石鹸水をストローの先につけて吹くと美しい玉ができる。静かに吹くと大玉に、強く吹くと小玉が多くなって空中に浮かぶ。これが石鹸玉(しゃぼんだま)である。子供の遊びであるが春らしいのどかな景物である。江戸時代には無患子(むくろじ)の実を煎じた液を用いたという。日の光の中に虹色に浮かぶ球体は見ているだけで楽しいものである。
大小は自在に吹けて石鹸玉 稲畑汀子(いなはた・ていこ)
句集『さゆらぎ』より。
「自在に」というのは大人の言葉であるから、これは子供達が石鹸玉遊びをしているのを見ている場面であろう。子供達の中に自分の子が混じって遊んでいるのを母親の眼で見ているのである。このごろは大きいのも小さいのも自在に吹けるようになったねと言っているのである。思い出の場面であるが、作者にとっては「今」なのである。
しやぼん玉奏でるやうに吹きにけり 山崎 杏(やまざき・あんず)
句集『童画館』(ふらんす堂)より。
この句も子供の石鹸玉遊びを見ている場面のようである。ただ「吹きにけり」と言っているので自分のことのようでもある。とすれば子供時代の思い出となるだろう。兼題とか席題で「石鹸玉」が出たのであろうか。「奏でるように」とは上手い表現だが、言われてみれば石鹸玉にふさわしいと思える。音は出ないが、いかにも笛を吹くような仕草となる。空中に散らばる大小の玉はまるで楽譜が飛んでいるようでもある。
大小は自在に吹けて石鹸玉 稲畑汀子(いなはた・ていこ)
句集『さゆらぎ』より。
「自在に」というのは大人の言葉であるから、これは子供達が石鹸玉遊びをしているのを見ている場面であろう。子供達の中に自分の子が混じって遊んでいるのを母親の眼で見ているのである。このごろは大きいのも小さいのも自在に吹けるようになったねと言っているのである。思い出の場面であるが、作者にとっては「今」なのである。
しやぼん玉奏でるやうに吹きにけり 山崎 杏(やまざき・あんず)
句集『童画館』(ふらんす堂)より。
この句も子供の石鹸玉遊びを見ている場面のようである。ただ「吹きにけり」と言っているので自分のことのようでもある。とすれば子供時代の思い出となるだろう。兼題とか席題で「石鹸玉」が出たのであろうか。「奏でるように」とは上手い表現だが、言われてみれば石鹸玉にふさわしいと思える。音は出ないが、いかにも笛を吹くような仕草となる。空中に散らばる大小の玉はまるで楽譜が飛んでいるようでもある。