エージングパラドックス（65）平等の内側にある不満

　寿センター将棋室は、コロナ第二次感染の危惧をよそに、元の盛況を取り戻している。年寄りたちが単に将棋を指すばかりでなく、家の外に出て、友人と世間話をする重要な社会との接点を提供するのが、寿センターのような老人福祉センターの役割なのだ。

　「秋夫君、長らく学校が休校だったせいか、街角でマスクして遊んでいる女の子を見かけて、おやと思ったね」「ほう」「だって、昔は小学生と言えばおかっぱ頭だったのに、今は、小さい女の子がみな髪を長くしているんだね」「昔もあったにはあったが、三つ編みしていた。今は、ママと同じスタイルだ」「夏は暑そうだし、体育とかやりにくそうだし、小さい時から私は女という意識を持たせるのはどうかな」「それを言うなら、男の子も、かつてのような坊主頭や半ズボンはなくなって、男の子らしさはなくなった」

　「秋夫君、日本は兵隊がなくなったし、シラミがたかることもなくなったから、坊主頭は必要なくなったってことかな。つまり、進歩したってことか」「そうだな。女の子も、子供の数が少なくなったから、母親が髪をヘアドライヤーで整えてやる暇ができたってことじゃないか。それもまた進歩の側面だよ」「昔は、服装と髪型で所得階層が分かったが、今はみな同じ格好だ。とすると、進歩というのは、自由よりも平等の価値を追いかけたってわけか」「戦後の歴史はあるところまでそうだったんじゃないか、春男君。高度成長は、結果的に経済平等と文化平等をつくったよ」

　「大学は800近くもあって大衆化。服は、ユニクロやシマムラの安いカジュアルが普及して万人同じスタイル。食べ物も、焼き肉が大衆料理で、昔のように、魚肉ソーセージで代替するなんてことなくなったもんな。見かけ上の平等化は継続しているが、実は、秋夫君、コロナで貧富の差が広がったんだ」「そうだろ、俺もそう思うよ。正規雇用は、テレワークしたって同じ給料。非正規雇用は、職を失ってしまった。近所の奥さん方もパートを解雇された人が多いな」

　「昔のように、金持ちはしゃれた服で肉食、貧乏人はボロ服で菜食というように、目に見えて違いが分かった方が、努力のし甲斐があって、政治の托割もはっきりしていたのではないか」「そうだな、今の日本人は、心の傷を追いながら、みなと同じ格好をして、食に窮することはない生活を表面上はしているんだ。コロナで格差が広がったのをきっかけに、爆発しないかな」

　「秋夫君、ありえないことではない。ツイッターでは、高級国民はけしからんという言葉や保育所落ちた、日本死ねなんて言葉が取りざたされたじゃないか。金持ちや政治への不満や憎しみが平均的な装いの人間の心に潜んでいる。コロナで社会の貧富の差が拡大すれば、一見、何事もなき日本に有事は起こりうる」「春男君、物騒なこと言うなよ」「俺たちの年代はもうあきらめがあって、政治のせいにしたり社会のせいにしたりしないが、今一番可哀そうなのは40歳代だな。20代の若者は保守化していると言うが、40歳代は、いわば就職氷河期の人間で、コロナ格差に最も痛手を受ける年齢だ。今や、日本の中位年齢、つまり、国民の真ん中の年齢は49歳だから、40代は我々年齢からみれば若者の部類だ。まだたくさんの人生時間が残っている」

　「しかも、彼らは、男の4分の１、女の6分の1が結婚していない世代だよ、春男君。家族を持たないと言うことはブレーキがかからない可能性の強い生き方だ。君の言うように、爆発はあるかもしれないな」「だがよ、秋夫君、爆発に火をつけるリーダーというか、理論的指導者がいないのさ。太平洋戦争は、いいか悪いかは別として、大川周明だの、北一輝だの、若者を扇動する人がいたけれど、今は皆無だね」「ならば、しけた爆弾があるだけで、俺たちは、平和にあの世に行けそうか」

　「秋夫君、俺は思うね。インバウンド景気が終わり、オリンピックが中止され、コロナ経済とコロナ財政が破局し、金余りが原因のハイパーインフレと消費デフレが一緒になったスタグフレーションで、来年はすごい年が来る。既存の政党とは関係ないところから救世主が現れるかもしれない。そのカギを握っているのは、今の40代ではないか」「俺たちは無関係か。せいぜい将棋を淡々と続けるしかないな」「そうだな。おかっぱ頭と坊主頭の昔の格差時代を思い出しつつ、逃げ切ってあの世に行くしかない」