エージングパラドックス（63）人のせいにしない

　寿センター将棋室で、対局しながら、春男はしみじみ語った。「なあ、秋夫君、将棋っていいなあ」「なんだよ、藪から棒に」「だってさ、勝ち負けは完全に自己責任だからさ。自分の手がまずかったから負けたので、相手のせいにはできないだろ」「そうだな。徹底的に自分を磨き上げるしかない。もちろん、タイトル戦に挑む藤井7段のような天才的な人もいるが、素人将棋は自己の努力以外の何物でもない」

　「でな、秋夫君、俺はつらつら反省したわけよ。コロナが治まらないのは安倍さんのせいだと言ってきたが、本当は、誰がやっても未来は見通せないのだからうまくいくわけがないことを忘れていた」「へえ、ずいぶん飛躍するんだね。だけど、君のような左寄りの人間に俺は常々警告してきたぜ。政治が悪い、社会が悪い、果ては、上司が悪い、妻が悪いと何でも人のせいにする人は、結局自分がみじめな思いをするだけだって」

　「秋夫君、逆に君のような右寄りの人間は、何でも反省なしに、これでいいや、こんなもんだと適当に認めてしまう。だから、世の中に進歩をもたらさない」「君と俺とどっちが間違っているかと言えば、どっちもどっちじゃないか。世の中は普通の人間の力では何も変わらない。そこら辺のサラリーマン政治家なんかでは世の中は変えられない。近代日本を変えたのは、ペリーの黒船と太平洋戦争ではないか。それを今更アメリカ寄りが悪いなどと言ってるのは歴史を学べと言いたいね」

　「本当に、俺たち、敗戦後の様々な事件に巻き込まれてきたが、敗戦で民主主義国になり、高度経済成長、バブル崩壊、ソ連崩壊、アジア経済危機、テロ戦争、リーマンショック、それに今度のコロナと大事件はいっぱいだった。でも、敗戦後、憲法や民法が変わって社会を変えたのは最大の大事件で、今回のコロナも産業の浮き沈みや経済格差の拡大や家族志向の傾向など、多少は変わっても、敗戦ほどの変化はあるまい」「春男君、大事件のせいではないが、超高齢化、超少子化といういつの間にか社会を変えた長期トレンドは、確実に日本の落日を決定づけたな」

　「いや、秋夫君、それは違う。世界トップの超高齢化と超少子化は、日本にとって大チャンスだよ。既に介護サービスという産業を制度的に創設し、拡大させて10兆円ビジネスにしたのは日本だ。世界がそのノウハウをまねするようなビジネスチャンスはある」「でも、超少子化のビジネスはうまくいっていないじゃないか。老人介護をアウトソーシングすることに成功したが、子育てサービスはいつまでたっても、保育所整備とワークライフバランスとかで家庭的でない日本の男を改造する計画以上のものはない」

　「秋夫君、それはこれからだ。コロナで家族の重要性を知った若者が結婚志向になる可能性がある。子育て産業にAIを導入して一大産業にできるかもしれないぞ」「それって、AIが赤ちゃんの沐浴をやったり、言葉を教えたりすることか？すると、日本国中ロボット人間をつくるということだな」「AIロボットが育児したから子供がロボットになるわけじゃあるまい」「AIが覚えた育児は、一定の反応に一定のサービスを供給するんだから、金太郎あめのような人間ばかり作り、まさにロボット人間製造ということになるよ」「だから、秋夫君、君は古いんだよ。AIのほうが国語や算数の間違いを教えないし、栄養学的にみて、今日の夕食の内容まで決めてくれるんだ」「少なくとも天才は育たないね」

　「どうして秋夫君のような保守派は新しいことが嫌いなんだよ」「どうして、春男君のような革新派は現実的な提案ができなくて、奇抜な案ばかりが素晴らしいと自画礼賛するんだよ」「金太郎あめみたいな少子化政策や金太郎あめみたいな経済政策から脱すべきときだよ」「そうかね。川野辺ダムが環境を壊すからと中止させたダム反対のおかげで今回の球磨川氾濫がおきたのではないのか。君もひところ、コンクリートから人へなんて言っていたが、コンクリートが自然を食い止めるときもある。自然の力や人口圧力は、人為よりも社会を変える」

　「だから、俺は言ったろう、人のせいにするのはもうやめたい、何でもかんでも安倍さんが悪いとはもう言わないと。だが、政策提言は必要だ。高度成長をやったのは池田勇人だし、公社民営化など国家の呈を成さしめたのは中曽根康弘だ。そういう人材は必要だろう」「残念ながら、今は政界の人材不足だね。自然力と人口圧力を受け止め、立ち向かうリーダーはいない。今いる人のせいにしても何も始まらない」「人のせいではなく、自然力と人口圧力が日本をつくっていく？もしかしたらそうかもしれない。あれ、秋夫君、もう詰まっちゃったのか、お前のせいで今日の勝負は負けだ」