■仙台市戦災復興記念館・戦災復興展
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/26/7601053391fc90d082192640900737d8.jpg)
■「平和祈念コンサート」入場整理券
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/c7/0dc34bc73fe73182fcb353ce830314b8.jpg)
■「平和祈念コンサート」プログラム
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/25/44/c6c20433a7ffcd740ce58064a9c451e9.jpg)
■「平和祈念コンサート」プログラム
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/b5/9ab3a45fb53ccd433f35f6b74972fc96.jpg)
7月11日、仙台市戦災復興記念館記念ホールで行われた「戦災復興展」のイベントの一つに『仙台空襲から70年平和祈念コンサート』があり行ってきました。
コンサートには入場整理券が必要と市報で見たことから応募していました。
毎年、この時期に仙台市では、「戦災復興展」を開催していました。
「戦災復興展」へ行くきっかけがありました。
6月13日の私のブログに書き込みしていましたが、コンサートの入場整理券が仙台市戦災記念館受付窓口で渡すということがあり、その足で常設展示場を見学してきました。
「戦災復興展」は、仙台市が昭和20年7月10日午前0時過ぎ、アメリカ軍B29型爆撃機の空襲により、千人を超す尊い命が奪われ、2時間余りの間に街の中心街が焼け野原と化したことを後世に伝えていくため、この時期に行われているイベントでした。
コンサートは第一部が朗読、第二部が室内楽コンサートになっていました。
第一部の朗読は、仙台アートセンター朗読の会グループ「嵐」の佐藤紘子氏、加藤益子氏の「仙台空襲からの戦後にかけて(高橋都)」・「地獄の追憶(河内愛子)」の戦争当時の手記をもとにした朗読でした。
「地獄の追憶」の河内愛子は、現在、山形市に在住ですが、当時、15歳、両親を失い戦災孤児となった仙台空襲の体験談を綴ったものでした。
牧師の父親は逃げ遅れて教会で炎にまかれ、河内さんと一緒に逃げた母親は全身やけどで約1か月後に息を引き取り、河内さんは防火水槽に飛び込み、九死に一生を得、15歳になって、突然、孤児になった仙台空襲とその後の人生を綴ったものでした。
第二部の室内楽コンサートは、仙台フィルハーモニー管弦楽団のメンバー4名(ファースヴァイオリン・セカンドヴァイオリン・ヴォオラ・チェロ)によるもので、平和を祈念するコンサートとして、平和や希望を強く意識しながら、美しく、また楽しく観賞できる曲を選択したとありました。
第一部、 第二部ともに戦後70年の記念行事に相応しい内容で、暫し、戦争の悲惨さを噛みしめたひと時でした。
翻って、最近の世の中を思うと、戦後70年を迎えた日本の行く末がどうなるのかと危惧される問題ばかりが多いような気がしています。
「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備」
「国民の命と幸せな暮らしを守るための法整備」
と声高に言っても、元最高裁判所判事や殆どの憲法学者が、集団的自衛権は憲法違反と言っているし、地方の議会が反対や慎重を唱えているし、約半数以上の国民が説明不足と言っているし、決める時には決めると言っているし、何だか世の中が物騒な気配になっているような気がしています。
「命と幸せ」は、この世に生まれたからには一番大事な要素ですが、「命と幸せ」の内容が世の中に受け入れられずこのまま進んでいくと、この先の日本丸がどうなっていくのかと心配しています。
将来、子子孫孫、「平成レジームからの脱却」と唱えられないためにもしっかりと考えていかなければならないことなのかと思っています。
仙台空襲から70年、「戦災復興展」に直に触れ、戦争と最近の世の中の状況を考えた一日でした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/24/4874f269e716933fb70e1d8fd4751222.jpg)
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■「平和祈念コンサート」入場整理券
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■「平和祈念コンサート」プログラム
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■「平和祈念コンサート」プログラム
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7月11日、仙台市戦災復興記念館記念ホールで行われた「戦災復興展」のイベントの一つに『仙台空襲から70年平和祈念コンサート』があり行ってきました。
コンサートには入場整理券が必要と市報で見たことから応募していました。
毎年、この時期に仙台市では、「戦災復興展」を開催していました。
「戦災復興展」へ行くきっかけがありました。
6月13日の私のブログに書き込みしていましたが、コンサートの入場整理券が仙台市戦災記念館受付窓口で渡すということがあり、その足で常設展示場を見学してきました。
「戦災復興展」は、仙台市が昭和20年7月10日午前0時過ぎ、アメリカ軍B29型爆撃機の空襲により、千人を超す尊い命が奪われ、2時間余りの間に街の中心街が焼け野原と化したことを後世に伝えていくため、この時期に行われているイベントでした。
コンサートは第一部が朗読、第二部が室内楽コンサートになっていました。
第一部の朗読は、仙台アートセンター朗読の会グループ「嵐」の佐藤紘子氏、加藤益子氏の「仙台空襲からの戦後にかけて(高橋都)」・「地獄の追憶(河内愛子)」の戦争当時の手記をもとにした朗読でした。
「地獄の追憶」の河内愛子は、現在、山形市に在住ですが、当時、15歳、両親を失い戦災孤児となった仙台空襲の体験談を綴ったものでした。
牧師の父親は逃げ遅れて教会で炎にまかれ、河内さんと一緒に逃げた母親は全身やけどで約1か月後に息を引き取り、河内さんは防火水槽に飛び込み、九死に一生を得、15歳になって、突然、孤児になった仙台空襲とその後の人生を綴ったものでした。
第二部の室内楽コンサートは、仙台フィルハーモニー管弦楽団のメンバー4名(ファースヴァイオリン・セカンドヴァイオリン・ヴォオラ・チェロ)によるもので、平和を祈念するコンサートとして、平和や希望を強く意識しながら、美しく、また楽しく観賞できる曲を選択したとありました。
第一部、 第二部ともに戦後70年の記念行事に相応しい内容で、暫し、戦争の悲惨さを噛みしめたひと時でした。
翻って、最近の世の中を思うと、戦後70年を迎えた日本の行く末がどうなるのかと危惧される問題ばかりが多いような気がしています。
「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備」
「国民の命と幸せな暮らしを守るための法整備」
と声高に言っても、元最高裁判所判事や殆どの憲法学者が、集団的自衛権は憲法違反と言っているし、地方の議会が反対や慎重を唱えているし、約半数以上の国民が説明不足と言っているし、決める時には決めると言っているし、何だか世の中が物騒な気配になっているような気がしています。
「命と幸せ」は、この世に生まれたからには一番大事な要素ですが、「命と幸せ」の内容が世の中に受け入れられずこのまま進んでいくと、この先の日本丸がどうなっていくのかと心配しています。
将来、子子孫孫、「平成レジームからの脱却」と唱えられないためにもしっかりと考えていかなければならないことなのかと思っています。
仙台空襲から70年、「戦災復興展」に直に触れ、戦争と最近の世の中の状況を考えた一日でした。