「この商品は動物実験済みです」。
この表示を見て私が感じることといえば、「安心」、だけだった。
つまり人間に(自分に)は問題ないんだな、という、あまりにも自己中心的な発想しか出来なかった。
本を読んでいて、気がつけば何ページも進んでいることがある。
しかし何故か読んでいる気がしない。
何度読み直してみても、そこには既に頭に入った文字たちがあるだけ。
確かに読んでいるのに読んでいない。
それはまるで文字の羅列。
そう、並べられた言葉たちは、いきなりそれぞれの意味を無くしたかのように、
何か記号のように羅列してるだけで、伝わるものがないのだ。
勿論本当にそうなった訳じゃない。
読んでいる私の問題だ。
集中力が欠けている。読む気が無い。
それとは少し違う気がする。
意味は分かるがリアリティがない。
「動物実験」の文字も例えるならそんな感じかも知れない。
たった四文字のこの文字には、想像もつかないような背景と意味が含まれているのに。
シャンプー、リンス、石鹸、洗剤、特に考えることもなく、
当り前に身の回りにある日用品。スーパーに行けば簡単に手に入る。
そのほぼ全ての商品に、人体についての使用方や注意書きがある。
だが実際に誤った使い方をした為に、重大な影響が出ることは健康な人ならまずない。
シャンプーが目に入った経験は誰でもあるだろう。
掃除をしていて洗剤が皮膚に飛び跳ねたことも。
その大抵は洗い流す程度で事なきを得る。
女性なら殆どの人が化粧をしたことがあると思う。
基礎化粧品からメイクアップまで、体の中で一番繊細な皮膚である顔に、
色んなものを使いこなして「自分の納得する顔」を作るのに精を出す。
それでマスカラが目に入った、化粧を落とし忘れて寝た、
そんなことをしたからって、日用品と同じく大きなトラブルは招かない。
そして数あるメーカーの中で、皆自分に合うものを探す術は心得ている。
ボディ、ヘアケア用品も然り。 ※言うまでもなく多少の個人差は除きます。
生活を快適にする汚れ落ちの良い日用品。
鮮やかなカラーや香りを楽しませるボディ(フェイス)ケア品の数々。
なのに危険度は少ない。
それらは技術の進歩の結果だろうか。
それだけじゃないことは皆承知している。
商品を手にとって成分を隅から隅まで読む人も、把握してる人もまずいないだろう。
技術もさておき、動物で試しているということは無意識下にあり、
それを安全性に結び付けているのだと思う。
製造段階の化粧品や洗剤を、ウサギの目に注入する実験は多くの人が知っていると思う。
でも何故ウサギを使うのか、その理由は知っているだろうか。
ウサギは首を固定され身動き一つ取れない状態にされる。
異物を入れられた目を掻くことも、痛さに暴れることさえ出来ない。
ウサギが目に対する実験に使われるのが多いのは、涙が流れにくく
異物を洗い流すことが出来にくいからだという。
そして声をあげないこと・・・。
無論麻酔など施されるわけもなく、ただ反応と結果を見る為に、
時にシャンプー類、時に洗剤と、次から次へ生まれる新製品の試験薬をウサギは点眼される。
ウサギの他にも色んな動物を使う。
マウス、モルモット、保健所やペットショップから送られてくる動物たち。
その毛を剃り様々な商品の元になるもの等を、その皮膚に塗布して反応を見る。
赤くただれていく瞳も、傷口が広がり腐食していく皮膚も、全ての人への影響を計るバロメータ。
そのためには「治療をしないこと」、が最大の実験なのだろう。
だからと言って動物と人間が全く同じ反応を示すとは限らないことも、研究者は知っている。
そして人工皮膚などの代替方法があることも。
では何故動物実験を止めないのか。
動物の方が手軽。
研究設備の問題。
筋の通らない理由、すなわち「言い訳」は幾つかある。
しかし相手が商品なら、先に書いたペット売買と同じように、
企業だけでなく消費者にも責任があると私は思う。
需要あっての供給だからだ。
実際ある機関が大手化粧品メーカーに、動物実験をし続ける疑問をぶつけたことに対する回答には、
「その方が消費者が安心するからです」とあった。
「動物実験」
