新潟久紀ブログ版retrospective

財政課31「【番外編】財政課担当エレジー(その2)」編

●【番外編】財政課担当エレジー(その2)

<今の時代こんなことがあってはいけませんよという例え話です。フィクションとして読んで頂きたい「財政課担当エレジー」シリーズです>

②所属長から贈る言葉は叩き台を用意
 新任係長研修には一つの面白い趣向があった。新任係長に向ける期待の言葉を上司である所属長がしたためて、本人が読めないように封緘して研修所に持ち込ませ、研修の後半に本人に開封させて、期待に応えるべく研修受講の成果を活かそうという意識を高めさせようというものだ。
 そんな趣向がどれほどの効果があるのかに関する私の見解はともかく、研修担当部署からそうした指示があったので課長から一筆書いていただきたくお取り次ぎをと、指定の書式を示しながら上司にお願いする。例によって常に忙しさのオーラをまとうその上司は、私を一瞥してまた査定資料に目を落とすのみであった。取り敢えずは突き返さないところを見ると請け負ってくれるのだろう。さすがに公式の研修に関わる案件なのだから。
 しかし、研修所への提出期限が迫る中、上司からの返しは一向に無い。いよいよ、締め切り2日前の深夜、査定業務が一息ついたところで、「お忘れになってはいないと思いますが、明後日が期限なのでそろそろ頂戴できますか…」と恐る恐る上司に近づく。「ああ、あれか」との応答に、良かった覚えていてくれたかと安堵するが、次の言葉に衝撃を受ける。「超多忙な課長にはそんな文章を作る時間はない。叩き台となる素案を自分で作って持ってくれば内容を調整してやる」というのだ。
 自分への期待の言葉を上司の立場を想定して自分自身で作文するとは…。研修で求めている狙いも趣旨もあったものではない。それでも、課長やこの上司が、複数人いる我々調整員が取りまとめる部局ごとの予算調整案などの全体分を一括吟味して、一人きりの知事がよりよく判断できるように、重要な情報を絞り込んで限られた時間で説明すべく資料の精査や整理に日夜明け暮れていることを熟知している私は、改めて無理にお願いをする気持ちにはなれなかった。
 翌日の早朝、私は始業時間前に静まりかえる財政課執務室で独り、自分に宛てた「上司から私への期待」をパソコンで打ち始めた。東大出の若いキャリア官僚である課長と予算調整議論などでやり取りしてきた場面を思い浮かべながら、あの課長のキャラクターならばおそらくこんな期待を文章にしてくれるのではないかと、言い回しの癖も含めて考えてみる。私ごときの能力は見透かされている筈なので、格好良すぎたり分不相応に思えるような"期待"はあり得ないだろう。「愚直でいいから誠実かつ強かに仕事を進めてくれ」といったところであろうか…。
 私は、指定の書式を文字数制限以内で丁度いい塩梅に埋めると、始業直後でまだ仕事に没入する前の上司が座る席の机上に、「明日が提出期限なのでよろしくお願いします」と言って、投げ込むように置いて席に逃げ戻った。いつもの状況を考えれば、本日中に内容を"調整"して返してくれるかどうかなど当てにならない。研修所にも少し提出が遅れますとか、いよいよ返してもらえなければ、「私への期待は無しということで文書は頂けませんでした」と研修参加者の前で笑いを取るのもいいだろう…などとも考えていた。
 それでも、その日の夜、いつものように残業していると上司が私の席に立ち寄り、朝渡した「期待の言葉」案を置いていった。何も言わずに置いていくとは、まさか、"論外なので全部書き直し"というダメ出しか。これから「期待の言葉」を賽の河原よろしくエンドレスで出し直しさせ続けようというのか…。残業続きで疲弊している私は過剰なまでのネガティブ思考が頭に渦巻いたのだ。
 よく見てみたら、私が作った文書に修正の加筆などはなく右下に「了」と赤い手書きの文字が。これで了承したという意味だ。こんな事でも上司の沙汰とというものには一喜一憂するもので、取り敢えず安堵したのだ。
 財政調整員として、上司の視点からどのような働きが期待されているのか、自らの頭で考えて書き表してみることが何よりも研修効果になる…。上司は敢えて指示に違う作業をさせることで、それを言いたかったのかも知れない…。などというのは美しくしすぎで、とんでもない。ただひたすらに上司は忙しくてよく見ている時間が無かっただけに違いないのだ。疲弊が度を過ぎると戯れた対応すら美化してしまいがちになるのかもしれない。研修所に持ち込むために「自分への期待」を記した文書を「自分に見えないよう」にするために封緘しながら、そんなことを思う私なのだった。

(「財政課31「【番外編】財政課担当エレジー(その2)」編」終わり。県職員7か所目の職場となる「病院局総務課」の回顧録「病院局総務課1「四面楚歌の新任地での覚悟」編」に続きます。)
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