大泉ひろこ特別連載

大泉ひろこ特別連載です。

QUADオーストラリア篇 (10) ASEANがカギ(豪州篇最終回)

2022-05-02 00:19:35 | 社会問題

 ロシア侵攻が始まって以来、日本の関心はコロナからウクライナに移った。日本人にとって、歴史も地理も知らない国であったが、相変わらずのマスコミのワンパターン報道で、ロシアへの怒り、ウクライナへの同情、ロシアを真似るかもしれない中国への脅威が、日本の大方の世論となった。その中国は、先進国がコロナのピークアウトに向かいつつある中、ゼロコロナ対策にしっぺ返しを喰らい、経済回復を後戻りするほどのコロナ禍中にある。習近平体制にも影響が出よう。

 この状況の中で、対中国政策パートナーシップたるQUADにも若干影響が出てきた。先ずアメリカは、NATO加盟国でないウクライナに対し、後方支援は行うが自らロシアと戦わないと宣言していることにより、果たしてパートナーシップのリーダーとして頼れるかが問題である。インドはもともと友好国のロシアに対し、国連の非難決議は棄権し、西側の経済制裁には反対を表明している。日本はアメリカに従いつつも、軍事支援以外の支援にとどめ、オーストラリアはアメリカと同じ立場であるが、そもそもロシア同様資源輸出国であり、有効な経済制裁手段がない。つまり、パートナーシップは同盟ではないから、そろって同じ行動をとるのではないことが明らかであり、台湾有事の場合でも、自らが攻められたのでなければ、ウクライナの場合と同じ対応になる可能性がある。

 筆者のQUAD執筆の意図は、QUAD四か国にいずれも居住した経験から、それぞれの文化的土台を自己のエピソードに基づいて描いてみたかったところにある。必ずしも外交を語るのではない。ここまで書いてきて、四か国の中で、一番QUADへの思い入れが強いのはオーストラリアではないかと感じている。中国から喉元に剣を突き付けられているのはオーストラリアであり、アングロサクソンの大国アメリカとアジアの仲間、日本及びインドとの連携を強く望んでいる。いつの間にか、自国の政治家、企業、大学が買収されているのに気づき、中国の札束外交から逃れたい一心である。

 オーストラリアが学ぶべきは、オーストラリアの北に位置するASEAN諸国である。1967年、当時五か国で結成されたASEAN(東南アジア連合)は、今や十か国で、全体の人口が6億6千万人、GDPは日本の6割に当たる。タイを除いて欧米の植民地から独立し、概ね教育水準の高さと真面目さから経済発展を遂げ、EUとは異なって域内にボスを作らず、中国、インド、日本、韓国と並ぶアジアの大きな勢力となった。政治体制は共和国であったり、王国であったり、社会主義国であったりまちまちな上、宗教も仏教、キリスト教、イスラム教が共存し、大国におもねることなく、平和や経済に貢献し、現在のEUよりもはるかにうまく運営してきた国際共同体だ。

 しかし、近年は、中国の一帯一路政策の恩恵を受けると同時に、中国支配を警戒するようにもなっている。殆どの国は、日本とアメリカに友好的な国である。ベトナムは中国を嫌い、マレーシアは欧米を嫌い、ラオスは同じ社会主義国として中国寄りと言うように、いささかのバリエーションはある。しかし、近隣であるはずのオーストラリアはあまり意識されていないようだ。オーストラリアの方では、筆者が在住したキャンベラのオーストラリア国立大学において、東南アジアの留学生はたいへん多く、中国に次ぐ。その多くはオーストラリア側が奨学金を出していて、オーストラリアが近隣のASEANを取り込みたいという意図がはっきり読み取れる。

 特に多いのは、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム、シンガポールである。極めて少ないがラオスからの留学生もいた。ラオス人は、英語ラオス語辞典がないので、英語タイ語辞典で勉強すると言った。ラオス語とタイ語は近くてお互い通ずるそうだ。しかし、ラオス人の彼女は「ラオス人はタイが嫌いだけれど」と付け加えた。日本人には、分からない国民感情だ。ベトナム人に至っては、口を開けば中国の悪口を言う。古代から現代まで、属国にされたり、中越戦争をしたりの相手だから、同じ共産国でも仲が悪い。マレーシアの欧米嫌いは、言うまでもなく、長期政権を築いたマハティール首相の「欧米ではなく、日本を見習え」のルックイースト政策の影響であり、アジア経済危機の時に欧米に罵詈雑言を浴びせたのも記憶に残る。

 インドネシアとマレーシアはもともとマレー人として同じ人種だが、中国系やインド系に比べるととてものんびりしている。ガツガツ勉強して早く学位を取ろうというようなところはない。ベトナム人は集団が好きで、いつも集まって長い時間かけてベトナム料理を食べているが、その時間が長すぎるせいか学位を取らないで帰る人が多い。これは意外だ。ベトナム戦争でアメリカに勝ったベトナム人を筆者は尊敬していたが、二世三世は先祖の粘りを受け継いでいないらしい。かくのごとき多文化多様性はオーストラリアならではの光景だ。

 オーストラリアはASEANと類似点が多い。先ず、植民地から独立した。そして、第二次世界大戦中に日本軍の攻撃を受けた。オーストラリアにとって攻撃を受けたのは、今の今まで日本だけなので、戦争博物館での日本の扱いは極めて大きい。そして、筆者が既述したように、その恨みは残っている。東南アジアも、大東亜共栄圏の名の下、独立を援助する名目で植民地化しようとした日本に対し、戦後長らく恨みを抱いていた。田中角栄首相が東南アジアを歴訪したときに火炎瓶を投げつけられ、田中首相は帰国して東南アジア友好の必要性を痛感し、ODA強化や新たに東南アジアの船という青少年の交流事業を始めた。その後、福田赳夫首相が東南アジア歴訪し互いの立場を尊重しあう「福田ドクトリン」を演説し、ASEANとの関係は改善した。

 オーストラリアも、シドニー湾急襲の恨み、アジアでの捕虜収容での恨みが残るのは分らないでもないが、捕鯨や従軍慰安婦問題で日本を責めるよりも、未来志向になってほしい。それは、近隣のASEANがとった道だ。今、日本に恨みを語るASEAN加盟国はないと断言できる。宗主国も植民地もアングロサクソンという歴史で、ASEANとは異なるプライドはあるのかもしれないが、経済的にも世界政治上もASEANはオーストラリアを凌駕しているところが多い。

 オーストラリアがASEANとの類似を認めるかどうかは別としても、白豪主義を完全に払拭するには、領土が大きいだけでは政治力が大きくなることはないので、人口の大きいASEANとの密接な共存を考えるべきであろう。APECはアメリカやカナダや日本が入っているので大きすぎるし、ANZUSやAUKUSは軍事同盟だ。もしかしたら、その地政学的特性から、オーストラリアはASEANと組むのが有効的に中国支配を断じる方法かもしれない。

 

 

読者の皆様

次回から日本篇(タイトルは日本と中国篇)を執筆いたします。どうぞ継続してご高覧ください。

 

 

  

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