これはただ単にテストしました、という簡単なものではない。
山のような動物達に苦しみを与え、その命を奪っているという意味だ。
そこまでして新製品を開発しなければいけないのか。
もうある程度何が危険で安全か分かる筈なのに、それでも更なる便利を追求しなければいけないのか。
まして化粧品は嗜好品といってもいい。
他の命を苦しめて得た外見の美しさを、本当に綺麗と見ることが出来るのだろうか。
そもそも動物で実験をしなければいけないものから、ものを作っていることに間違いがある。
そうである限り、いくら実験を行っても万全のものは存在しない。
自然のもの、安全なもので作れば実験自体不要であり、無論人間にも安心なのに。
それを頭の何処かでは分かりつつも、人間は目先の新しいものに勝てない。
全ては私たちの欲から来ている。すぐ目移りする消費者を獲得する為に実験を重ねる企業以上に、
その自覚と自制が足りない消費者の方の罪が重いのかも知れない。
無知の無知(知らないことを知らない)より愚かなことはないと思っていた。
しかし知っているのに、知っていない、その方が怖い。
言葉の意味を知っているからと、それ以上に膨らませることもなく、
私は「動物実験」をずっと素通りしてしまって来ていたのだ。
事実を知って情けなく、動物たちに申し訳なくて堪らなかった。
そして何が出来るか考えた。調べた。
まずなるべく動物実験をしていないものを使う。
(化粧品メーカーでも最近は動物実験をしていない所が増えている)
所在が不明なものは問い合わせるようにする。
実験をしている、止めるつもりはないとなれば、同時に抗議をする方もいる。
私も考えたが、まだまだ私には知識不足で専門的なことで太刀打ち出来るとは思えない。
また処分で書いた保健所の方のように、ある人にとってはやらざる得ない仕事かも知れないのだ。
しかし「動物実験をしてるのですか? 」だけの問い合わせでも、
自分が情報を得るプラス、企業側へも伝わるものが充分あると思う。
実際欧米のあちらこちらの国で『動物実験をした商品は買わない』、
と消費者が訴え続けたことで、辞める企業が出て来たのだ。
やはり供給とは需要で成り立っている証だと思う。
言い方を変えれば消費者次第で幾らでも変えられる力がある。
消費者の関心事を無視しては企業は成り立たないからだ。
生活していく以上、全ての商品をという訳にはいかない。
半端なエゴだ。半端な偽善だ。
どうしても自分を一番に置いた。
でも矛盾していても、誰にも一つしかない命を実験の為に奪っては絶対いけないと思っている。
他に方法があるなら尚更。
100か0かなんて私には出来ないけれど、減らすことは出来る筈。
そしてそう思う人たちが増えれば、きっと変えられる。
「この商品は沢山の動物たちに実験を行った結果、とりあえず人間には害のないものに到達しました」。
もしもこう記載されていたらどうだろう。
購入を躊躇する消費者が出るかも知れない。
だがそれが「動物実験済み」、の言葉が本当に意味するところではないか。
< 追記 >
動物実験をしていない=安全性がないと思う方もいるだろう。
けれど私は逆に感じる。「動物実験をしていません」と記載するには、
商品の成分(素材)や安全性に、自信がないと出来ないことだと思う。
そして良いものは自然と広まる。
幾つかの化粧品を使って辿り着いたのが「ESTEE LAUDER」。
数年前友人に、「ちふれ」と「DHC」を勧められた。
偶然にもこれらは動物実験をしていないところだった。
そしてこれまた偶然だけど、十年以上愛用しているボディケア用品、「Bath&Body Works」。
こちらも実験を行っていない会社。
周知の通りこれらの会社は売上げを伸ばし、愛用者は増えている。
理由は動物実験をしていないから、だけではないと思う。
むしろ単純に「良いから」使っているのじゃないだろうか。
身体は正直。
ネームバリューや動物実験済みの先入観には誤魔化されない。
※他にも動物実験を良しとしない企業は多くあります。
ネットなどでも公表されていますが、中には一部の商品だけなど曖昧なところもあります。
