功山寺決起

青山繁晴事務所から自由民主党の党員になりました。(2020年)

95人目の「護る会」(2024/03/05)

2024-03-05 17:54:02 | On the Road
▼護る会 ( 日本の尊厳と国益を護る会 ) は、新たに中田宏参議院議員と、衆議院議員 ( ご本人の要望で名前は非公表 ) の2人が、それぞれの自由意志で参加され、96人となりました。
 しかし会員だった大野泰正参議院議員が離党されています。護る会は、現役の自由民主党所属の衆参両院議員だけを正会員としてカウントしますから、95人です。
 旧来の派閥とはまったく違い、カネとも利権とも一切、無縁の新しい議員集団として、自由民主党内で最大級となっています。

【誤りを修正して再アップします】 護る会は95人です ( 上掲の日付は、修正版のエントリーを書き始めた時刻です  )

【誤りを修正して再アップします】 護る会は95人です ( 上掲の日付は、修正版のエントリーを書き始めた時刻です )

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road


▼創建以来、掲げ続ける3本柱 ( 父系一系による皇位継承の安定、中韓など外国による国土侵食の阻止、旧スパイ防止法案をカウンター・インテリジェンス法案 ~ 仮称 ~ として整備すること ) について、水面下の交渉を含め、押し進めています。

 同時に、次から次に起きる事態にも対峙しています。
 たとえば、「応募工」 ( 外務省用語では「旧朝鮮半島出身労働者」 ) をめぐる裁判で韓国の裁判所が日立造船の供託金を不当にも韓国の原告側に渡してしまった重大事態について林官房長官も上川外相も「遺憾」で済ませてしまっていることをはじめ、反日を容認するかのような親韓姿勢に対して、議論し、行動をとりつつあります。

▼護る会は依然、組織としての勧誘は一度もおこなったことがありません。
 個人の会話で話が出ることはあります。議員から聞かれることもいくらか増えました。しかし、組織的勧誘は今後もおこないません。
 そこも旧来の派閥とは違います。
 国会議員は、主権者のみなさんと直に向かい合うためにも、自律した意志を持つことが大切だと、護る会代表として考えています。





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「背骨勉強会」(2024/03/05)

2024-03-05 10:48:01 | On the Road
▼きのう3月4日月曜の夕刻から夜にかけて、自由民主党の本部で「背骨勉強会」と名付けた会が開かれました。
 党の「中央政治大学院」が主催する、新しい会の初回です。

 衆議院の当選4回まで、参議院の当選2回までの議員、それにまだ当選していない次期選挙の立候補者を集めて、「党の背骨を作り直す」という趣旨です。

「背骨が欠けているのは首脳陣や幹部です」と、覚悟を持って、発言しました

「背骨が欠けているのは首脳陣や幹部です」と、覚悟を持って、発言しました

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road

青山繁晴の道すがらエッセイ/On the Road


▼講師として招かれた齋藤健・経産大臣が、日露戦争から真珠湾攻撃までの歴史について話されたあと、質疑応答に入り、わたしは最初に発言しました。
 熱意を込めて講演された、旧友でもある齋藤さんと、政治大学院の院長として新しい試みをされた遠藤利明・元五輪担当大臣に、礼儀を尽くしたあと、こう述べました。

「背骨をつくり直すべきは、当選回数が少ない議員や、これから当選なさる候補者のみなさんでは無くて、現在の自由民主党の首脳陣や幹部です」

「自由民主党のほんらいの背骨とは何か。それは、はっきりしています。西暦1955年に結党したとき、自主憲法の制定を掲げた、それです。以来、69年間の党史を重ねて、うちおよそ65年、政権に居ながら、自主憲法の制定どころか一字一句変えられず、国民投票にかけて主権者・国民にお聞きすることも、一度も、行うことができないでいる。その間、自由民主党をジミントウと言い換えるうちに、退廃と変質を招きました。このことを、まさしく勉強すべきです」

「これも踏まえて、次回以降は、戦前史よりまず、戦後史、自由民主党の政権と大半が重なる、アメリカに負けたあと現在に至る歴史をテーマにしてくださるよう要請します」





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