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俳句雑記帳

俳句についてのあれこれ。特に現代俳句の鑑賞。

紅梅

2014年02月25日 | 俳句
 白梅は気品があると言われるが、紅梅はやさしく、濃艶な趣がある。花期は白梅より遅いとされるが、木によってまちまちとも言える。白梅は実を取るが紅梅は観賞用に植えられる。

     紅梅の紅(こう)の通へる幹ならん  高浜虚子

 よく知られた句である。紅梅をじっと見ていると、人間と同じように血が流れていて、それが花を紅くしているのだということを発見したのである。そんなはずはないと思いながら、一方で納得させられるものがあるから、この句は有名になったのである。虚子の発想にはときどきこういう色に対する認識が表れる。「白牡丹といふといへども紅ほのか」などもそうである。よく見ることが発見につながっているのである。

     紅梅と故人のごとく対しけり  富安風生

 その人が紅梅を好んだとは限らないが、白梅と違って紅梅には人間臭さがあることは確かであろう。思わず「こんにちは」と言ってしまいそうな雰囲気がある。作者はもちろん紅梅が好きなのだ。        

立春

2014年02月06日 | 俳句
 立春は二十四節気の最初の節である。注意したいのは二十四節気は旧暦だと思いがちであるが、立春は旧暦ではなく新暦と考えてよい。太陽の黄径が315度のとき。この日から暦の上では春となるが、実際の気候は真冬であることが多い。しかし、確実に春の気配が漂う。八十八夜、二百十日などはすべて立春の日から起算される。

    オリオンの真下春立つ雪の宿  前田普羅

 雪の宿と言っても雪は降っていないであろう。作者は雪の積もって残っている宿にいるのだ。春立つ日に雪が降るのは珍しいことではないが、この日はよく晴れて雪も止んでいたのだろう。オリオン座がいちばん高くなるのは二月の上旬と言われるから、ちょうど立春の頃である。そのオリオン座の真下に立って立春の今日の感慨にふけっているのである。

    淋しさの似合わぬ人に春立ちぬ  河野扶美

 淋しさの似合わぬ人というのは作者の友人であろう。その友人の身内の誰かが亡くなったのだろうと思われる。友人は淋しそうにしているが普段から明るくて快活な人だから、その淋しそうな様子が気の毒でならないのだ。そこへ立春の日がやってきた。気のせいか彼女も元気を取り戻したように思える。もともと淋しさの似合わない人なのだから。