この表示を見て私が感じることといえば、「安心」、だけだった。
つまり人間に(自分に)は問題ないんだな、という、あまりにも自己中心的な発想しか出来なかった。
本を読んでいて、気がつけば何ページも進んでいることがある。
しかし何故か読んでいる気がしない。
何度読み直してみても、そこには既に頭に入った文字たちがあるだけ。
確かに読んでいるのに読んでいない。
それはまるで文字の羅列。
そう、並べられた言葉たちは、いきなりそれぞれの意味を無くしたかのように、
何か記号のように羅列してるだけで、伝わるものがないのだ。
勿論本当にそうなった訳じゃない。
読んでいる私の問題だ。
集中力が欠けている。読む気が無い。
それとは少し違う気がする。
意味は分かるがリアリティがない。
「動物実験」の文字も例えるならそんな感じかも知れない。
たった四文字のこの文字には、想像もつかないような背景と意味が含まれているのに。
シャンプー、リンス、石鹸、洗剤、特に考えることもなく、
当り前に身の回りにある日用品。スーパーに行けば簡単に手に入る。
そのほぼ全ての商品に、人体についての使用方や注意書きがある。
だが実際に誤った使い方をした為に、重大な影響が出ることは健康な人ならまずない。
シャンプーが目に入った経験は誰でもあるだろう。
掃除をしていて洗剤が皮膚に飛び跳ねたことも。
その大抵は洗い流す程度で事なきを得る。
女性なら殆どの人が化粧をしたことがあると思う。
基礎化粧品からメイクアップまで、体の中で一番繊細な皮膚である顔に、
色んなものを使いこなして「自分の納得する顔」を作るのに精を出す。
それでマスカラが目に入った、化粧を落とし忘れて寝た、
そんなことをしたからって、日用品と同じく大きなトラブルは招かない。
そして数あるメーカーの中で、皆自分に合うものを探す術は心得ている。
ボディ、ヘアケア用品も然り。 ※言うまでもなく多少の個人差は除きます。
生活を快適にする汚れ落ちの良い日用品。
鮮やかなカラーや香りを楽しませるボディ(フェイス)ケア品の数々。
なのに危険度は少ない。
それらは技術の進歩の結果だろうか。
それだけじゃないことは皆承知している。
商品を手にとって成分を隅から隅まで読む人も、把握してる人もまずいないだろう。
技術もさておき、動物で試しているということは無意識下にあり、
それを安全性に結び付けているのだと思う。
製造段階の化粧品や洗剤を、ウサギの目に注入する実験は多くの人が知っていると思う。
でも何故ウサギを使うのか、その理由は知っているだろうか。
ウサギは首を固定され身動き一つ取れない状態にされる。
異物を入れられた目を掻くことも、痛さに暴れることさえ出来ない。
ウサギが目に対する実験に使われるのが多いのは、涙が流れにくく
異物を洗い流すことが出来にくいからだという。
そして声をあげないこと・・・。
無論麻酔など施されるわけもなく、ただ反応と結果を見る為に、
時にシャンプー類、時に洗剤と、次から次へ生まれる新製品の試験薬をウサギは点眼される。
ウサギの他にも色んな動物を使う。
マウス、モルモット、保健所やペットショップから送られてくる動物たち。
その毛を剃り様々な商品の元になるもの等を、その皮膚に塗布して反応を見る。
赤くただれていく瞳も、傷口が広がり腐食していく皮膚も、全ての人への影響を計るバロメータ。
そのためには「治療をしないこと」、が最大の実験なのだろう。
だからと言って動物と人間が全く同じ反応を示すとは限らないことも、研究者は知っている。
そして人工皮膚などの代替方法があることも。
では何故動物実験を止めないのか。
動物の方が手軽。
研究設備の問題。
筋の通らない理由、すなわち「言い訳」は幾つかある。
しかし相手が商品なら、先に書いたペット売買と同じように、
企業だけでなく消費者にも責任があると私は思う。
需要あっての供給だからだ。
実際ある機関が大手化粧品メーカーに、動物実験をし続ける疑問をぶつけたことに対する回答には、
「その方が消費者が安心するからです」とあった。
「動物実験」
