新潟久紀ブログ版retrospective

新潟独り暮らし時代53「深夜の研究室での就活試験勉強(その1)」

●深夜の研究室での就活試験勉強(その1)

 ふとした経緯で大学3年生の春休みから広告代理店でのフルタイムバイトを始めた私は、新潟県内をくまなく営業で回る中で県勢に寄与できる仕事をしたいと思うようになり、卒業後の進路として新潟県庁への就職を目指すことにした。
 公務員試験の勉強に着手するには既に相当遅いタイミングであったのだが、書店で過去問など調べてみると、試験の範囲は義務教育から大学に至るまで学校生活で学んできた学科全てと言っても過言でなく、定員を超える受験者をふるいにかけるための競争試験なのだから難度も高いもののようだ。
 いまさら専門学校に通うためのいとまもお金もなかった私は、地方公務員試験対策用の参考書集と問題集が一式まとまったものが通信販売されていると知り、初めての通販で申し込んでそれを入手し、それだけを頼りに突貫工事よろしく独学で試験勉強を進めることとした。
 参考書と問題集は段ボールに梱包されて大層な量。試験日までの準備期間が2月程度しかない中で、最大の問題は集中して勉強できる場所が無いことだった。
 私が暮らしていた新潟大学五十嵐キャンパス近くの「あけぼのハウス」は、学生向けの木造二階建て六畳一間ではあったのだが、三口ガスレンジも置けるステンレス製の台所と小型の冷蔵庫や二層洗濯機を置くには十分な空間もあった上、バスとトイレが別室になっていたので、常に空室の無い"人気物件"だった。
 大学至近の立地とその設備の良さもあって、半同棲のような住人や音楽やサークル活動の仲間が入りびたるような部屋も多く、昼夜を問わずとにかく騒がしいアパートだったのだ。私も騒がしい口ではあったのだが、現金なもので、いざ試験勉強に専念したいとなるとアパートの自室ではどう考えても集中できそうにない。
 途方に暮れ始めていると、ゼミの鈴木辰治教授から呼び出しが。なんでも執筆中の著書の校正を手伝ってくれる者がいないかゼミ員に声掛けしてくれないかという。ここはゼミ長としてここまで活動成果が上げられていなかった私が先ずお手伝いしますと即答し、あと二人くらいは必要だというので、先の大企業視察に際して教授から大いにお世話になった副ゼミ長とゼミ員に声掛けすると、二人とも快諾だった。
 校正の作業方法について聞くと、パソコンはおろかワープロさえ普及する以前の昭和の当時は原稿は手書きであり、コピーを取るのも安くはないので、各自が都合の良い時間に教授の研究室に来て作業してくれないかという。他の二人のゼミ員は、昼間の時間帯で授業の合間などに研究室に来て作業するということにしたが、私は平日の日中はほぼフルタイムのバイトをやっているので、夕方から研究室に来て作業して良いかと尋ねると「何時でもかまわないよ」と言ってくれた。
 私は調子に乗って「実は就活の試験勉強を静かな環境でやりたいので、その日その日の校正のノルマ分が終わった後も研究室に居残っても良いか」と続けてみた。教授は「少なからず経済経営学の勉強にも触れる内容なのだろう」と上手に受け止めて、了承してくれた。そうして、毎日のように帰宅する教授と入れ替わりのようにして研究室に来て校正作業をし、その日の分を終えた後は公務員試験勉強を深夜まで続ける…そんな日々が始まったのだ。

(「新潟独り暮らし時代53「深夜の研究室での就活試験勉強(その1)」」終わり。仕事遍歴を少し離れた独り暮らし時代の思い出話「新潟独り暮らし時代54「深夜の研究室での就活試験勉強(その2)」」に続きます。)
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