日本の真実

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日本の記念すべき日 其の二十五 10月25日 バレーボール世界選手権で日本女子チームが初優勝

2007-10-25 06:24:02 | Weblog
◎「東洋の魔女」誕生(昭和37年:1962年)

バレーボールが考案されたのは19世紀末のことですが、世界選手権が始まったのは戦後の1949年(男子)、1952年(女子)です。日本は男女とも1960年に初参加し、男子は8位、女子は2位でした。
当時、女子バレーはソ連が圧倒的に強く、第3回大会まで3連覇を果たしていました。一方、国内では大阪府貝塚市の実業団チームである日紡貝塚が1959年以来連戦連勝を続けていました。チームを率いる大松博文監督の過酷なトレーニングは有名でした。
同チームは1961年8月から2ヶ月間欧州遠征を行い、22戦全勝を記録。世界一のソ連を破った時、地元の新聞は「東洋の台風」「魔法使いの娘たち」と書き立てました。
翌1962年10月、第4回世界選手権がモスクワで開催されました。12人中10人が日紡貝塚の選手で構成された日本代表チームは6連勝を記録し、25日、同じく6戦全勝の地元ソ連チームと優勝を懸けて対戦。セットカウント3-1でソ連を破り、初優勝を飾りました。7試合で1セットを失っただけの完璧な優勝。「東洋の魔女」日本女子代表チームが誕生した瞬間でした。
2年後の1964年10月23日、東京オリンピックで初めて正式競技となった女子バレーボールの優勝決定戦が行われました。世界選手権の時と同じく日紡貝塚主体で構成された日本代表チームは3-0のストレートで再び宿敵ソ連を破り、見事に金メダルを獲得。「東洋の魔女」のニックネームが世界中に広まりました。
日紡貝塚(1964年にニチボー貝塚に名称変更)チームはその後も連勝街道を驀進し、1966年8月にヤシカに敗れるまで258連勝を記録しました。
(信)
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