これはただ単にテストしました、という簡単なものではない。
山のような動物達に苦しみを与え、その命を奪っているという意味だ。
そこまでして新製品を開発しなければいけないのか。
もうある程度何が危険で安全か分かる筈なのに、それでも更なる便利を追求しなければいけないのか。
まして化粧品は嗜好品といってもいい。
他の命を苦しめて得た外見の美しさを、本当に綺麗と見ることが出来るのだろうか。
そもそも動物で実験をしなければいけないものから、ものを作っていることに間違いがある。
そうである限り、いくら実験を行っても万全のものは存在しない。
自然のもの、安全なもので作れば実験自体不要であり、無論人間にも安心なのに。
それを頭の何処かでは分かりつつも、人間は目先の新しいものに勝てない。
全ては私たちの欲から来ている。すぐ目移りする消費者を獲得する為に実験を重ねる企業以上に、
その自覚と自制が足りない消費者の方の罪が重いのかも知れない。
無知の無知(知らないことを知らない)より愚かなことはないと思っていた。
しかし知っているのに、知っていない、その方が怖い。
言葉の意味を知っているからと、それ以上に膨らませることもなく、
私は「動物実験」をずっと素通りしてしまって来ていたのだ。
事実を知って情けなく、動物たちに申し訳なくて堪らなかった。
そして何が出来るか考えた。調べた。
まずなるべく動物実験をしていないものを使う。
(化粧品メーカーでも最近は動物実験をしていない所が増えている)
所在が不明なものは問い合わせるようにする。
実験をしている、止めるつもりはないとなれば、同時に抗議をする方もいる。
私も考えたが、まだまだ私には知識不足で専門的なことで太刀打ち出来るとは思えない。
また処分で書いた保健所の方のように、ある人にとってはやらざる得ない仕事かも知れないのだ。
しかし「動物実験をしてるのですか? 」だけの問い合わせでも、
自分が情報を得るプラス、企業側へも伝わるものが充分あると思う。
実際欧米のあちらこちらの国で『動物実験をした商品は買わない』、
と消費者が訴え続けたことで、辞める企業が出て来たのだ。
やはり供給とは需要で成り立っている証だと思う。
言い方を変えれば消費者次第で幾らでも変えられる力がある。
消費者の関心事を無視しては企業は成り立たないからだ。
生活していく以上、全ての商品をという訳にはいかない。
半端なエゴだ。半端な偽善だ。
どうしても自分を一番に置いた。
でも矛盾していても、誰にも一つしかない命を実験の為に奪っては絶対いけないと思っている。
他に方法があるなら尚更。
100か0かなんて私には出来ないけれど、減らすことは出来る筈。
そしてそう思う人たちが増えれば、きっと変えられる。
「この商品は沢山の動物たちに実験を行った結果、とりあえず人間には害のないものに到達しました」。
もしもこう記載されていたらどうだろう。
購入を躊躇する消費者が出るかも知れない。
だがそれが「動物実験済み」、の言葉が本当に意味するところではないか。
< 追記 >
動物実験をしていない=安全性がないと思う方もいるだろう。
けれど私は逆に感じる。「動物実験をしていません」と記載するには、
商品の成分(素材)や安全性に、自信がないと出来ないことだと思う。
そして良いものは自然と広まる。
幾つかの化粧品を使って辿り着いたのが「ESTEE LAUDER」。
数年前友人に、「ちふれ」と「DHC」を勧められた。
偶然にもこれらは動物実験をしていないところだった。
そしてこれまた偶然だけど、十年以上愛用しているボディケア用品、「Bath&Body Works」。
こちらも実験を行っていない会社。
周知の通りこれらの会社は売上げを伸ばし、愛用者は増えている。
理由は動物実験をしていないから、だけではないと思う。
むしろ単純に「良いから」使っているのじゃないだろうか。
身体は正直。
ネームバリューや動物実験済みの先入観には誤魔化されない。
※他にも動物実験を良しとしない企業は多くあります。
ネットなどでも公表されていますが、中には一部の商品だけなど曖昧なところもあります。