循環と宇宙の道理を説いていることかと感じました。

本当にシンプルで深い気づきを与えて下さる文章です。


二宮尊徳は単なる理論家ではありませんでした。

幼くして両親を亡くし、荒廃した田畑を蘇らせるために自らの手で汗を流し、

数々の困難に立ち向かった実践者でした。

彼の言葉には、論語や大学といった東洋思想の教えが根底にありながらも、

実体験から得た知恵と洞察が滲み出ています

現代社会においても、この教えの重要性は色あせていません。

短期的な利益や成果だけを追い求める風潮が強まる中、

真に価値あるものを見極め、長い目で物事を捉える姿勢が

一層求められているのではないでしょうか。


二宮尊徳が実践した「遠きを謀る」生き方とは、単に将来のことを考えるだけでなく、

自分を超えた社会全体の発展や次世代のことまでも視野に入れる姿勢です。

そして何より、その思想を日々の行動で示し続けたことに、私は深い尊敬の念を抱きます。

私たちも日常の小さな選択の中で、「遠きを謀る」意識を持ち続けたいものです。

それこそが、真の豊かさへの道なのかもしれません。

 
参考文献『二宮尊徳一日一言』 致知出版社


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第106回「「積小為大」(二宮尊徳)





大宮 武蔵一宮氷川神社
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第188回 『野外清掃活動』

2025年04月29日 | 日記
【人生をひらく東洋思想からの伝言】
 
第188回

『野外清掃活動』


約3年前から、近所や路上、海辺などのゴミ拾いをちょくちょく始めました。

きっかけは、茅ヶ崎という場所に引っ越して、海辺など散歩をする際に、

目についたゴミを拾ったり、路上を歩きながらふと気になるゴミを拾ったりするうちに

なんとなくゴミが気になって 拾うような機会が増えてきて、

だったら、自分の生活習慣に落とし込もうと

自称「茅ケ崎クリーンクラブ」という会を勝手に作り、会員は私ひとりなんですが(笑)・・・・

時間が空いたりすると、淡々と楽しく散歩がてら掃除しています。

活動を始めて3年が経ち、改めて振り返ってみたいと思います。

この野外清掃活動を通じて気づいたことがいくつかあります。

清掃中は心が洗われるような感覚があり、

様々なアイデアやインスピレーションが湧いてきたりするんですよね。

また、活動を続けるうちに地域への愛着がどんどん生まれているようにも思いますし、

自然と感謝の気持ちも生まれてきました。


清掃活動を続ける中での心境の変化は次のようなものでした:


1、恥ずかしさ・・・最初は、なんだかいい子ぶっちゃってとか、いい人に見られたいんだろと、
誰かに言われるんじゃないかと、人の目が気になっていた時期がありました。

2、褒められたい気持ち・・・それから、しばらくすると、「やっている自分ってすごいでしょ」という感じで、褒めて欲しいという気持ちがどんどん出てきたりもしました。

3、無心の状態・・・それから、しばらくすると、無心状態な感じになってきて、
あまり人の目なども気にならなくなり、ゴミ拾いそのものに集中できるようになってきました。

4、自然な習慣・・・それを越えてくると、気が付いたらふと無意識的に身体が動いて清掃活動をしているというような感覚になり、今は出来るときに、無理なくやっている感じです。
これからも、楽しく野外清掃活動をしていけたらと思っています
 
 
 

100均で購入したマジックハンド
 
調子に乗って、茅ヶ崎クリーンクラブ
略して「C、C、C」シールを作りました(笑)
一応マジックハンド(一枚目写真)の手元に貼っています。
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第187回 『21日間誓願』

2025年04月22日 | 日記

【人生をひらく東洋思想からの伝言】

第187回

『21日間誓願』

4月1日から21日までの期間、

自らの「志」を確立するための『21日間誓願』に取り組みました。

日々の仕事や生活の合間を縫って、

自分自身で定めた課題を21日間にわたり継続してきました。


古来より、偉人たちが21日間の断食行によって悟りを開いたという逸話や

様々な伝承が存在します。

私にはそこまでの苦行や難行はしませんでしたが、

それでも自分なりの覚悟を決めて今回の誓願に臨みました。


今回の自身のテーマは「これからの人生で本当に取り組むべきことは何か」を

具体的に見定めることでした。

その道を本当に進むのかを自らに問い、確かめるための時間としました。


日々の実践のひとつとして、

毎朝「大祓詞(おおはらへのことば)」を奏上することを課しました。


宇宙に響き渡るような思いで、心を込めて読み上げる時間を大切にしました。

また、毎日必ず神社を訪れることも自らに課しました。

時には、仕事の関係で日によって異なる神社になったこともありましたが、

それぞれの神域で静かに自己と向き合う時間を持ちました。

体力的に厳しさを感じる日もありましたが、

なんとか21日間を全うすることができました。


誓願の道のりを全うした今、

なんともいえない清々しい気持ちを感じています。
 



寒川神社

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